
今でしょ!北アルプスの山の暮らしや歴史の息づかいが感じられる場所。安曇資料館に立ち寄ろう
林業や養蚕など、安曇(あずみ)地方の山の暮らしにまつわる民具を展示する松本市立安曇資料館。戦国時代の悲劇にまつわる貴重な品々も展示され、北アルプス好きなら必見の施設だ。登山地図やコースガイド執筆のため北アルプスに通う写真家の三宅岳さんに、資料館の見どころを聞いた。
文・写真=三宅 岳
かつての北アルプスの暮らしがわかる!
秋山シーズンいよいよ開幕、というこの秋。この今年の秋に上高地方面に足を運ぶ人にぜひ立ち寄っていただきたい場所がある。とにかくこの秋なのだ。
松本市立安曇資料館である。
場所は、松本と上高地や平湯方面を結ぶ国道158号にある道の駅「風穴の里」のすぐそばである。風穴の里からは徒歩5分。専用駐車場もしっかり用意されている。
建物のある付近は、平成の大合併で松本市に組み込まれる以前は、安曇村に所属していた。ちなみに、合併以前の安曇村は、上高地も乗鞍高原もさらに岐阜県などと山頂を分かち合ってはいるが、穂高岳や槍ヶ岳までもが安曇村の範囲であった。つまりは日本を代表するような山岳自治体だったのだ。いわゆる「安曇野」の明るく開けた盆地ではなく、山そのものが村という地域だったのだ。
この安曇資料館が設立されたのも、安曇村時代の昭和56(1981)年。合併の平成17(2005)年から松本市立の資料館として、今日まで多くの客を迎えてきたのだ。
もともと林業で暮らしをたててきた地域であり、いにしえの山仕事・杣仕事にまつわる諸道具も数多い。例えば木を運んだ「山そり」や「えぶり」といった炭焼きの道具などが、所狭しと並んでいる。
また、この地は養蚕がさかんに行なわれた地域で養蚕や機織りの道具もいろいろと並ぶ。実はこの地域、日本の養蚕業全体にも大きく影響を及ぼしたとして語り継がれているのである。
資料館近くには、道の駅の名前の由来である「水殿風穴」があり、無料で見学・体験ができる。その扉を開ければ、流れ出してくるギュンと涼しい空気におもわず震えるほど。風穴は山で冷やされた空気が湧き出す天然の冷蔵庫であり、真夏でも10℃程度にしか温度が上がらず、この地域ではもともと食料の保存貯蔵などに多用されていたのだ。今でもこの風穴内部は倉庫として利用されていて、名産の漬物である稲核菜や日本酒がじっくりと熟成保存されている。
その風穴が養蚕に大きな革命をもたらしたのだ。種紙(蚕の卵が産み付けられている紙)を風穴に保管管理することで、蚕の発生時期のコントロールを始めたのである。この地域で編み出されたこの方法には、各地からの視察が相次いだという。この地域の手法が基点となり、各地で養蚕の効率・回転が大きく上がり、当時の外貨獲得の柱となった養蚕業を一層盛り上げることにつながっていったというのだ。
さらに展示品の中には、ここでしか見ることができない、北アルプスの歴史に関わる、見逃せない展示がある。
戦国武将である三木秀綱の奥方にまつわる品々である。
天正13(1585)年秋、飛騨高山にあった松倉城主、三木綱秀の一行は落城に伴う逃避行路として、北アルプス越えを選択。奥飛騨の中尾峠を越えて、夫妻は別ルートをとったようだ。その奥方の一行は里である波田の淡路城(現在の松本市波田)をめざしたと伝えられている。上高地から徳本峠をこえて島々谷を下ったが、その道中半ばで殺害されてしまったというのだ。
その悲劇の奥方に由来しているという現物がここに展示されているのである。奥方の刀や衣類と伝えられるものが、500年近くの時を隔てて誰もが眺めることができるようになっているのだ。たった一枚のガラス越しに、その時代にグンと思いをはせることができる。実は旧安曇村一帯には秀綱由来の「秀綱神社」なども多数あり、養蚕とも深く結びついた神様として今も祀られているということもある。
まさに歴史がリアルに立ち上がってくる展示なのだ。
近々閉館?見学は急ごう!
さて、冒頭に、この資料館を訪ねるのはこの秋! と強調している。それはなぜか。
もともとこの資料館は11月を過ぎると、冬季閉館を迎える施設であった。しかし、来年の春、いつもと同じように開館をするかどうかという状況なのだ。
それは、施設が耐震基準を満たしていないということによる。昨今はさまざまな財政状況により、各地の文化施設が危機に瀕している。この資料館もまさにその一つなのである。
残念ながら、存続を求める大きな声というのが聞こえていないので、そのまま閉館となる可能性は高いのだろう。
もちろん展示資料は廃棄されることはなく、松本市のほかの博物館に収蔵されるということになる。ただし、果たして現在のように常時見ることができる状態で展示されるのだろうか。おそらく、倉庫での保管となる可能性もあるのではないか、と危惧をしている。
さらに、これはウワサでしか伝え聞かないのだが、三木秀綱奥方由来の展示品に関して、その係累の方から返却を求められているという話を聞いた。現在展示されている物品は、もちろん本人や遺族からの寄贈ではなく、村人の間で奥方遺品と伝えられてきた物品であり、元々の所有者というわけではない。この件に関してはウワサでしか伝わってこないのだが、そういった申し出がある以上、現在のように常設展示とはいかない可能性も高く、さらには、私物となり公の場から消える可能性もあるのではなかろうか。
* *
文化財を後世にどう伝えていくかということは大きな問題だが、そのことを論じるつもりはない。ただ。この秋なら、その目で見ることができますよ!ということは伝えておきたい。ぜひ、安曇資料館へ。
松本市立安曇資料館
| 2025年度 開館日 |
11月30日(日)までの土曜日・日曜日・祝日 |
|---|---|
| 開館時間 | 9〜17時(入館は16時30分まで) |
| 所在地 | 長野県松本市安曇3480番地2 |
| TEL | 0263-94-2134 |
プロフィール
三宅 岳(みやけ・がく)
1964年生まれ。山岳写真家。丹沢や北アルプスの山々で風景や山仕事などの撮影を行なう。著書に『ヤマケイアルペンガイド 丹沢』(山と溪谷社)、『山と高原地図 槍ヶ岳・穂高岳 上高地』(昭文社)など。
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