【インタビュー】人気シリーズ『山怪』最終巻刊行。田中康弘が語る、山怪と山人を追った10年の取材の軌跡
山怪シリーズ10周年にして、第5弾となる『山怪 青』を上梓した田中康弘さん。今作が“ラスト山怪”となるその訳や、フィールドで培った取材力など貴重なお話をうかがいました。
文=成瀬魚交、写真=山と溪谷オンライン
“そこに人が生きている”ということが取材の基本
――取材場所はどうやって選んでいるんでしょうか
まずは大まかな地域を定めることから始まります。山怪の取材なので、山があるということがもちろん大前提です。すごく大きな山があればいいってことでもないですが……。
それと雪深いということも判断材料になります。雪が多いところっていうのは、閉ざされているんです。たとえば阿仁なんかは、11月半ばに雪が降ってきて3月いっぱいくらいまでは雪に埋もれている状態になります。いまはそうでもないですが、昔はもう雪に家が埋まっている状態で冬のあいだを過ごしていた。それが大事なんですね。
外界と隔絶される。すると、一日中暗い中で、囲炉裏の周りで人が縄をなったりとか、そういうことしかできない。なので雪深い地域ほど、山怪の濃度も濃くなっていくと思うんです。
とはいえ、九州や雪の降らないところも取材したりもしています。そういうところは雪はないですが、交通の便が悪くて人が限られているので、なにか物語が醸成されているような雰囲気がある。そこまで行くともう感覚ですね。
そして土地の歴史や人口、規模感なども調べてから、取材を始めます。
――どのような方法で取材を行なうのでしょうか。
地域の役場から当たっていくことが多いですね。地域の観光協会や農林水産課、あるいは農協の方に「山に日常的に入る人を教えてください」という形で行くことが多いです。老若男女は構わないので、山菜採りの人や林業関係の人、キノコ採りや釣りが好きな人、狩猟をやっている人などをそこで紹介してもらいます。「不思議な体験談のある人を教えてください」という入り口で聞くわけではありません。
昔は個人情報保護法とかもなくてそのへんの感覚が緩かったから、名前から電話番号、住所まで全部教えてもらうことができました(笑)。いまではもちろんそんなことはありません。
だけど、なんでもシャットアウトだといろいろなことが回らなくなってきたのか、いまは少し前ほど厳しくはなくなりました。特に地域の観光協会に「これこれこういう理由で取材をしたいので」と言うと、人を探してくれることもありますね。
そしてようやく現地に行くことができます。電話など音声で話を聞く、というのが違うっていうわけではないですが、やはり空気感をつかむことができる。
現地に行って、いちばん初めは目で見ることですね。たとえば、あっちに山が見えて、川がこういう方向に流れていて、田畑でなにを育てていて……なんて情報を視覚から得ることができる。
その次は耳ですね。現地の人の言葉を聞く。特に方言はとても興味深い。本のなかでは読みやすくするために若干ソフトにしていますが、生の方言を聞くことが大切だと思っています。
そして舌。地域ごとに味噌の味が違うとか、山菜も違うとかそういったことを味覚で体験する。
目から入って、耳に来て、舌。この一連のインプットを何日もやって、その地域がほんのちょっとだけわかってくる。現地で聞く山怪話はその地域で生きるうえで欠かせないものだと認識しているので、ただ話を聞いてこれればいいだろうというのではなくて、見て、聞いて、味わって、自分の中に少しでも入れるというのを大事にしています。
私の場合は、もともとのカメラマンの仕事のころから大事にしている“そこに人が生きている”ということがベースにあります。その地域で、人はどうやって生活してきたのか、田畑でなにをつくって、山でなにをとって暮らしたのか……。自分が好きだからというのもありますが、そういった相手の暮らしや地域の生活史のようなものがある程度わかっていないと、意思の疎通も難しい場面もあるでしょうし、この山怪的なものは理解できないと思います。取材のときも、『山怪』とは全然関係ない、生業や人生のこともたくさん質問しています。怪奇現象ではなく、あくまで人の営みや人そのものが好きなんです。
――山人以外のお話もありますか?
『山怪』は、ほとんどは山人の方からうかがった話で構成していますが、100パーセントではありません。たとえば自衛隊駐屯地の話をいただいたのですが、その方はもう除隊されているし現地に取材に行くわけにはいかないので、体験者の方と通話でやり取りして取材しました。
そうした登山者など、山人以外の方の体験談も、1割ほどは入れています。私のなかでは、山怪はほぼ9割はそこに住んでいる人たちのものだと思っているのですが、逆に残りの1割くらいは別の話がバリエーションとして入っていてもいいかなとは思っています。この山人の営みのなかの話が割合的に少なくってしまうと、たとえば半分くらいになるとリアリティに欠けそうな気がして、どうなのだろうと思います。
それでもこの話は入れておきたいなぁっていうのは、あくまで変化球ですね。9割方の山怪話が直球だとしたら、こっちはちょっと落ちたり、曲がったりする球。全部がストレートばかりだとつまらないでしょう(笑)。
それにいまは山への入り方が細分化されていますね。狩猟や山菜、キノコ採りだけでなうて、山登りや渓流釣り、沢登り、いまはマウンテンバイクの方なんかもいる。こういった新しい入り方をしている人は、なにか新しい体験談があるかもしれない。コミュニティのなかで誰かに話して伝えた体験談が生き残って人の目に触れることも増えてくると思います。
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