【書評】「めぐり合わせ」が生み出す高嶺の人間模様『太陽を背にうけて』
評者=伊藤哲哉
樋口明雄氏の著作は、南アルプスの北岳に長年通っている私には言うまでもなく親しみ深い。
主人公の里村は、定年退職の日に妻の紀代実から離婚届を渡され、絶望に陥る。酒浸りになった里村は、娘の美紀の進言もあって自身の再起を決め、やがて北岳肩の小屋で働き始める。高嶺の過酷な環境のなか、管理人の小林親子やスタッフたちと共に過ごし、里村の人生のやり直しがスタートする。
この著作から感じることは、里村は樋口氏ご自身ではないかということだ。年齢も里村に近く、断酒にもトライしていたし、きっと自分がサラリーマンだった場合の仮想世界とライフワークでもある北岳を融合させた作品なのではないかと想像してしまう。
「人生はめぐり合わせの連続」で、山小屋での出会いは山が引き合わせてくれる――この言葉は作中で先代管理人の小林雅之から語られる。作者が最も伝えたいメッセージだろう。雅之に2代目主人の森本茂氏の顔が重なったのは私だけではないはずだ。また、雅之の息子である小林和洋がテキパキと仕事をこなす姿や、山頂まで駆け上がるシーンは、現支配人の森本千尋氏とも重なる。
肩の小屋を訪ねたことのある登山者もこれから訪れる方にも、ぜひ読んでもらいたい秀逸な傑作だ。

太陽を背にうけて
| 著 | 樋口明雄 |
|---|---|
| 発行 | KADOKAWA |
| 価格 | 1,040円(税込) |
評者
伊藤哲哉
山岳写真家。南・北アルプスで撮影を行なう。北岳、白峰三山が好きで毎年通っている。
(山と溪谷2025年4月号より転載)
登る前にも後にも読みたい「山の本」
山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。
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