八ヶ岳連峰阿弥陀岳で発生した滑落遭難、救ったのは登山計画書だった ~長野県・山岳遭難の現場から

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2024年4月17日、八ヶ岳連峰阿弥陀岳で発生した単独登山中の滑落事故は、最悪の結末を回避するための貴重な教訓を提示している。特に、単独での山行を志す登山者にとって、この事案は深く考察すべき事例といえるだろう。

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※本記事は、長野県警察・山岳情報、「山岳遭難の現場から~Mountain Rescue File~」(2025年5月22日版)を編集・転載したものです。

 

大型連休期間中、長野県内では28件の遭難が発生し、死者4人を含む31人が遭難しました。連休終了後も行方不明遭難が相次いで発生し、5月18日時点で県内では過去最多を記録した昨年同時期を上回る90件の遭難が発生しています。 

本稿では4月17日に八ヶ岳連峰阿弥陀岳で発生した単独登山中の滑落遭難を取り上げ、あらためて登山のリスクと遭難の実態を知ってもらうとともに、最悪の事態を回避する具体的な対策について考えたいと思います。

 

残雪の八ヶ岳へ――

Aさんは、神奈川県在住の74歳の男性で、テニスを趣味とするスポーツマン。学生時代から登山に親しんでいましたが、退職を機に本格的に登山を再開したそうです。 

Aさんの冬山経験は5年で、今回は以前も何回か登ったことのある八ヶ岳に挑戦することにしました。計画していたコースは、美濃戸口から入山して南沢、行者小屋を経て、阿弥陀岳、赤岳を経由して地蔵尾根を下降、南沢を下山するというもの。Aさんは日帰りの予定で入山しました。

このコースは夏の標準的なコースタイムで約8時間半。健脚者であれば日帰りも可能なコースですが、Aさんが入山した4月中旬はまだ稜線付近には雪が残り、岩と雪がミックスする難しいコンディションでした。 

Aさんが予定していた行程

Aさんは、早朝6時に赤岳山荘の駐車場に車を止めて出発し、行者小屋を経て中岳のコルへ上がり、計画どおり阿弥陀岳の山頂をめざしました。しかしルートの上の残雪が緩んで歩きにくく、トレースもなかったため、阿弥陀岳の登りで予想以上に時間を要してしまいました。

Aさんの計画では12時には阿弥陀岳の山頂に到着するはずでしたが、実際に山頂に立ったのは14時を回っていたそうです。Aさんは当時の状況について「心理的な焦りはなかった」と振り返っていますが、客観的に残りの行程を考えれば、決して「余裕のある行程」とは言えないでしょう。

 

阿弥陀岳山頂から下山中、足を滑らせ滑落 

Aさんは阿弥陀岳登頂後、赤岳へ向かうべく、阿弥陀岳山頂から岩と雪のミックスした急な稜線を下り始めました。登りでも難儀した雪が下りでもAさんを苦しめました。

解けて緩んだ雪はアイゼンの爪も利きづらく、山頂から下り始めてほどなくしてAさんは雪に足を滑らせて南側へ滑落してしまいました。Aさんは、仰向けのまま100mほど滑落し、雪がたまっているデブリ(雪崩の堆積痕)のような場所で停止をしたそうです。 

4月の八ヶ岳連峰・阿弥陀岳(東方から撮影)

停止後にケガの状況を確かめると、右足から出血があったものの痛みはあまり感じず、幸いにも自力歩行ができました。とりあえず体勢を立て直し、滑落の際に散らばった荷物を集めました。しかし、眼鏡やスマートフォンは見つけることができず、そのため現場から通報もできなかったそうです。 

滑落した斜面から見上げると中岳のコルが見えたため、Aさんは「とにかく戻らなきゃ。コルまで行けばなんとかなる」と意を決し、血のにじむ右足を引きずって稜線まで登り返すことにしました。

Aさんはやっとの思いで中岳のコルへ登り返し、そこから行者小屋へ向けて最短ルートの中岳沢を下ることも考えたそうですが、雪の状態が悪く、再び行動が遅れると思い、以前も通ったことのある文三郎道経由で下山することにしました。 

途中から日も暮れてしまい、20時を過ぎたころにはAさん自身もいよいよ自分が遭難しているとの自覚をしたそうです。

計画書を頼りに捜索開始
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山岳遭難の現場から Mountain Rescue File ~長野県警察山岳遭難救助隊

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