中央アルプス、濃霧に包まれた登山道で一人きり。誤った方向に下山してしまい―― ~長野県・山岳遭難の現場から
この夏山シーズン、長野県では116件の山岳遭難が発生した。さまざまな事例がある中で、未然に防げた可能性の高い事故も少なくなかった。そこで今回は、リスクに備えることの重要性を伝える、中央アルプスでの遭難事例について考察する。
今年の夏山期間中、長野県内では116件の遭難が発生しました。滑落や転倒のほか疲労による行動不能遭難も多発し、死者行方不明者16人を含む125人の方が遭難しました。偶発的な原因による遭難もある一方で、実力に見合ったルート選定やリスクを見越した適切な判断をしていれば防ぐことができた事例も数多く見られました。
登山は、荷物を担いで長時間歩き続けるという点では持久系スポーツの側面がありますが、単なるスポーツには分類しきれない特有の要素があります。それは、登山が自然の中で行われる行為であるため、常になんらかのアクシデントに遭遇する可能性があり、リスクを適切に認識し、回避しながら行動することや万が一アクシデントに遭遇した際はダメージを最小限にとどめるなど、常にリスクマネジメントが求められる活動であることです。
今回はこの夏に中央アルプスで発生した道迷い遭難を事例に、リスクに備えることの重要性について考えていきたいと思います。
初めての中央アルプス
Aさんは、愛知県在住の50代の男性で、登山歴は約3年。登山を始めたきっかけは、「何か運動を始めようと思い、登山であれば歳をとっても始められる」と考え、試しに地元の愛知県の本宮山(ほんぐうさん・東三河最高峰:標高800m)に行ったところ、自分の力で山頂にたどり着けたことに達成感を感じ、以来、山登りに魅力を感じるようになったそうです。
Aさんは、月に1回程度の頻度で愛知県近郊の山に登っており、長野県の山は過去に御嶽山にツアーで登ったことがあるそうで、中央アルプスは今回が初めてだったそうです。
木曽駒ヶ岳を選んだ理由は、自宅から車で行ける山域で、かつ日帰りが可能な登りやすそうな山だったこと。また、10年くらい前に駒ヶ岳ロープウェイで千畳敷まで行ったことがあり、その時見た千畳敷カールのその先に行ってみたいと思ったこと。それに下山後の名物「ソースカツ丼」も決め手の一つだったそうです。
Aさんのこれまでの登山は、仕事仲間と複数人で行くことがほとんどでしたが、今回は急に予定が空いたために、ほかに休みの都合がつく人がおらず、1人で木曽駒ヶ岳へ行くことにしました。
当日の朝、菅の台からバスに乗車し、駒ヶ岳ロープウェイを利用して千畳敷に到着しました。しかし、一帯は朝からかなり強い雨が降っており、居合わせたほかの登山者も出発を見合わせるほどだったそうです。Aさんも周囲の登山者の様子を見て出発を見合わせ、その後1時間ほど経過すると雨足が弱くなり、ほかの登山者が行動を始めたのを見てAさんも木曽駒ヶ岳をめざして行動を始めました。
濃霧の山頂に一人きり
行動を開始したものの雨は相変わらず降り続いており、その上、一帯は非常に濃い霧に包まれていました。途中の宝剣山荘のあたりまでは、ほかにも登山者が複数いたものの、次第にその数も少なくなりました。それでも、その先の頂上山荘の近くまでは4人家族のパーティーと隣り合うようにして登っていましたが、その4人も頂上山荘でトイレに寄るため別行動となりました。
Aさんは、その家族と別れる時に山頂の方向を教えてもらったので、1人で山頂をめざして登っていたところ、頂上から降りてきたという2人組のパーティとすれ違いました。その際、「山頂に行ってもあなただけだよ」と言われたそうですが、Aさんは、「せっかくここまで来たんだし」と、2人組に教えてもらった山頂の方向に向かって進みました。
こうしてたどりついた山頂には2人組の言葉どおり、ほかの登山者は誰もおらず、登ってくる人もいなかったので、Aさんはすぐに下山を始めることにしました。この時点では怖いという気持ちはあまりなかったそうですが、1人のため若干、不安な気持ちだったそうです。
相変わらず濃いガスが立ちこめる中、Aさんは50m先の視界も利かない濃霧の中、正確な現在地や正しい進行方向を把握する術もないまま下山を開始します。厳しい言い方をすれば、この日、周囲の登山者をあてにしながら他力本願でたどり着いた山頂で、Aさんは初めて自分の判断で行動をしなければならない状況に置かれてしまったのです。
夏から秋の千畳敷カールは、晴天時であれば、多くの登山者であふれ、登山者の列がコース上に連なるように続いており、たとえ地図がなくてもまず道に迷うことはないと言ってもいいでしょう。
木曽駒ヶ岳から中岳を経て千畳敷カールへの降り口となる乗越浄土に至るコースも、途中の中岳の通過にわずかなアップダウンがあるだけで、平坦な登山道が続きます。そのため登山初心者にも歩きやすく、ロープウェイによるアクセスの良さも相まって人気があります。しかし、裏を返せば、このような特徴に乏しい平坦な地形は、視界不良時は道迷いに陥りやすいという危険性があります。
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