登山口までも、登山口からも遠い南アルプス最南端の百名山へ【夏山JOY2025】

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今年も間もなくアルプスシーズンが到来! アルプスの情報満載の山と溪谷増刊号『夏山JOY』2025から南アルプス・光岳(てかりだけ、2592m)のルポを掲載。

写真=矢島慎一 文=池田 圭


光岳は、列島を縦断する日本アルプスの端に位置する日本百名山のひとつ。「テカリ」というユニークな名前に加え、日本最南端の2500m峰であり、ライチョウやハイマツ群生地の南限とされるなど、なにかと話題に事欠かない山だ。

百名山踏破をめざす人たちの間では、後回しにされがちな山としてもよく名前が挙がる。体力や技術だけ見れば、もっと登りづらい百名山はたくさんある。しかし、光岳が残ってしまう最大の理由がアクセスの悪さ。登山口まで公共交通機関がなく、とにかく遠いのだ。都内の自宅を出てから登山口にたどり着くまで、ほぼ丸一日かかった。さらに、やっとたどり着いた易老渡(いろうど)の登山口から主稜線に乗るまで、5時間ほどの登りがひたすら続く。体力だけでなく、山に臨む心構えを試されているかのような道程は、つい後回しにしたくなる気持ちも理解できる。

遠山川に架かる光橋を渡って、やっと登山がスタート

さて、いきなり始まるジグザグの急坂を登ること1時間。道が急になだらかになり、巨大なサワラの木が立ち並ぶ広々とした森に出る。ここは面平(めんだいら)と呼ばれる場所で、テントを張ることもできる。初日は移動日と割り切って、面平に泊まる計画を立てるのもありだろう。登りの尾根道は、巨大な針葉樹が気持ちよさそうに枝を伸ばす豊かな森歩きが続き、眺望こそないが退屈することはない。道は歩きやすく、標高差300mごとに休憩適地が現われるので、歩くリズムも刻みやすい。しかし、とにかく暑い。9月半ばとはいえ、汗をびっしょりかきながら標高を上げていく。

登り始めの急坂を抜けたところが面平の森。サワラの巨木がお出迎え

たどり着いた易老岳からの稜線歩きは、これまでの苦労を思えば楽園のようだ。立ち枯れたシラビソとシダが生い茂る森の先にある三吉(さんきち)ガレで、ついに展望が開けた。辺りは心地よい風が吹き抜ける草原で、あまりの開放感に大休止。昼寝をしてしまったほど、気持ちよかった。目覚めるとガスが山の斜面を上がってきているのが見えた。雨に降られないうちに先を急ごう。

三吉ガレの展望スポット。吹き抜ける風が心地よく、ここで弁当を広げて大休止した

しかし、イザルヶ岳へと向かう谷筋の付け根にある三吉平には豊かな苔の森が広がり、写真を撮るためについ足を止めてしまう。ここからはゴロゴロの涸れ沢沿いをゆく最後の登り。一気に登りきったころには、すっかり辺りは幻想的なガスに包まれていた。静高平(しずこうだいら)に湧く冷たい水をすくって口に含んでみると、乾いた全身に染み渡るかのようでしみじみうまい。ようやく体が山に馴染んできたように感じた。

清水が湧き出る静高平。まさに山上のオアシス。ここまで来れば、長い一日もあと少しだ
ガスが晴れ、突然、光小屋の姿が現われた

「いらっしゃい。まあ、まずは温かいお茶でもどうぞ」と笑顔で迎えてくれたのは、5年前に光小屋の管理業務を引き継いだ小宮山花さん。彼女のつくり出す穏やかな雰囲気は、不思議と宿泊者たちの空気を和ませる。この日は、なんと70代の百名山達成者がおり、夕食後にみんなでささやかなお祝いをした。聞けば、「コロナ禍で予定を延期したり、小屋の予約がなかなか取れなかったりで、光岳は後回しになってしまったけれど、百名山の達成と光小屋に泊まることを支えに元気でいなきゃと思っていた」と言う。その姿には、こちらが元気をお裾分けしてもらった思いがした。ちなみに、昨年度は40人もの百名山達成者を小屋でお祝いしたそう。

宿泊者に百名山達成者がおり、夕飯後にみんなでお祝いをした。くす玉は光小屋スタッフの手作り

帰りの長丁場を見越して早立ちする客が多いので、光小屋の朝ごはんはおにぎり弁当を用意している。「食事の時間にとらわれずに、朝日が昇る山のよい時間を思い思いの場所で過ごしてほしい。百名山としてだけじゃない、光岳の魅力を体感してほしい」と小宮山さんは考えているからだ。

光岳山頂は樹林帯の中にあって展望がないことから、「絶望のテカリ」なんて不名誉な名前で呼ばれることもしばしば。確かに、天気の悪い日にこの長くてきつい道程をやってきて、山頂を踏むだけでは、そう思われても仕方ない。一見すると地味な山かもしれない。しかし、実は天気がよければ、小屋の前や食堂の大きな窓からの展望ですらすばらしい。小屋から光石(てかりいし)やイザルヶ岳に至る森は実に趣深く、そのてっぺんからも抜群の眺めが広がる。

晩夏の光小屋で迎える朝。景色の主役は、兎岳、上河内岳、茶臼岳を両脇に従えた聖岳

われわれは光石の特等席に腰かけて、朝食を味わうことにした。巨大な竜のようなガスの帯が、昨日歩いてきた稜線を舐めるように南アルプスの深南部へと流れ込んでいく。遠くには聖岳(ひじりだけ)をはじめとする南ア南部の主峰や富士山が並び、反対側に目を移すと駿河(するが)湾へと山々が連なっている。富士山の肩から顔を出した朝の光が、標高の高い山から順に色を与えていく様を眺めていると、いかに光岳が山深い場所にあるかが実感できる。どこから登っても遠いからこその静けさ。そして、光岳以南に高い山が存在しない端っこ感が好きな登山者は、深田久弥だけじゃないはずだ。

朝焼けに染まるイザルヶ岳の山頂にも数人の登山者の影が見えた。あちらにはどんな景色が広がっているのだろうか。「絶望のテカリ」なんて言ったのは、きっとこの希望に満ちた朝を見ないまま、急ぎ足で下山した人だったに違いない。

9月に入ると富士山越しに朝日が昇るようになる

(取材日=2024年9月11~13日)

2021年から管理人業務を引き継いだ小宮山花さん。山小屋で過ごした4年間の日々を綴った著書が発売中!

小宮山さんが32歳の若さで光小屋の管理人業務を引き継いだのは、世の中がコロナ禍の真っただ中にあった2021年の春のこと。南アルプスの全山小屋が休業した初年度を乗り越え、試行錯誤を重ねながら光岳で生活してきた彼女の歩みは、5月19日に発売された新刊書籍『私、山小屋はじめます』(山と溪谷社)に綴られている。創意工夫を凝らした食事メニューや、ぐっすり寝られるベッドの導入など、登山者目線で意欲的なチャレンジを続ける光小屋。今シーズンは新しい試みとして、レンタル用のテントに泊まれるプラン(寝具付き)をスタートするそうだ。

光岳小屋
https://www.chillnn.com/1863f95fe2d74
『私、山小屋はじめます』

私、山小屋はじめます

アウトドア情報サイト「ブラボーマウンテン」に連載中の「わたし、山小屋はじめます」を書籍化! 光小屋に山小屋主人として入ることになった小宮山花さんが、山小屋暮らしのあれこれを綴ります。

小宮山花
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MAP&DATA

高低図
ヤマタイムで周辺の地図を見る
最適日数:1日2泊
コースタイム: 【1日目】8時間25分
【2日目】7時間35分
行程:【1日目】
芝沢ゲート・・・易老渡・・・面平・・・易老岳・・・三吉平・・・・イザルガ岳・・・光岳小屋
【2日目】
光岳小屋・・・光岳・・・光石・・・光岳・・・光岳小屋・・・イザルガ岳分岐・・・三吉平・・・易老岳・・・面平・・・易老渡・・・芝沢ゲート
総歩行距離:約26,300m
累積標高差:上り 約2,898m 下り 約2,898m
コース定数:67

『夏山JOY』2025より転載)

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この記事に登場する山

静岡県 長野県 / 赤石山脈南部

光岳 標高 2,592m

「てかりだけ」と読む。何かロマンを感じさせる、このユニークな山名の山が南アルプス主脈の最南端にあることは、山を志す者なら大抵の人は知っていることだろう。昔からこの山がハイマツの南限だとか、山頂近くにセンジが原という山上の楽園が広がっている、などという話を聞いて、まだ見ぬ山に思いを馳せた人が多いことだろう。  山頂から南西側に光岩という岩峰があり、遠州側から遠望したとき、この岩が白く光って見えるところからつけられた山名という。また古くは三隅岳ともいわれた。  この山へのアプローチは長い。一般的には長野県側の芝沢ゲートから易老渡(いろうど)まで車道を歩き、ここから往復するコースが歩かれているほか、畑難第1ダムから茶臼岳を経て光岳に向かうコースがある。

Special Contents

特別インタビューやルポタージュなど、山と溪谷社からの特別コンテンツです。

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