山のある暮らしとコーヒー焙煎。移住先で見つけた、私のぜいたくな時間

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長野県に移住してからというもの、やたらと趣味ばかり増えて、お金と時間が一向に増えないのは気のせいでしょうか。ここへ来て始めた趣味の一つで、いまでは習慣になっているのが、コーヒー豆の焙煎です。コーヒー好きで豆を挽いて飲む人は多いですが、自分で煎る人は少ないでしょう。「焙煎はちょっとハードルが高いな」と思うかもしれませんが、じつは意外と簡単にできるんです。自家焙煎の魅力と煎り方のコツをたっぷりとお届けします。

文・写真=鈴木俊輔

目次

山を眺めながら味わうコーヒー
山を眺めながら味わうコーヒーは格別

なぜ自家焙煎がおすすめなのか?

たまには居心地のよいカフェでゆっくりと時間を過ごすのもいいですが、日常的に家でおいしいコーヒーを楽しむなら、自家焙煎がおすすめです。焙煎器(焙煎機)と聞くと、高価なものをイメージするかもしれませんが、安く手に入る小型のものもあります。

私が10年来使っている小型の焙煎器は、1万円以内で手に入ります。箱に取っ手がついたような形状で、ガスコンロの上で使います。一度に焙煎できる豆の量はだいたい60gくらい。本格的な焙煎機に比べると煎れる量は少ないですが、豆がフレッシュなうちに飲み切れる良さがあります。

コーヒー豆は生豆(なままめ)の状態なら長期保存ができますが、焙煎すると酸化が進みます。香りも抜けてくるので、焙煎後2週間以内に飲み切るのがおすすめ。コーヒー豆の鮮度はドリップすると一目瞭然で、煎りたてのものはお湯を注ぐとふっくらと膨らみます。新鮮な豆はとても香りが良く、酸化していないので胃にもやさしいです。

新鮮な焙煎豆をドリップする
新鮮な焙煎豆はドリップすると炭酸ガスで膨らむ

コーヒーのおいしさを決める3つの要素

コーヒーのおいしさを決める要素は3つ。ひとつ目は、豆の質。二つ目は、焙煎技術。三つ目は、淹れる技術です。

いちばん重要なのは、豆の質です。値段の高い豆が必ずしもおいしいとは限らず、いろいろ飲み比べてみると、自分の好みがわかります。生豆はオンラインショップで購入でき、私は毎回、いろいろな産地や種類の豆を買って、味や香りの違いを楽しんでいます。ちなみに、生豆は焙煎豆に比べて3割くらい安く手に入るため、経済的にもお得です。

焙煎の度合いは好みによりますが、豆の種類によって浅煎り向きのもの(エチオピアのモカなど)や深煎り向きのもの(インドネシアのマンデリンなど)があります。豆の個性を楽しむのなら、少し浅めに煎るのがおすすめ。種類によって、ベリー系や柑橘系、あるいはトロピカルフルーツのような香りがするものもあります。

焙煎器
長年愛用している焙煎器

焙煎前の下準備

焙煎時間は10分程度ですが、その前にちょっとした下準備が必要です。まずは、ハンドピック。つまり豆の選別のこと。生豆を買うと、なかには欠点豆も混ざっています。欠点豆とは、カビが生えたものや虫食いのあるもの、欠けているものなどのこと。豆の種類によって、欠点豆が含まれる割合は異なり、ほとんど欠点豆のないものもあれば、欠点豆だらけのものもあります。たとえば、精製方法の関係で、インドネシアのマンデリンは欠点豆が多く、ハンドピックに時間がかかります。売り物にするわけではないので、細かくハンドピックはしませんが、豆をトレイに並べて選別する地道な作業です。

次に、豆を洗います。豆を洗うか洗わないかは人によって分かれるところですが、私は「洗う派」です。ザルとボウルを使って何回か水を替えてやさしく洗います。洗うこと自体はたいした手間ではないのですが、豆が水分を含むため焙煎に時間がかかることが難点です。

焙煎前の生豆
焙煎前の生豆

一杯に30分かけるぜいたくさ

これでようやく下準備が完了。焙煎器に豆を入れて、強火のガスコンロの上で左右にシャカシャカと振ります。コツは手のスナップを効かせて細かく振ること。これをだいたい10分間続けます。緩慢な動きをしていると、煎りムラができるので要注意。マラカスのようにリズミカルに振っていると、禅のように無心になります。

豆はだんだんと褐色を帯びながら、焙煎の良い香りが漂ってきます。ここまでくると、もうひと息。今度はパチパチと豆がはぜる音が聞こえてきます(一ハゼ)。元気のいい豆が飛び出してくるので、手の動きは慎重に。しばらくすると少し落ち着きますが、まもなく二ハゼが始まります。

庭で焙煎する様子
天気が良い日は庭で焙煎

豆の色や香り、ハゼる音から、焙煎を止めるタイミングを見極めます。これを誤ると、煎りが浅く酸味が強すぎたり、逆に煎り過ぎて黒焦げになってしまったりして、これまでの苦労が水の泡に。ゴクリと唾をのみ込んで、精神を集中。「ここだ」というタイミングで火を止め、余熱で仕上げて豆をザルに移します。

そして、うちわでパタパタと必死に扇いで、豆を冷ましながらチャフを飛ばします。チャフは豆に付いた薄皮のことで、焙煎すると熱で舞い上がります。キッチンで焙煎すると、周りにチャフをまき散らすことになるので、家族の反感を買わないためにも事後の片付けはきちんとしたいもの。豆が冷めたら完成です!

焙煎された豆
焙煎度は、フルシティロースト(中深煎り~深煎り)

コーヒー豆焙煎と登山の共通点

「煎りたてがおいしい説」と「2日目くらいがおいしい説」がありますが、私は後者。なんとなく煎りたてはシャープさが残っていて、1日くらい置いた方がまろやかな味わいになるような気がします。とはいえ、やっぱり煎りたてのコーヒーも飲みたい。さっそくハンドドリップで淹れます。ハンドピックから一杯ができるまで、かかった時間は約30分。これを面倒と考えるか、ぜいたくと考えるか。

一杯のコーヒーを淹れるまでには、いろいろなプロセスがあり、それを含めて楽しむ。これは登山とも通ずるものがあるように感じます。山登りのハイライトは山頂に立ったときの感動かもしれませんが、そこに至るまでの過程にも楽しさがあります。それは、ただ楽しいだけでなく、ある種のテンション(緊張)を伴います。コーヒー焙煎と登山では状況は違いますが、すぐに喜びが手に入るのではなく、テンションを経ることで喜びが大きくなる。

コーヒーも下準備から焙煎、ドリップといったいくつかのステップを踏むことで、喜びが増幅されます。また、おいしい一杯を淹れるには、多少の技術と経験が必要で、ときには失敗することも。その不確実性もまた、極上の一杯を淹れられたときの喜びを増幅させます。いろいろなものが簡単に手に入る時代だからこそ、この一杯に価値があるのです。

おいしい豆を煎れるようになると、「山で極上の一杯を飲みたい」という欲求にも駆られますが、私にはコーヒー道具を持って登山するほどのズク(長野県の方言で「根気」の意味)がないので、家で山を眺めながら味わう一杯で満足とします。ちょっと難易度は高いですが、フライパンでもコーヒー豆を焙煎できるので、ぜひお試しあれ。

ティラミスとコーヒー
自家焙煎コーヒーで作ったティラミス

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プロフィール

鈴木俊輔(ローカルライター・信州暮らしパートナー)

長野県池田町を拠点に、インタビュー取材・撮影・執筆を行なう。また、長野県の信州暮らしパートナー、池田町の定住アドバイザーとして移住希望者の相談に乗る。2015年に神奈川県から長野県へ移住したことをきっかけに登山を始める。北アルプスの景色を眺めながらコーヒーを飲むのが毎日の楽しみ。趣味は、コーヒー焙煎、まき割り、料理。野菜ソムリエプロ。

山のある暮らし

都内の出版社で働くサラリーマン生活に区切りをつけ、家族とともに長野県池田町に移住した筆者が、「山のある暮らしの魅力」を発信するコラム

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