
南アルプスってどんなところ?
日本三大アルプスの、最も南に位置する南アルプス。南アルプスは比較的登山者の多い北部と、山深く静かな山歩きができる南部と二つの山域に明確に分けられます。北部を山岳写真家の伊藤哲哉さん、南部を長年コースガイドや登山地図を手がけてきた岸田明さんの解説で、南アルプスの魅力を見ていきましょう!
文・写真=伊藤哲哉、岸田 明
南アルプス(赤石山脈)は、長野県、山梨県、静岡県の3県にまたがり、中央構造線と糸魚川-静岡構造線の間の脈長大な山脈。そのうち標高の高い部分が南アルプスと呼ばれる。その主要部は1964年6月に国立公園に指定され、2014年にはユネスコ・エコパークとして登録された。三伏峠(さんぷくとうげ)を境にして三伏峠より北を北部、南を南部と呼んでいる。
南アルプスのなりたち
南アルプスは大陸プレートにフィリピン海プレートが沈み込む過程で生成された付加体(プレートがぶつかるときに、堆積物が積み重なったもの)からなる山塊。山頂付近でも海洋プランクトンの放散虫(ラジオラリア)が化石化したチャートを見ることができる。特に南部は雨水による浸食が継続し、その結果谷は深いV字谷になり、また隆起も相まって各地に崩壊地が散在している。このため河川流域の登山口から山頂へは厳しい急登が続き、標高差が大きくなっている。
南アルプス北部
北は鋸岳(のこぎりだけ)や甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ)、続いて鳳凰三山(ほうおうさんざん)、白峰三山(しらねさんざん)、仙塩尾根(せんしおおね)を経て塩見岳(しおみだけ)、そして三伏峠(さんぷくとうげ)までが北部の範囲とされる。太平洋側の気候の影響を受け降雨量が多いため、森林限界が高く2600m付近までシラビソやツガなどの樹林に覆われている。高山植物が豊富な山が多い。前衛峰には、赤石山脈最北端の入笠山(にゅうかさやま)のほか日向山(ひなたやま)、甘利山(あまりやま)、櫛形山(くしがたやま)などがあり、いずれも訪れる人は多い。
信仰の歴史香る南アルプス北部
近代登山以前の南アルプス北部の山々には、杣人や狩人が生活のために入っていた。また、山々は信仰の対象であり、その歴史は平安時代に遡るといわれている。最も特徴的な山は鳳凰三山。地蔵岳オベリスク直下の賽の河原には今でもたくさんの地蔵尊が安置されている。
甲斐駒ヶ岳には登拝の歴史もある。表登山道の黒戸尾根には多くの石碑、石仏、刀剣などが残されている。19世紀後半以降ウォルター・ウェストンなどの著名な外国人登山家が南アルプスの山々に登頂し、日本の近代登山文化の発展に貢献している。「南アルプス北部開拓の父」と称された竹澤長衛(たけざわちょうえい)や南アルプス最初の案内書『日本南アルプスと甲斐の山旅』を出版した平賀文男(ひらがふみお)の存在も大きい。
雄大な連嶺、高山植物の宝庫
北部には北岳、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、塩見岳といった名峰が多く、これらの高嶺が深い渓谷で分断され、独立峰のようにそびえており、雄大な連嶺が特徴的だ。その代表格は北岳、間ノ岳、農鳥岳で構成される白峰三山。また、甲斐駒ヶ岳から南に早川尾根、花崗岩の白砂に覆われている鳳凰三山がある。さらに、北沢峠の西側には仙丈ヶ岳が存在感を見せ、樹林帯に包まれた仙塩尾根が塩見岳まで延びている。
固有種のキタダケソウ、ホウオウシャジンのほかタカネビランジ、タカネマンテマといった貴重な高山植物はこの山域でしか見ることができない。北岳は高山植物が豊富で、仙丈ヶ岳山頂付近、観音岳山頂付近、三伏峠小屋付近でお花畑を楽しむことができる。
また、北岳、鳳凰三山、塩見岳など主要な山からの富士山の眺めはとてもすばらしい。私がおすすめする南アルプス北部の富士山展望地は、「白峰三山」だ。このほか均整のある山容を眺められる塩見岳山頂からの富士山、日本標高第3位までの山稜が眺められる小仙丈ヶ岳山頂、レンゲツツジのお花畑で有名な前衛峰の甘利山から眺める富士山も秀逸である。
登山シーズンは初夏の花の季節から。山小屋は基本的に食事付き
前衛峰では、6月初旬に入笠山の日本スズラン、中旬になれば、甘利山のレンゲツツジ、7月には櫛形山のアヤメが咲く。南アルプス本峰では、6月下旬にキタダケソウを求めて北岳を訪れる登山者が多い。梅雨が明けると本格的な夏山シーズンを迎え、山小屋は登山者でにぎわう。10月上旬の北岳、仙丈ヶ岳、鳳凰三山の稜線ではダケカンバの黄葉がみごとだ。下旬になれば、黄葉も広河原や前衛峰に広がる。 夜叉神、広河原、北沢峠、鳥倉登山口といった主要な登山口までのアクセスは長く、日程に余裕のあるプランニングを組む必要がある。山小屋では基本的に食事、寝具付きで宿泊できる。テント泊不可の山小屋もあるので事前に確認すること。どの山小屋でも予約が必要となる。最近では山小屋からのSNSの情報提供も多いので適宜利用しよう。
南アルプス南部
南アルプスの中ほどにある三伏峠以南が南アルプス南部だ。荒川岳(あらかわだけ)、赤石岳(あかいしだけ)に始まり、聖岳、光岳(てかりだけ)までが主要な範囲。南アルプス南部は太平洋に近いために南から湿った空気が入り、稜線は昼前には雲に覆われ夕立に遭うことが多く、また降雪は冬型の気圧配置の時ではなく、南岸低気圧が通過する春先に多い。山頂からの展望はどの山も申し分なく、特に富士山を間近に見られるのが特徴だ。ただし光岳だけは山頂が樹林の中にあるが、山頂標識から少し先の展望地からは深南部の大パノラマが広がっており、登山者にとって新大陸の発見にも匹敵する大きな驚きがあるだろう。
近代になって登られ始めた南部
南アルプス南部は里から遠く山体を仰げる場所が少ないので、信仰の対象として登られていた山はあまりない。そのため、歴史に存在が認識されるようになったのは、明治以降の工業化で、森林開発が始まって以降だ。大井川(おおいがわ)水系では大規模な伐採と、大井川を使った木材搬出が行なわれ、その痕跡や遺構を各地で見ることができる。登山史として記録に残るのは、明治時代に日本の中部山塊を海外に紹介したウォルター・ウェストンが、1回目の日本滞在時に赤石岳に登ったことが挙げられるが、もっとも有名なのは、南部山域を開発した大倉喜八郎(おおくらきはちろう・旧東海パルプ創業者)がこよなく赤石岳を愛し、八十余歳で駕籠(かご)とオンブで赤石岳登頂を果たし、山頂で禊ぎをして万歳三唱をしたことであろう。この大倉喜八郎が登った赤石岳東尾根は別名大倉尾根とも呼ばれていて、赤石岳登頂の重要なルートになっている。
ライチョウの最南限、標高差がかなり大きいのは南アルプス南部
南アルプスはかつての氷河期の氷河の最南端と言われている。荒川三山(あらかわさんざん)や、赤石岳に見られるカールがその痕跡を示しているが、動植物でも同様だ。氷河期の最後の生き残りと言われるライチョウの最南限は光岳だし、また高山植物の群生も光岳が南限になっている。ただし、かつては高山植物の南アルプスと呼ばれていたが、最近の温暖化により高所までシカが侵入していて、その食害には目を覆いたくなるものがある。各地にある防鹿柵で被害を食い止めているので、登山者として扉の開閉は確実に実施していただききたい。
なお南アルプスは一般的に降雪量が少ないことにより、高山植物の最盛期は梅雨末期から7月いっぱいなので、高山植物を目的にするのであれば時期に気をつける必要がある。
南アルプス南部は、登山口から山頂までの標高差が2000m以上あるルートも数多く存在するなど、標高差が大きいのが特徴。さらに森林限界が2600m付近と高く、急坂の樹林帯の登山道を一日かけてひたすら登る登山スタイルになる。逆に言えば樹林のすばらしさを味わう時間が長いということでもあり、易老渡(いろうど)からの光岳や聖岳への尾根筋、また奈良田(ならた)から農鳥岳への登山道など、太い木がたくさん残っていて、これを楽しめるようになれればあなたも一人前の南アルプス・ファンの仲間入りだ。各山体は非常にスケールが大きく、一山越すのに一日かかる。稜線部はガレ場はあるものの急峻で滑落の危険がある箇所は少ないので、ノンビリ&ドップリ山に浸かるのがよいだろう。また森林限界付近を縫う稜線部が長く続くのが南アルプス南部の特徴で、北アルプスとは違った独特の景観をなしている。このような特徴から、南アルプスではピークハントではなく縦走を楽しむのが、最も適した登山スタイルということになるだろう。
入山方法と山小屋、南部は特によく調べよう
公共交通は、首都圏からの夜行登山バス、静岡駅および伊那大島(松川インター)からのハイシーズンの登山バスのみである。マイカーでは静岡県からは畑薙(はたなぎ)ダムの夏期臨時駐車場、長野県側からは易老渡手前の芝沢(しばさわ)ゲートと、三伏峠への登山口の越路ゲート、山梨県からは奈良田の4カ所が主な入山口になる。長野県側の駐車場は狭いので、里で駐車してタクシーで入山するなど工夫が必要だ。なお、最近畑薙ダムから椹島(さわらじま)まで自転車で入山する登山者を見かけるが、アップダウンが激しいので、マウンテンバイクに慣れているサイクリストは別として、一般登山者にはおすすめしない。
山小屋は、コロナ禍以降すべての小屋泊は予約が必要になった(テント泊は不要の所が多い)。また食事を提供する小屋が少なくなり、稜線では赤石小屋、荒川小屋、千枚小屋のみとなっている。ほかの小屋では自炊かあるいはレトルト食品やカップ麺の購入になる。なお、塩見小屋、山頂避難小屋を除くすべての小屋で給水が可能だ。
プロフィール
伊藤哲哉(いとう・てつや)
1969年、神奈川県生まれ、千葉県在住。北アルプス・南アルプス、房総の低山、上信越の山などを主なフィールドに撮影に通う。山岳雑誌に写真と記事を提供し、山と溪谷社から共著で『分県登山ガイド 千葉県の山』、『アルペンガイド 南アルプス』を出版。2020年12月、2021年4月に写真展「SEASONS~北岳~」、2023年6月に写真展「夏山讃歌~南アルプスの歌声」を開催。日本写真家協会(JPS)、日本山岳写真協会会員。
ウェブサイト:https://tetsuyaito.jimdofree.com/
岸田 明(きしだ・あきら)
東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。山渓オンラインに記事多数投稿。また最近は四国遍路の投稿が多い。
四国遍路の記事:https://www.yamakei-online.com/yama-ya/group.php?gid=143/関連記事
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