花と岩の急登、意外に多彩だった早池峰山

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読者レポーターより登山レポをお届けします。下島朗さんは岩手県の名峰、早池峰山(はやちねさん、1917m)へ。

文・写真=下島 朗

小田越から山頂へ、蛇紋岩の急登を行く

岩手県・北上(きたかみ)山地の最高峰、早池峰山は、毎年6月の第2日曜日に山開きとなります。今年(2025年)は6月8日でした。そして、この日から8月3日まで土日祝日はマイカー規制が実施されます。

今回、早池峰山に登ったのは翌9日の月曜日。平日なので、河原坊(かわらのぼう)の駐車場まで車で入ることができました。以前は、ここから山頂へ至る登山道があったのですが、2016年に大雨による崩落で通行禁止になって今年も開通していません。

そのため、舗装路を約2km歩いて小田越(おだごえ)の登山口へ。小田越には駐車場がなく、バイクも駐輪禁止です。ただし、土日祝日に運行されるシャトルバスに乗ると小田越まで行くことができます。

早池峰山 小田越の登山口
河原坊から歩くこと約40分、小田越の登山口へ
早池峰山 木道の登山道
登山道に入って最初は木道を行く

登山口から樹林帯を歩くこと30分弱。登山道に大きな石が現われたと思ったら、少し先で急に開けた場所に出ました。その一角に設置された標識によると、ここが一合目だそうです。

早池峰山 一合目御門口
一合目御門口(ごもんぐち)、樹林帯が終わって岩場になる

「え、まだ一合目!?」と思いますが、標識には「小田越からここまで0.8km、山頂まで1.9km」とあります。距離でいうと、すでに3割ほど来ています。

とはいえ、ここから先が早池峰山の早池峰山たる領域で、岩場の急登が始まります。ガラガラの岩は蛇紋岩(じゃもんがん)、植物が苦手とする鉱物を含んでいるため樹木が成長できません。岩の間のわずかな土に、蛇紋岩に適応した低木や高山植物が生えているだけです。

早池峰山 五合目手前の岩場
五合目手前の岩場、まだまだ山頂は遠い

蛇紋岩は、滑りやすいことでも有名です。特に、登山者に踏まれてツルツルになった岩面が危険です。

早池峰山 蛇紋岩の登山道
蛇紋岩の登山道。手前の黒光りしているところが滑りやすい

やがて前方にモニュメントのような奇岩が見えてきます。横から見ると岩の上に四角柱が立っている感じ。ここが五合目で、小田越から1.7km、山頂まで1.0kmの地点です。

早池峰山 御金蔵と呼ばれる五合目の奇岩
御金蔵(おかねぐら)と呼ばれる五合目の奇岩

距離は半分を過ぎていますが、まだまだ急登が続きます。やがて大きな岩壁に設置された金属製のハシゴが現われます。

早池峰山 長いハシゴ
上下2段に分かれた長いハシゴ、これは上段

この先も、さらに歩きにくい岩場が続きます。しかし、ここまで来れば稜線は遠くありません。

早池峰山 剣ヶ峰分岐
剣ヶ峰分岐に到着。ついに稜線、ハイマツが茂り景色が変わる
剣ヶ峰分岐から早池峰山の山頂部を望む
剣ヶ峰分岐から早池峰山の山頂部を望む

剣ヶ峰分岐から山頂まで約400m、なだらかな道が続きます。

早池峰山 山頂の手前で残雪を渡る
山頂の手前で残雪を渡る。雪があったのは2カ所、アイゼンは不要だった

避難小屋の手前で最後の一登り。小屋の右に回り込むと早池峰山の山頂に到着です。

早池峰山 山頂
小田越から約2時間半で山頂へ。北上高地南部の山並みが見える
早池峰山 山頂
振り返るとこんな景色、早池峰山は信仰の山でもある
早池峰山 山頂の裏手
山頂の裏手は、大きな岩が累々とした特異な景色

山頂に着いたのは午前8時過ぎ。天気はよかったのですが、季節がら湿度が高かったのでしょう。遠くの山は霞んでいて、かすかに確認できるものの写真には写りませんでした。

早池峰山 山頂
北に姫神山が見えた。左端の岩手山は空に溶け込んでほぼ写っていない

西側には、秋田駒ヶ岳(あきたこまがたけ)、和賀岳(わがだけ)、焼石岳(やけいしだけ)と思われる山影が薄っすらと見えていました。しかし、これらも目を凝らすとなんとかわかるくらいの感じでした。

樹木の枝をかき分けて早池峰剣ヶ峰へ

しばらく山頂で過ごして、再び剣ヶ峰分岐へ。右に行くと小田越への下りですが、左に進んで早池峰剣ヶ峰をめざしました。

早池峰山 岩場のトラバース
分岐から少し行くと、しばらく岩場のトラバースが続く

岩稜帯を過ぎると、早池峰剣ヶ峰とご対面。シャープな稜線と山容に魅了されました。

早池峰山 剣ヶ峰
なるほどみごとな剣ヶ峰、これは山頂まで行きたくなる

しかし、その先に待っていたのは左右から伸びる木々の枝。両手でかき分けながら、ときにザックを引っかけながら進みます。

早池峰山 剣ヶ峰への登山道
道はハッキリしているが、硬い木の枝に何度も行く手を阻まれる

鞍部を過ぎるとハイマツ帯になります。しかし、そこも枝の張り出しがすごい。場所によってはヤブ漕ぎに近い状態でした。

早池峰剣ヶ峰の山頂
木々との格闘の末、早池峰剣ヶ峰の山頂に到着

早池峰剣ヶ峰も展望がよく、振り返ると早池峰山の山頂部を望むことができます。

この先、東側(宮古市方面)へ下る道もあるようです。しかし、地図では破線ルート。ここまでの状況を考えると、かなりの困難が予想されます。もちろん剣ヶ峰分岐へと引き返しました。

早池峰山 剣ヶ峰からの帰り道
剣ヶ峰からの帰り道。左手前の茂みの中に登山道がある

剣ヶ峰分岐まで戻って小田越へ下ります。蛇紋岩の急坂です。晴れていたので岩は乾いていましたが、それでも何度か足を滑らせました。雨や霧で濡れていたら恐ろしいことになりそうです。

あの名花は? 早池峰山に咲く初夏の花々

早池峰山は花の山としても有名です。特に一合目から稜線まで、登りでも下りでも険しい岩場に咲く高山植物たちが目を楽しませてくれました。

早池峰山の花といえば、まずはハヤチネウスユキソウでしょう。早池峰山の固有種で、ヨーロッパアルプスに咲くエーデルワイスに最も近い花だそうです。

ガイドブックによると花の時期は6月末から7月。今回の山行は6月上旬、もしかしたら超早咲きの花が一輪くらいあるんじゃないかと期待しましたが、さすがに見つかりませんでした。

ハヤチネウスユキソウと思われる株
ハヤチネウスユキソウと思われる株、まだ蕾も出ていない

もうひとつ残念だったのが、早池峰剣ヶ峰にたくさんあったシャクナゲ。関東の低山では5月上旬には咲いていたのですが、まだ蕾でした。それだけ緯度と標高が高いのでしょう。

早池峰剣ヶ峰の山頂部にあったシャクナゲの蕾
早池峰剣ヶ峰の山頂部にあったシャクナゲの蕾

一方、今が盛りと咲き誇る花もたくさんありました。最も目を惹いたのがミヤマキンバイです。一合目から山頂部まで、岩の間にたくましく大量に咲いていました。

早池峰山の山頂部に咲くミヤマキンバイ
早池峰山の山頂部に咲くミヤマキンバイ

黄色い花はミヤマキンバイだけではありません。よく見ると数種類の花があるようです。

早池峰山 蛇紋岩の間に群生するナンブイヌナズナ
蛇紋岩の間に群生するナンブイヌナズナ

全体的に黄色い花が目立ちましたが、白い花もたくさんありました。

イワウメ
イワウメ
咲き始めのヒメコザクラと思われる
咲き始めのヒメコザクラと思われる
緑の株はホソバイワベンケイ、白い花はチシマアマナ?
緑の株はホソバイワベンケイ、白い花はチシマアマナ?
コミヤマカタバミ
コミヤマカタバミ

登山シーズンが始まったばかりの早池峰山。ハヤチネウスユキソウの花は見られませんでしたが、早池峰山が花の名山であることを納得しました。

対峙する薬師岳に登って早池峰山を眺める

さて、剣ヶ峰分岐から小田越へ下るとき、ずっと目の前に見えるのが小田越を挟んで相対する薬師岳(やくしだけ)です。

早池峰山の中腹から見た薬師岳
早池峰山の中腹から見た薬師岳

姿かたちが美しく、登頂意欲をそそられる山です。そして、その山頂からは早池峰山の全容を眺めることができると聞いていました。

小田越に下りてきたのが午後1時ころ。薬師岳へ行くなら登り返しになりますが、コースタイムは往復で2時間半。日が長い時期なので行くことにしました。

小田越にある薬師岳への登山口
小田越にある薬師岳への登山口、山頂まで1.5km

登り始めて驚いたのは、岩の種類がまったく違うこと。早池峰山は蛇紋岩の山でしたが、薬師岳は花崗岩の山でした。花崗岩は、日本アルプスでもよく見られる白っぽい岩です。蛇紋岩と違って滑りにくいので助かります。

また、薬師岳はだいぶ上の方まで木がありました。樹木が育つ土壌が形成されているのでしょう。樹林帯が終わるとハイマツ帯になり、そこから少し登ると稜線に出ます。

薬師岳の稜線まで登り、山頂部を望む
薬師岳の稜線まで登り、山頂部を望む

一見、ハイマツの海ですが、早池峰剣ヶ峰のようなヤブ漕ぎ状態ではありません。ただ、ハイマツの葉が全体的に赤いのが気になります。しばらく平坦な稜線を歩き、最後は緩やかに登って山頂へ。

薬師岳から見た早池峰山の山頂部
薬師岳から見た早池峰山の山頂部

いつの間にか空一面に雲が広がっていました。そのため山の立体感が失われて、期待したほどの絶景にはなりませんでした。

中央の最も高いところが山頂です。左側の丸いピークが中岳、右には剣ヶ峰と徳兵衛山(とくべえやま)が見えています。

さて、あとは帰るだけ。ゆっくり下山していると、途中で出会った登山者に「ヒカリゴケは見ましたか?」と聞かれました。そういえば、すっかり忘れていました。すると、その方が親切にヒカリゴケのある場所を教えてくれました。

岩の下の暗闇で緑色に輝くヒカリゴケ
岩の下の暗闇で緑色に輝くヒカリゴケ

今度こそ、あとは帰るだけ。小田越から河原坊まで舗装路を歩き、充分に明るい時間に駐車場まで戻ることができました。

ちなみに、薬師岳に登らなくても、小田越から河原坊へ行く舗装路を歩き始めてすぐのあたりでも、早池峰山の上部を望むことができます。しかも、薬師岳の山頂にいたときより天気が少しよくなっているのが悔しい。

早池峰山の山頂部
早池峰山の山頂部、今朝登った岩場も見える

小田越から早池峰山の山頂まで標高差667m、小田越から薬師岳の山頂までは395m。早池峰剣ヶ峰を含めて個性が異なる3つの山を巡り、花と景色を楽しんだ多彩なコースでした。

(山行日程=2025年6月9日)

MAP&DATA

高低図
ヤマタイムで周辺の地図を見る
最適日数:日帰り
コースタイム: 8時間
行程:河原坊・・・小田越・・・五合目(御金蔵)・・・早池峰山・・・五合目(御金蔵)・・・小田越・・・薬師岳・・・小田越・・・河原坊
総歩行距離:約14,000m
累積標高差:上り 約1,360m 下り 約1,360m
コース定数:25 早池峰山
下島 朗(読者レポーター)

下島 朗(読者レポーター)

“絶景ハンター”と称して、写真を撮りながら山を歩く中高年登山者。好きが高じて自己サイト『絶景360』を開設し、撮り溜めた絶景写真を公開している。

この記事に登場する山

岩手県 / 北上高地

早池峰山 標高 1,917m

 北上山地の主峰、早池峰山は、『遠野物語』で柳田國男が「恰かも、かたかなのへの字に似たり」と表現したが、彼の足跡から推察しても、おそらく薬師岳の西稜と早池峰山の西稜とがオーバーラップしていることによるものと思われる。また詩人の宮沢賢治も好んで登り、作品に登場させている。それよりも、ロシア人、マキシモビッチ、須川長之助などの植物や高山蝶などの生物学方面で紹介され、古くから魅力的な山であった。  さらに古来から、拝峠という地名もあるように、女人禁制の山岳修験の山で、常民にとっては水分(みまくり)神の山で、旱(ひでり)のない豊饒の山でもあった。  南北250kmの北上山地を分断するクサビのように、古生代に貫入した蛇紋岩が浸食を受けたカンラン岩の残丘で、中岳南西緩斜面には、周氷河現象の線条痕も見られる。また、その高山植物帯は国定公園特別天然記念物に指定されるほど種類が多い。  この山の固有種の開花時期は6~8月で、梅雨期の7月下旬が好適。ナンブトウウチソウ、ナンブトウノオ、ヒメコザクラ、ミヤマヤマブキショウマ、ナンブイヌナズナ、この山の象徴のハヤチネウスユキソウ、早池峰山を分布上の南限とするナンブソモソモ、サマニヨモギ、チシマコザクラ、ナガバキタアザミなどがある。  なお久出内地区(つきせないちく)に大規模なダムが造られるので、その後の生態系の変化が心配される。  コースは大迫(おおはさま)側が一般的で、河原坊から3時間、小田越から2時間で山頂に立てる。さらに山頂から鶏頭山経由七折滝コースは5時間で下れる。また平津戸駅から高桧山へ4時間、さらに早池峰山山頂へ7時間のコースもある。  大迫側登山口には河原坊にキャンプ場があり、岳集落の民宿もよい。岳集落には早池峰神社がある。早池峰山山頂に奥宮を祭り、祭神は姫大神とされていたが、いつのころからか瀬織津姫神を主神とするようになった。早池峰神社の例祭には、重要無形文化財の早池峰神楽が奉納される。  一等三角点の山頂からは、岩手山を盟主として連なる奥羽山脈の山々、東方には三陸の海、そして北上山地の山並みなど360度の展望が楽しめる。  その昔、享保4年(1719)、幕府からの調査で、藩侯南部利幹(32代)の命を受け、一方井九郎右衛門、江刺家兵左衛門の両人が、早池峰山山頂から晴れた日に山座同定したところ、藩内のほか、遠く北は松前・絵山ヶ岳、津軽、羽州、伊達、南は常陸・筑波山の21座が見えた、と報告したという、眺望の一等地である。

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