洞窟潜水はものすごく怖いけど、未知の誘惑に抗えず……。洞窟探検家・吉田勝次インタビュー【後編】

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インタビュー後編では、吉田さんが今、特に力を入れている洞窟潜水について聞いた。30年以上の洞窟探検の経験があっても、洞窟内での潜水は「すごく危険だし、いまだに怖い」と語る。にもかかわらず、洞窟潜水にこだわる理由とは?

文=谷山宏典 写真=吉田勝次・山と溪谷オンライン

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洞窟探検家の吉田勝次さん
吉田勝次(よしだ・かつじ)
1966年、大阪府生まれ。20代後半から洞窟探検にのめり込む。現在は洞窟のプロガイドとして、テレビ番組での洞窟撮影、学術探査、研究機関からのサンプリング依頼、洞窟ガイドの育成など、幅広く活動している。(有)勝建、(株)地球探検社の代表取締役。(一社)日本ケイビング連盟会長。著者『洞窟ばか』(扶桑社新書)、『素晴らしき洞窟探検の世界』(ちくま新書)、写真集『洞窟探検家 CAVE EXPLORER』(風濤社)、写真絵本『オレはどうくつ探検家』(ポプラ社)などを刊行。YouTube「吉田勝次の地球探検TV」では洞窟探検動画を定期的に配信中。

危険すぎて、とにかく怖い、洞窟潜水

――前編ではラオスでの洞窟探検のことをお聞きしましたが、ほかにも継続的な調査を行なっている洞窟はあるんですか?

最近、日本では熊本の洞窟によく行ってます。去年(24年)から調べはじめて、今年で2年目になるかな。その熊本の洞窟もそうなんだけど、ここ数年は洞窟内での潜水ばかりやっていて。

日本の洞窟探検の歴史を振り返ると、洞窟潜水ってほとんどやられてこなかったんです。理由は簡単で、危険すぎるから。だから、国内のほとんどの洞窟の地図って、サンプと呼ばれる地下の泉(水没箇所)が出てくると、そこで行き止まりになっているんです。

でも、洞窟潜水ができれば、サンプの先も探検できるんです。先人たちが引き返さなきゃいけなかった場所の、さらにその奥へと行ける。未知の空間を見つけるためには、それはめちゃくちゃ大きなことなんです。

洞窟潜水はリスクが高く、日本国内でもやっている人はほとんどいない
洞窟潜水はリスクが高く、日本国内でもやっている人はほとんどいない

――吉田さんはいつから洞窟潜水をするように?

本格的にやり出したのは、わりと最近で。この5年ぐらいですね。

20代の終わりごろだったかな、海外のケイブダイバーを招待して、日本の洞窟で潜水調査をしてもらうプロジェクトの手伝いをしたことがあって。そのとき、アメリカ人のダイバーから「もしやる気があるならアメリカに来なさい。洞窟潜水を教えてあげるよ」と誘われたことがあったんです。でも、オレは「忙しいから」とか言って行かなかった。要はビビったんです。それまでに洞窟内で水絡みの失敗を何度もしていたから、なんか怖くて。

それからずいぶん時が過ぎて、いよいよ洞窟潜水をやろうと思い立って始めたんだけど、独学の手探りでやってたから何度も死にかけて。で、あるとき「このまま自己流で続けていたら、オレはいつか死ぬな」と反省し、ちゃんとできるようになるにはどうすればいいかと調べたら、洞窟潜水をやってる日本のトップダイバーがたまたま名古屋にいることがわかって。その人のところに通ってトレーニングを重ねていったんです。

――今はもう怖くはない?

いや、怖いは怖いんです。だって、なにかトラブルが起こって、その場で解決できなければ、間違いなく死ぬわけですから。空気はないし、水が濁ったらルートは見えなくなるし……洞窟潜水って最悪の条件が2つもそろっちゃってるんですよ。

――それでもやりたいのは、未知の誘惑に抗えないから?

まともに考えると怖すぎなんだけど、この水路の奥に未知の通路がつながっているんじゃないかと思うと、嫌々なんだけど「行きたい」ってなっちゃうんですよね(笑)。

タンクなどが岩に引っかからないように細心の注意を払って岩のすき間を通過する
タンクなどが岩に引っかからないように細心の注意を払って岩のすき間を通過する

世界初の移動式洞窟迷路を製作

――話は変わりますが、最近、「クレイジーマイン」という移動式洞窟迷路を製作されたそうで。なぜ作ろうと?

きっかけは、8年ぐらい前にイベントでクライミングウォールを作る機会があって。そのとき、クライミングウォールみたいに、気軽に洞窟の体験ができる遊具があったらいいなと思ったんです。

ただ、遊具メーカーに相談したり、可能性のありそうな素材を独自に調べたりはしたものの、実現はできなくて。それでしばらく放置してたんですが、2年ぐらい前に発泡スチロールをくり抜いて、それをポリウレアという特殊な樹脂化合物でコーティングする方法を思いついたんですよ。ポリウレアを塗ると素材の強度が劇的に向上して、ダイナマイトにも耐える防爆性を持つことができるんです。しかも、運命的なのが、ポリウレアを塗るための資格を5年前にすでに取っていたという(笑)。

――洞窟体験の遊具って、ほかにあったりするんですか?

世界中の洞窟仲間にも聞いてみましたが、どこの国にもないようで。ということは、このクレイジーマインは「世界初」「人類初」である可能性がかなり高いです。

――大きさは?

発泡スチロール製のブロックを30個組み合わせて、奥行き4m、幅5m、高さ1.5mぐらいになります。

2つの難易度のコースを作っていて、初級コースはラクだけど、中級コースはやばいですよ。1回でゴールまで行けた人はほとんどいなくて、たいていの人は途中でギブアップしてます。迷いながらでも、先へと進んでいけば、いつかは脱出できるんです。でも、「このまま進んだら、出られなくなるかも……」と怖くなって、メンタルが耐えきれなくなるんじゃないかな。中級コースをクリアするには、強靭なメンタルコントロールが不可欠なんです。

移動式洞窟迷路「クレイジーマイン」
移動式洞窟迷路「クレイジーマイン」
初級コースでは子どもから大人まで気軽に洞窟探検を体験できる
初級コースでは子どもから大人まで気軽に洞窟探検を体験できる

――メンタルコントロールが必要って……どれだけ攻めた遊具なんですか(笑)。

実は中級より難しい上級コースの構想もありましたが、作るのはひとまずやめておきました。メンタルが追い込まれ過ぎて、誰も楽しめないものになっちゃうかなと。また、初級・中級コースが完成したあと、一つだけ「やらかした~」と思うことがあって。

当初、このクレイジーマインを全国各地のイベントなどに持っていき、参加費をもらってビジネスにできないかと考えていたんです。でも、実際にやってみたら、大勢の人に遊んでもらうことがそもそも難しいってことが判明して。初級コースだと1日に100人ぐらい、中級にいたっては1日30人が限度で……仮に1人1000円もらったとしても、輸送などの経費を考えると、赤字は必至で。

なので、今は次の手を考えているところです(笑)。

トラックに積んで、日本全国どこにでも運べる
トラックに積んで、日本全国どこにでも運べる

――『洞窟ばか』の中に「出たトコ勝負で突っ走る!」と書かれていますが、まさにその言葉通りですね。

これまでにないことをやっていくには、それしかないと思うんです。まずはやってみて、うまく行けば万々歳だし、うまく行かなければどうすればいいかを考える。前例なんてないんだし、やってみなきゃ、なにもわかんないですからね。

洞窟には、自力でたどり着ける「未知」がある

――最後に、吉田さんにとって、洞窟探検の魅力とは?

これだけ科学技術が発達して、宇宙旅行にだって行ける時代になったけれども、地球の内側、つまり地底のことって、ぜんぜんわかっていなくて。個人的には、地球に残されている「未知」「未踏」って、深海か地底にしかないと思っているんです。地球の表面のことはGoogle Earthでたいていどこでも見れますからね。ただ、深海は、特殊な潜水艇に乗らないと潜ってはいけない。となると、自分たちの力で行ける「未知」「未踏」は地底しかないわけで。

人からよく「吉田さんはなんでそんなに洞窟が好きなんですか?」と聞かれますが、そのたびに「実はあまり洞窟って好きじゃないんだよね」と思っていて。

――え!? 好きじゃないんですか?

そうなんです。洞窟には痛み、寒さ、暗さ、狭さなど、この世の苦しみのほぼすべてがあって。洞窟探検の9割以上が苦しみだと言ってもいいぐらいで。じゃあ、なんでわざわざ洞窟に行くのかといえば、そこに「未知なる空間」があって、人類として初めて、その空間にたどり着きたいからなんですよ。ロープを使って穴の底に何百mも下りていくのも、人の体がやっと通る狭い通路を泥だらけになって進んでいくのも、めちゃくちゃ怖いけど洞窟内の水路を潜水するのも、全部そのためなんです。

狭いところも好きではなく、「いつも渋々入ってるんだよ~」と吉田さん
狭いところも好きではなく、「いつも渋々入ってるんだよ~」と吉田さん

また、洞窟探検には、そうしたスポーツ的要素だけではなく、古気候学、水文学、地質学、地理学、生物学、古生物学、考古学、人類学など、さまざまな学問とのかかわりがあります。そうした学問の最低限の知識がないと自分が今いる洞窟の価値や魅力がわからないし、そもそも探検を楽しめないというか。

オレは「洞窟が好き」というより、「未知なる空間の探検が好き」なんです。で、未知の場所に自力で行こうと思ったら、選択肢は地底しかない。洞窟探検をやり続けている理由もそこにあるんですよね。

まだ見ぬ未知の空間がどこかにあるかもしれない。その思いが吉田さんを洞窟探検に駆り立てる
まだ見ぬ未知の空間がどこかにあるかもしれない。その思いが吉田さんを洞窟探検に駆り立てる

プロフィール

谷山宏典(たにやま・ひろのり)

ライター・編集者。1979年愛知県生まれ。明治大学山岳部出身で、ガッシャブルムI峰・Ⅱ峰などの登頂歴をもつ。著書に『穂高に遊ぶ 穂高岳山荘二代目主人 今田英雄の経営哲学』『鷹と生きる 鷹使い・松原英俊の半生』(ともに山と溪谷社)など、共著に『日本人とエベレスト 植村直己から栗城史多まで』(山と溪谷社)などがある。

登る人びと

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