【書評】厳冬の剱岳を現役山岳ガイドが描いた山岳小説『小窓の王』
評者=GAMO
富山県警察によると、剱岳山域における令和5年の遭難者数は22人だそうだ。このうち死亡者数は3人で、いずれも“小窓ノ王(こまどのおう)”で亡くなっている。また、剱岳周辺への冬季入山は条例で登山届の提出が義務付けられており、令和4年12月から翌5年2月末までの届出件数は24件。このうち小窓尾根ルートはわずか2件にとどまっている。いずれのデータも、小窓尾根の難度・危険度の高さを物語っている。本作は、そんな冬剱の小窓尾根に挑んだ2パーティの遭難事故と、生き残った主人公をめぐる後日談を描いた山岳小説である。
サラリーマンクライマーの川田は、山岳会の先輩で、ヒマラヤの氷壁に単独で挑戦するベテラン・鬼島と2人で冬剱に入山した。その3日目、登攀技術が未熟な別パーティの滑落を目撃し、急遽、救助に向かった。一人は即死状態、残されたもう一人の若者とともに尾根まで登り返そうとするも落石でロープが切れ、戻れなくなってしまう。天候悪化が近づくなか、3人は決死の脱出を試みる。
著者は現役の山岳ガイド。冬剱の過酷な自然描写や登攀シーンはさすがの迫力。山行・登攀の場面が全体の約7割を占めており、それだけで読み応え充分だ。しかし、本書の真髄はむしろ後日談にある。一人息子を山で亡くした両親の、誰かのせいにせずにはいられないやるせない思い。子どもを抱えて夫に先立たれた妻の複雑な心境。遺体の見つからない家族が感じるかすかな希望と諦念。そして、自らの指を何本も失い、またザイルパートナーを、遭難者を救うことができなかった者の悔恨、焦燥、慟哭。それぞれの立場の、それぞれの思いが錯綜する。
未熟な登山者に巻き込まれた、もらい事故ではないか。救助者の判断ミスではないか。無謀な山行を許可した山岳会に責任はないのか。他人のせいにしたらキリがない。それでも、物語がドロドロとした愛憎劇になっていないのは、登場人物の誰もが近しい人の「死」と真摯に向き合い、受け止めているからにほかならない。誰を責めることもできない。生還者である川田は言う。「私にとっては、あれが正しかったか否かではなく、あれは現実だった。それだけです」。過酷な自然を前にした時、人は無力であり、抗うことなどできやしないのだ。
幸いなことに自分の手足には20本の指がついている。山で大ケガをしたこともなければ、近しい人を山で亡くした経験もない。それでも、いやだからこそ、登場人物たちの心情が胸に迫ってくる。いつ自分が同じ立場になるかわからない。そう考えると、山好きだけでなく、その周りにいる人すべてに本書を読んでほしい。そして、自然を相手にする登山という行為の重み、命の大切さを感じてほしい。

小窓の王
| 著 | 原 岳 |
|---|---|
| 発行 | 幻冬舎 |
| 価格 | 1,760円(税込) |
原 岳
日本山岳ガイド協会山岳ガイドステージⅡ、スキーガイドステージⅡ、会社員。幼少期から登山に親しむ。学生時代に社会人山岳会に所属。国内外の諸ルートを登攀するとともに北アルプス丸山東壁、谷川岳一ノ倉沢などの新規クライミングルート開拓にも参加。四季を通じて、オールラウンドにガイド活動に携わる。
(山と溪谷2025年2月号より転載)
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