豪雪地帯に輝く宝石のような低山を訪ねて。4月に登るべき越後の残雪三山
冬の間は登山の対象になりにくい豪雪地帯・越後の低山だが、春になれば残雪をつないで登るハイグレード・ハイキングが楽しめる。40年以上にわたってこのエリアの低山を歩く打田鍈一さんが厳選した、4月に登るべき三低山を紹介しよう。
文・写真=打田鍈一 トップ写真=残雪とブナの新緑がまぶしい方丈山
残雪と花に彩られる越後の低山
4月の残雪低山は、不確実性に満ちている。年により雪の量は大きく異なり、花の咲き具合もまちまちだ。アクセスの可否は大きな要素だが、私の好むマイナーな山情報は地元役場に聞いてもわからず、ネットの情報も乏しい。小さい山なのに行ってみなければわからないことが多いが、そんな不確実性は大きな楽しみの一つでもある。
越後の山に親しんで40年。登山道は乏しく険悪な渓谷と獰猛な薮にガードされる川内(かわち)山塊など、下越の山々には足しげく通った。もう少し近い所と中越へ、もう少し穏やかな上越へと、興味が移ったのは年齢なりか。いずれにしても、豪雪ならではの鋭い山容や豊かな樹相、花々の華麗さは、関東の山に慣れ親しんだ私を強くひきつけた。
降雪真っ最中の12~2月は危険と困難で敬遠だが、3月になると晴天が増え、無雪期には密薮で歩けぬ山稜を、締まった豪雪は舗装路のようにしてくれる。近年は夏道のある雪山が多いが、雪の感触、踏み応え、雪に覆われた山々の景観は、登山道の有無に関係なく楽しめる。4月には雪解けを追うように群舞するカタクリ、ショウジョウバカマ、イワウチワなどの競艶も期待できるのだ。
そんな山々の中で、近年の4月に訪れた三山の様子をお伝えしたい。いずれも残念ながら『分県登山ガイド 新潟県の山』(山と溪谷社)や『山と高原地図』(昭文社)にガイドの記載はなく、地元出版社のガイドブックや役場の資料を参考にした。
余談ながら、交通網の発達で新潟の山は内陸でも海産物は新鮮だ。山に登って海の幸におぼれる贅沢が、下山後に待っている。
越後湯沢の低山でまぶしいブナ林と大展望を楽しむ 方丈山(ほうじょうさん)
中越地方・湯沢町/843m
方丈山は越後湯沢の街に近い山。谷川(たにがわ)連峰の蓬(よもぎ)峠付近から西に派出し、足拍子岳(あしびょうしだけ)、荒沢山(あらさわやま)など悪相の岩峰を連ねる尾根の末端だ。地味な山容なので山麓から指呼するのは難しいが、登れば多少のスリルと大展望に感動する。
友人に聞いた山だが、地元出版社のガイドブックにも見当たらない。友人の話と地形図でコースを予測した。北面は湯沢パークスキー場で、ホテル前に駐車して周回できそうだ。下山後のB級グルメも楽しみに、妻と二人で向かった。
湯沢パークホテルの右手からゲレンデへ。すぐ右に入る林道のような「銀河コース」を行く。これが左にカーブする所で右から入る沢が登山道だが、道標はなく道は雪の下。沢沿いにピンクテープが続くが、沢を渡る箇所はズボッと踏み抜かぬよう慎重に。沢が狭まった辺りで軽アイゼンとチェーンスパイクをそれぞれ着け、ピッケルも出して右手の尾根をめざす。ブナ林コースの名前どおりブナの新緑まばゆいが、結構な急斜面だ。尾根に出ると雪は消え、イワウチワが乱舞していた。すぐ先で展望が開け魚野川対岸のタカマタギ方面を見渡すが、目前の正面山は低いが手強そう。
行く手に方丈山頂上を見上げる尾根道にはタムシバが白く輝き、傾斜が増すとガードロープの張られるヤセ尾根となる。イワウチワを踏まぬよう注意し、急峻な谷へ張り出す天狗の腰掛杉と呼びたい巨木を過ぎると、固定ロープに頼る最後の急登だ。しかしクライマックスに試練が待っていた。10mほどの雪壁と言いたい雪の急斜面。妻をその場に待たせ、ピッケルと逆に持ったストックで雪壁を登った。山頂中央には運よく小さな天然杉が。これを支点にして、トップロープで妻を引っ張り上げた。
山頂には真正面に怪異な荒沢山、足拍子岳。左に上越のマッターホルン・大源太山(だいげんたさん)が鋭く、背後には越後湯沢のシンボル的鋭鋒・飯士山(いいじさん)。遠く仙ノ倉山(せんのくらやま)、苗場山(なえばさん)など三六〇度の大展望が待っていた。
休憩時間のほとんどを山岳展望に費やし、チョコ、ナッツなど行動食だけで山頂を後にしたのは、下山後の寿司屋のランチタイムに合わせたからだ。西へ下る三本松コースの上部はザレ岩稜を右に巻く道へ。元のザレ岩稜に戻ると、大源太山を中心とした山稜に向かい、滑空気分の大開放的世界。しかしフィナーレと言うには早すぎた。すぐ先の樹林に入ると、段差の大きい、急でやせた下降の連続だ。連なる固定ロープがありがたい。678mピークで大源太山を見上げ、展望岩峰でようやく方丈山の全貌を仰ぎ見た。雪の消えた尾根上に596mの三角点を確認すると、すぐ下がゲレンデ。スキーシーズンをすでに終えたゲレンデ歩きは1㎞ほどだが、なかなか遠い。誰にも会わない山だった。
ホテルの駐車場から越後湯沢駅近くのココロ湯沢駐車場に車を移し、目当ての「鮮肴屋(せんさいや)べにちょう」へ。14時までのランチタイムに余裕で間に合い、1,000円(当時)のランチ生ちらし寿司はお値段をはるかに上回るレベルで、方丈山の印象を何倍にも持ち上げたのだった。
<2022年4月20日 山行時75歳>
MAP&DATA
プロフィール
打田鍈一(うちだ・えいいち)
1946年鎌倉市生まれ東京・中野育ち。埼玉県飯能市在住。低山専門山歩きライター。群馬県西上州で道なき薮岩山に開眼。越後の山へも足を延ばし、マイナーな低山の魅力を雑誌や書籍などで紹介している。『山と高原地図 西上州』(昭文社)を平成の30年間執筆。著書に『薮岩魂―ハイグレード・ハイキングの世界―』『続・薮岩魂 いつまでもハイグレード・ハイキング』『分県登山ガイド10 埼玉県の山』(いずれも山と溪谷社)、『晴れたら山へ』(実業之日本社)、『関越道の山88』(白山書房)のほか、『関東百名山』(山と溪谷社)など共著多数。
(プロフィール写真=曽根田 卓)
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標高こそ低くても、低山には多彩な魅力がある。四季折々の表情を見せてくれる低い山々をめぐるハイキングにでかけよう。
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