【インタビュー】人気シリーズ『山怪』最終巻刊行。田中康弘が語る、山怪と山人を追った10年の取材の軌跡

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山怪シリーズ10周年にして、第5弾となる『山怪 青』を上梓した田中康弘さん。今作が“ラスト山怪”となるその訳や、フィールドで培った取材力など貴重なお話をうかがいました。

文=成瀬魚交、写真=山と溪谷オンライン

今回がシリーズ最後の山怪。次の展開は……

――ライフワークとして集められていた「山怪」ですが、今作がシリーズ最後になった理由とは。

山で生業を営む人がいまどんどん減っています。たとえば林業ですが、間伐などもやってはいますが、もう材木を生産してもお金にならないわけです。昔は人力でしたが、いまは機械だと機械のお金のほかにガソリン代や運搬代などもかかる。でもそうやって出した木が二束三文だから、出さない。そうしてどんどん衰退していって、携わる人も減っていっています。

また、過疎化や生活スタイルの変化も大きいです。特にここ最近でいちばん変化を感じたのは阿仁でした。30年前はまだ家がたくさんあって、元気なジジババが働いていて、小学生が川で遊んでいたものです。だけどいまは子供が川で遊ぶ姿なんか見ないし、そもそも人もあまり見かけない。20年くらい前までは「70歳は70馬力だー!」とか言って年寄りも働いてすごいなーと思っていたんだけど、もう80代後半とか、90歳になったらさすがに元気もなくなります。それで子どもたちも家を出て別の場所に住んでいる。やがてジジババも子どもたちのところへ移住しちゃって、年寄りすらいないんですよ。

こうしたひどい状況では、山怪話自体がどんどん集まらなくなってきています。話ができる方がどんどん亡くなっていって、次の世代に継承されない。

また、40~60代くらいの方でも、山に日常的に入る人が減ってしまっている。たとえ生業が町にあったとしても、昔はまだそれでも休みの日には山に行ってキノコや山菜を探したり、朝起きて仕事の前に行って採ってきたり、なんて暮らし方の人もいっぱいいたんです。でも、いまは買ってきたほうが早いから山に採りに行ったりしませんね。

人の口の端に上って繋がっていった山怪話それ自体が今後はもう話されなくなっていくのではないかと思います。昔は「不思議な光を見た」「キツネにだまされた」なんて話をずっと聞いていたから、山でなにか不思議な体験をしたとして、それが「あれが婆さんが言ってたことなのか!」と、聞いた話とすぐに結びついた。

しかし、そうしたベースがもしゼロだったならば、不思議な光を見たとしても「ただの車かな」なんて思って流してしまいますよね。日常の違和感みたいなものを感じ取ったとしても、それを違う解釈と結びつけて、なんでもないものとして理解してしまう。とんでもないものが出てこない限りは、驚くこともないのかもしれないですね。

――ラスト山怪を迎え、今後はどういった活動をされる予定でしょうか。

山怪話が集めづらくなったのは社会的なものもあるけれど、自身の体力的なものも大きいです。全国を回って、山に何日も入るなんてことがつらくなってきています。

なので今後は、どこにも行かなくてもできることをやろうかと考えています。まだ具体的には固まっていませんが、たとえば「山怪とはなにか」ということをもっと突き詰めて考えていくとかね。

山怪にもいろいろな形の話があるけれど、よくよく俯瞰して見ていくと、不思議な光や音の話や、キツネ、神隠しなど、ある程度分類できる。そういうのを地域性なども考慮しながら細かく分けていろいろ考えていくと、なにか見えるものがあるのかもしれません。

それにつながる道筋として今回、『山怪 青』の取材である程度わかったこともあります。

山怪と「神」の関係性ですね。たとえば本編に書きましたが、九州のとある地域では、水神様の木というのが生えていて、その横を通るときに軽トラの端っこが枝にほんの少し触れただけで呪われるんだそうです。そんな恐ろしいものが日常にある。ここから思うことは、もともとの古い神は、五穀豊穣や家内安全、商売繁盛とかそういった類のものじゃなくて、もっと恐ろしいものなんだということ。

山もまた恐ろしいものと捉えられていて、マタギの人もしょっちゅう神頼みをしていますが、これは獲物がとれるようにということだけではないんです。いちばんは生きて帰れますように、ということですね。どんなに獲物をたくさんとっても、途中で滑落して死んだりしたら意味がない。無事に帰ってきておいしいものを家族に食べさせて……というところがもっとも大切。だから、いかに死なないか、ということのために、神に手を合わせるしかないんです。

水神様のほかにも、たとえば石を1個動かしただけで死ぬっていわれるような恐ろしい神様の話もある。そういった話を集めていくうちに、なにか大きなことに気づくものがひょっとしたらあるのではないか、そう思いながら、いまどうやってまとめられるか思案しているところです。

フリーランスカメラマンの田中康弘さん
田中康弘(たなか・やすひろ)
1959年、長崎県佐世保市生まれ。礼文島から西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現場、特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。著作に、『シカ・イノシシ利用大全』(農文協)、『ニッポンの肉食 マタギから食肉処理施設まで』(筑摩書房)、『山怪 山人が語る不思議な話』シリーズ、『鍛冶屋炎の仕事』『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』(いずれも山と溪谷社)などがある。

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