感動と試練の連続。2カ月間、富士登山ツアーに同行したスタッフが見たリアル
読者レポーターの寺尾雄二さんは富士登山ツアーの同行スタッフとして活動。今シーズンの富士山のレポートです。
文・写真=寺尾雄二
富士登山ツアー同行スタッフとは?
富士山の開山期間中の同行スタッフとしての活動内容を紹介します。
同行スタッフとしての主な業務内容は、ツアー中のガイド補助(後方支援)と参加者のケアとなり、具体的には以下の通りです。
- バスで到着した五合目でのツアー客の装備チェックと案内、体調確認
- 登山中休憩時のトイレ案内、点呼、体調不良者への対応
- 宿泊する山小屋でのツアー客対応、夕食案内、就寝前の体調確認
- 山頂アタック時のサポート、点呼、誘導
- 下山中のペース調整、体調観察、下山後五合目での案内
頻度は、ツアー参加のお客様の数により変動がありますが、今シーズンの私の場合、おおむね週1回から2回のペースでツアーに同行しました。すべて山梨側のスバルライン五合目から出発する吉田ルートからの登山ツアーです。
都庁からバスでスバルライン五合目へ移動
ツアーの集合場所は新宿の東京都庁脇の大型バス駐車場。風の通らない場所なので、朝7時の集合の段階で、すでに汗が噴き出す蒸し暑さです。
バス1台あたり約40名のツアー客が乗車し、平日で2台、休日などには4台ほどに増車されます。山小屋宿泊者数の上限、他社の富士登山ツアーもあり、1つのツアー会社であまり台数は増やせません。開山日の直後は、ツアー客のほとんどは外国の方が占めていましたが、海の日の休日以降は日本人が多くなります。バスは7時半に出発し、すぐに首都高に入ります。平日は、富士山方面の下りは、車の流れは順調で、中央道へと乗り継げます。逆に休日は、首都高、中央道と出発時から渋滞続きとなります。途中休憩をとった後、平日であれば、スバルライン五合目には10時過ぎに到着。休日の場合は12時近くになる場合もあります。
五合目で高度順応して登山開始
到着した五合目は、平日休日問わず、目立つのは外国人観光客や登山者の姿です。あらためて世界的な富士山人気の高さに驚くばかりです。また山梨側の開山日(7月1日)には、各テレビ局の取材陣も見かけました。
バスで到着した五合目では高度順応のため1時間ほどの休憩を取ります。この間に各自、登山の準備や食事、入山手続きなどを済ませます。私たち同行スタッフは、ガイドの方と協力して、引率する登山者のリスト表で氏名や人数の確認を行ないます。ツアー客の人数がおおむね40名以上になる場合は、人数に応じて2つ以上のグループに分かれ、それぞれのグループにガイド1名、同行スタッフ1名がつきます。
登山ツアーに参加される方は、富士登山は初めて、という方が大半です。富士山は日本の山で唯一、3500mを超える標高なので、山頂付近では、酸素濃度も平地の3分の2ほどになり、登山途中で高山病にかかる確率が高い山です。出発前には、高山病対策として、ツアー参加者に対し「水分をこまめにとる」「歩幅を短くゆっくり歩く」「歩行中は意識して深呼吸を心がける」この3点に重点を置いた説明をします。
出発の際は登山ガイドが先頭を歩き、そのあとにツアー客の登山者が続きます。同行スタッフの私は最後尾に付きます。スバルライン五合目の登山口から六合目までは、緩やかな道が続きますので、どうしても歩行ペースが速まりがちですが、先頭を進む登山ガイドは、わざとペースを落とします。五合目でも2300mの標高があり、人によっては知らずと高山負荷がかかっている場合があるので、とにかくゆっくりとしたペースを維持させるのが重要です。六合目までの約1時間の歩行は足慣らしの区間になります。六合目(2400m)で休憩タイムをとり、あらためて、五合目の出発時にアナウンスした注意点(水分摂取と歩幅、深呼吸)を繰り返し伝えます。
六合目から本格的な登りが始まる
吉田口登山道は、六合目から本格的な登りとなります。火山礫(れき)でザレた登山道は歩幅を大きくとると、スリップしやすく、足に余計な負荷がかかります。歩幅が大きい登山者に対しては、適宜注意を促します。ここから先は登り一方となりますので、ガイドは、各登山者の歩行ペースを確認しながら、およそ30~40分ごとに小休止をはさみます。休憩の際も、水分摂取と深呼吸を促します。併せて、各ツアー客の服装の調整も指示します。
六合目から七合目(2700m)までは約1時間をかけて登ります。毎回30~40人ほどの登山者が一団となった集団ですので、高度の影響もあり、各自のペースも異なって、列の前後が長くなります。小休止ごとに、ペースが遅れ気味の登山者については、ガイドのすぐ後ろについてもらい、列がバラケすぎないよう補正します。六合目から上では、すでに雲を見下す景色も広がるので、登山者にとっては、高所歩行のつらさを和らげる効果もあります。
登山道は七合目付近から上は、岩場のルートに変わります。ツアー客の多くの方はダブルストックを使用していますが、岩場が続く箇所では、ストックをたたみ、ザックに装着させ、両手をフリーの状態してもらいます。ストックを使用している方にとっては面倒な行為ですが、岩場での万一の転倒、転落事故防止のためには必須となります。
七合目から八合目(3100m)までは、約2時間のコースタイムになります。岩場のルートが続き、傾斜も急になり、歩行ペースも低下します。特に休日など、登山者が集中する時期は、七合目から八合目の岩場ルートでは頻繁に渋滞が発生し、ロスタイムが増加します。
八合目付近の山小屋で仮眠。高山病になる人も……
私が同行したツアーでは、八合目上部付近の山小屋に宿泊するプランが多く計画されていました。富士登山が初めての方は、八合目まで到達した山小屋で、夜間の仮眠中に高山病の症状が現われる場合があります。空気の薄い中で、特に睡眠中は呼吸も浅くなるためです。このため、ツアー客の中には、翌日の山頂アタックを断念する方もいます。ただ吉田口登山道では、どこの場所からも御来光が望めるので、アタックを断念されても、山頂からとほぼ変わらない御来光の瞬間を山小屋の前から体感できます。
深夜1時、御来光をめざして行動開始
一方、山頂にアタックされる方は、深夜1時~2時ごろの行動開始となります。さらに八合目よりも下の七合目付近に宿泊した登山者は、深夜12時前には山頂に向け出発してくるので、スタート時から登山道が渋滞になる可能性があります。富士山に訪れる登山者の大半は、山頂で御来光を迎えることが最大の目的なので、未明の登山道は、必然的に登山者が集中し渋滞が発生します。
八合目上部の山小屋から山頂までの標高差はわずか300m程度ですが、わずかな仮眠時間と高度の影響により、各自の体調具合にもよりますが、2時間弱はかかります。夜間行動になるのと、ほかのツアーグループも交じる登山になるため、先頭を行くガイドは、道路工事で車を規制する時に使用する赤色の誘導棒をザックに装着し点灯させます。ツアー客は、ガイドの赤色誘導棒を目印に登行し、同行スタッフ(私)は最後尾に付いて、列がバラケすぎないよう注意を払います。
吉田口登山道は富士山に4つある登山道の中で、最も登山者が集中する場所でもあり、開山期間中の未明の時間帯は、山頂に向け、登山者が灯すヘッドランプの明かりが続き、この時期の風物詩にもなっています。雲のない晴天の日ならば、麓の富士吉田市、富士河口湖町からも光の帯の幻想的な光景を眺めることができます。
八合目から山頂へ向かう途中にも、各ツアー客の歩行ペースを確認し、適宜休憩を入れます。九合目の鳥居をくぐると、めざす山頂もすぐ上部に確認できます。あともう少し、といった状況に、つらそうに歩いてきたツアー客の中には、少しばかり元気を取り戻す方も見かけます。
富士山頂に到着。感動の御来光
山頂直下、最後の鳥居をくぐると富士山頂に到着です。山小屋での宿泊をはさみ、2日がかりでたどり着いた山頂では、ツアー客の満足そうな笑顔が見られます。なかには疲労と高度の影響で、つらそうな方も見受けられますが、つらさを乗り越えて登頂を果たしたことは、人生の中でも記憶に残る思い出になると思います。
富士山は北アルプスや南アルプスと異なり、ライチョウも生息せず、高山植物も少なく、火山礫の荒涼とした登山道が続き、人によっては単調で面白味に欠ける山といわれますが、その時々の天候で景色が大きく変わります。私自身、やはり日本の最高所から眺める御来光は何度見ても飽きません。夏の開山時期は吉田口側からは、富士五湖の一つである山中湖のほぼ上部に朝日が昇ります。雲もほとんどなく、御来光と下界の景色がはっきりと見える場合もあれば、一面の雲海から登る御来光もあります。
開山時期の山頂には御来光目当ての登山者が集中し、朝日が昇るとあちらこちらから歓声が聞こえてきます。吉田口の山頂には売店が2軒あり、特に御来光前の冷え込む時間帯は温かい飲み物や食事を求める登山者で大混雑します。
富士山頂での開山時期の平均気温は5℃ほどで、真冬の東京の気温とほぼ同じであるため、御来光を目当てに登山する場合、防寒着は必須になります。また独立峰である富士山は、風を伴うとさらに体感気温が下がるため、充分な防寒対策が必要となります。
富士山の火口を一周。お鉢巡り
山頂での天候に問題なければ、登頂されたツアー客の半数程度が「お鉢巡り」を希望します。「お鉢巡り」とは、富士山頂部にある火口をぐるりと一周するもので、およそ90分の散策になります。途中、日本最高峰を示す石柱のある「剣ヶ峰」も通り、この場所が、富士山の標高3776m地点です。ちょうど御来光の時刻と重なると剣ヶ峰付近は登山者がひしめき合う状況になります。
剣ヶ峰からは時計周りにしばらく進むと、西側が大きく崩れ落ちた場所に着きます。「大沢崩れ」と呼ばれ、富士山の中でも崩壊が進行している場所です。条件がいいと富士山を照らした朝日によって「影富士」という現象が見られる場所でもあります。富士山の姿そのものもすばらしいのですが、お鉢巡り途中から見る影富士もまた趣があります。
お鉢をぐるりと一周回って吉田口側に戻ります。吉田口山頂には、先ほどの2軒の売店と並び、久須志(くすし)神社が鎮座しており、開山期間中の社務所では早朝の4時から参拝が可能で、山頂のお札やお守りなども購入できるため、多くの登山者でにぎわう場所です。
長い下山を終えて……
御来光の時刻を過ぎると、下山を開始する方が徐々に増えます。吉田口登山道は山頂から六合目付近までは、登りと下りの道が別々となります。登りでは途中に岩場交じりの箇所もありましたが、下りは砂礫のジグザグ道が、延々と続きます。晴天が続くと、下山道は乾燥し、登山者が通るたびに砂埃が舞い上がる、といった状況にもなります。登山者の中には、長い下り道で膝に負荷がかかり、足を引きずりながらつらそうに下山する方も見受けられます。ジグザグの下山道も、七合目の公衆トイレ付近まで。ここからは山腹を横にトラバースするよう六合目へと向かいます。
登山道の周りの木々も、人の背丈より高くなり、高度を下げた実感があります。また晴天のもとでは、日差しの強さと相まって、かなりの暑さを感じます。六合目付近で登り方向の登山道と合流、これから山頂に向かう登山者と頻繁に行き交うようになり、いっそうにぎやかさが増します。六合目からしばらく進むと泉ヶ滝(いずみがたき)の分岐点になります。ここからスバルライン五合目のゲートまでは緩やかな登り道になります。長い距離ではありませんが、2日間に及ぶ富士登山の疲労からか、かなりペースダウンされる方も見受けられます。五合目のゲートを通過して、富士登山も終了となります。無事に登頂されたツアー客の方は、本当に満足そうな表情をされています。日本一の標高を誇る富士山ですので、登頂されたことは一生涯の思い出になると思います。
今シーズンの開山期間中、登山ツアーの同行スタッフとして富士山には12回登りましたが、つらい登りと薄くなる空気のもとで、みごとに登頂されたツアー客の方々の満足そうな笑みが、特に印象に残った2カ月間でした。
MAP&DATA

寺尾雄二(読者レポーター)
埼玉県三郷市在住。定年退職後の現在、週1回のペースで筑波山に登っています。その他、春は残雪の北アルプス、秋は日本山岳耐久レース、元日の雲取山が年間のルーティンです。体力を維持しこれからも山を楽しみたいと思います。
この記事に登場する山
プロフィール
山と溪谷オンライン読者レポーター
全国の山と溪谷オンライン読者から選ばれた山好きのレポーター。各地の登山レポやギアレビューを紹介中。
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