【書評】旧来の常識から解き放たれて歩くという喜び『歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山』
評者=石丸哲也
登山には多種多様な魅力がある。登山者により捉え方が異なる面もあり、登山者それぞれのスタイルがあるべき。「思想」「哲学」をもって登ることが大切と常々、考えている。といっても○○イズムというような大それたものではなく、山の感動を無心に受けとるとか、俗世間的な約束事や常識にとらわれないなどの素朴なものだ。誰が推薦したとか、こうした登り方や表現がトレンドとか、きっかけとしてはよいが、さらに、自身の気付きや発見、感動があるオリジナルな登山をしたい。
本書で、著者は「登山に対するステレオタイプ(中略)や古い常識をすべて取り払ったうえで、心地良く楽しい新しい登山のスタイルを提案していく」と説く。内容はフラット登山の考え方や計画のハウツー、フラット登山のノウハウ、コースガイドに大別できるが、考え方やハウツーがキモと感じた。「フラット」には3つの意味があり、第一は頂上を登ることを目的とせず、大地をフラットに移動する。第二は登山の難易度などのヒエラルキーからの脱却。最後に、もっと気軽に登山を楽しもうという意味の「ふらっと」とする。
具体的には、フラット登山は「歩く喜びを満たす旅」。その喜びや気持ちよさの評価軸は「官能的な山道」であり、要素として「異世界に迷い込んでいる」「広大で開放感がある」「変化に富み、足に快感がある」「冒険心が満たされる」「霊性に畏怖を感じる」の5項目が挙げられる。もちろん、山によって要素は異なり、それが山の個性、楽しみ方の多様性にもなるわけだ。約4割を占めるガイド編では30コースを5項目に分類。たとえば「異世界に迷い込んでいる」編では富士樹海、房総半島大房岬、伊豆大島などが概要と紀行にコースタイムなどのデータを添えてまとめられている。
私事で恐縮だが、先日、登った山梨県の扇山は「大月市秀麗富嶽十二景」のひとつ。一般的には展望を期待し、晴れた日に登りたい山だが、当日は曇りで遠望がきかず、山の上は霧の中。しかし、その霧が新緑の樹林をグラデーションに霞ませ、晴れの日では感じがたい奥行き感、みずみずしさをもたらしてくれた。さらに、道の奥の明るい空間が濃い霧に閉ざされ、その中へ踏み込んでいくことにファンタジーの世界のわくわく感さえ覚えるシーンも。山は季節や天気により、さまざまな顔、魅力を見せてくれるとともに、先入観を取り払って登る大切さを学んだ。頂上に登ってはいるが、フラット登山に通じる山行だったと思う。
本書はフラット登山への誘いである。文章主体の448ページというボリュームで、コンセプトやノウハウを知り、旧来の「常識」から解き放たれて、読者自身の登山スタイルや感性を進化させる手引きとなってくれるだろう。

歩くを楽しむ、自然を味わう
フラット登山
| 著 | 佐々木俊尚 |
|---|---|
| 発行 | かんき出版 |
| 価格 | 2,420円(税込) |
佐々木俊尚
作家・ジャーナリスト。テクノロジー、政治、経済、社会、ライフスタイルなど幅広く取材・執筆を行なう。早稲田大学在学中は登山サークルと社会人山岳会に所属し、バリエーションも含む登山に目覚める。近年、登山初心者を交えての山行を重ねるうちに、「フラット登山」をひらめく。
評者
石丸哲也
登山ライター。カルチャー教室の講師としても活動。著書に『ヤマケイアルペンガイド 関東周辺 週末の山登りベスト160』『東京発 半日ゆるゆる登山』(山と溪谷社)など。
(山と溪谷2025年7月号より転載)
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