【10月8日更新】奥秩父にも秋の訪れ。秋山紅葉情報2025

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美しい森に包まれた奥秩父の山々。秋には落葉広葉樹が一斉に色づき、見応えのある紅葉が出現する。刻々と変化する奥秩父の紅葉情報をご紹介。

構成=山と溪谷オンライン

紅葉に包まれる、秋の奥秩父

深い森が広がる奥秩父。秋には、赤や黄色に色づく広葉樹と、濃い緑の針葉樹が織りなす、美しい景色が出現する。稜線から始まる紅葉は徐々に高度を下げ、西沢渓谷に代表される山麓の渓谷へと下りていく。比較的長い期間にわたって紅葉を楽しめるのが奥秩父の魅力でもある。ここでは奥秩父の山小屋発の紅葉情報を紹介しよう。

紅葉写真コンテスト2024/写真=やまなこ。
紅葉の西沢渓谷(紅葉写真コンテスト2024より/写真=やまなこ。

10月8日 甲武信小屋付近は秋深まる(甲武信小屋)

小屋周辺は秋深まってます! ナナカマドが赤く色づき、ダケカンバの葉は黄色く色づいた小屋周辺です。標高2000mから下も徐々に色づいてきています。今年は台風に直撃されなかったので、葉が傷まずによく残っています。

まだ初氷は観測していませんが、これからの冷え込みにも期待できます。期待とともに防寒装備は必須です。日没も早くなりました。ルート全体がほぼ樹林帯のため、17時前には暗くなります。安全なのは15時までの小屋到着です。ヘッドランプも用意しましょう。日照時間が短くなっており、日帰りは日々厳しくなります。大弛峠ルートは想定以上のアップダウンがあり、体力と時間を使ってしまったというケースが多発しています。10月12日は「甲武信小屋楽語会」開催。皆さまのお越しをお待ちしております!

秋深まる甲武信小屋周辺
秋深まる甲武信小屋周辺(10月7日/写真提供=甲武信小屋)
甲武信小屋周辺は紅葉が進む
甲武信小屋周辺は紅葉が進む(10月7日/写真提供=甲武信小屋)

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この記事に登場する山

埼玉県 山梨県 長野 / 関東山地

甲武信ヶ岳 標高 2,475m

 松平定能篇輯の『甲斐国志』はこの山のことを奥仙丈山と記載している。拳岳と表記する文献もあるようだ。奥秩父連峰を代表する山で、金峰山とともに人気が高い。  甲武信ヶ岳へ登るには千曲川の源流をたどるのが一番楽である。毛木平からは奥秩父らしい登山道をたどることができる。  下山路としては北へ延びる山稜をたどって十文字峠から栃本へ下って行くか、南へ戸渡尾根を下って広瀬へ出る方法がある。あるいは山稜を西へ歩き、大弛小屋に泊まり、国師ヶ岳、金峰山を踏んでから金山平へ下るのも試みたいが、ロングコースとなる。  甲武信ヶ岳からの富士山の展望は定評のある風景として知られている。  コースタイムは信濃川上駅から梓山、毛木平を経て甲武信小屋に泊まり、戸渡尾根、広瀬まで約11時間。

山梨県 長野県 / 関東山地

金峰山 標高 2,599m

金峰山は奥秩父連峰の盟主である。これを「百貫の貫禄を具へた山」と絶賛したのは、“奥秩父の父”といわれた木暮理太郎であった。古くは日本武尊が東征の折、この地に鎧をおさめたとか、雄略天皇10年(467)に開山されたなどの伝説が残っている。  その後、室町時代に修験の総本山、和州・金峰山から蔵王権現を分祠し、大いに栄えた。  参詣道は9つも通じ、里宮の金桜神社の門前に、神職の家が70軒、参拝者の宿舎200軒を数えたという。  この山がいかに有名であったかは『甲斐国志』をひもとくとよく分かる。金桜神社とともに、7500字も費やして詳述している。表登拝口の金桜神社、猫坂、黒平(くろべら)を経て登るコースは、道中が長いので現在はあまり利用されていない。ルート上に、仏坂、御小屋沢、巫子ノ沢、賽ノ磧、御室小屋、勝手明神などの名が残る。  山頂は大きな積み木を重ねたような、花崗岩の御像石(五丈石)がそびえている。これは南アルプスの前衛、鳳凰山の地蔵仏岩と、甲府盆地を隔てて好対称をなしている。  この五丈石の下には、古い石灯籠や石囲いらしいものが残っている。かつては桧造りのお籠り堂があり、30人くらいが泊まれたという。記録によると、明治42年(1909)に焼失した。  さて、参籠者はいったいどこから水を得ていたのだろうか。原全教の『奥秩父』によると、「御影石うらの4人くらいはいれる岩陰の上約6m、3坪の岩間にたまる水で、量は40lに達する」とある。これが『甲斐国志』でいうところの「甲斐派美(かいはみ)」と呼ぶ小池ではないだろうか。  山容は準独立峰なので、眺望雄大、上信越の山々から八ヶ岳、北アルプス、中央アルプス、南アルプス、富士山や御坂、毛無の山塊、近くに国師ヶ岳から大菩薩嶺など、なかなかの眺めである。  山頂直下に、千代ノ吹上げの絶壁があるが、この岩にまつわる伝説が残っている。それはこんな話。山麓の大豆生田(まみようだ)に信心深い大工夫婦がいた。2人が金峰山登拝の途次、女人禁制のたたりか妻の千代は足を滑らせ、谷底へ落ちてしまった。夫は妻の許しを神に乞うべく、山頂で7日間断食をした。そして満願の日、一陣の風とともに妻は無傷で再び姿を現したという。それから、この絶壁を村人は「千代ノ吹上げ」と呼ぶようになった。  登山コースは、増富温泉から富士見平小屋を経由して7時間、梓山から西股沢に沿って5時間30分、金桜神社から猫坂を経て11時間弱、縦走コースは国師ヶ岳から3時間30分など。

山梨県 / 関東山地

瑞牆山 標高 2,230m

 瑞牆山とはなんとも難しい漢字である。明治38年、山梨県知事となった武田千代三郎がこの字に替えたという。『甲斐国志』には「子産(こうぶ)岩」、または「瑞壘」と記録されている。  遠くから眺めるとそんなに目立たないが、間近な西側の黒森集落や富士見平の手前辺りで見ると、峨々とした岩峰の林立は鬼気迫るものがある。全山花崗岩で、初夏のころ、アズマシャクナゲの花の群落は見事である。  一般的に、富士見平から天鳥川に下りる。岩塊の間を縫い、たくみにつけられた道を上がり、樹間を北側から抜けて山頂に立つ。  眺望絶佳。はすに見上げる金峰山、御坂の山の上に富士山、さらに右、大無間山から延々と南アルプスの連嶺が続く。そして中央アルプス、八ヶ岳、右に北アルプスは白馬岳まで。登山口からわずか3時間ばかりの登高で、これだけの絶景である。  下にぽつんと金山の集落が見える。ここには、奥秩父の先駆者、木暮理太郎翁のレリーフが金峰山に向かって建てられている。昭和26年の建立。  毎年5月には日本山岳会山梨支部により、「木暮碑前懇親会」が、10月には増富観光協会などの共催で「木暮祭」が開かれている。

紅葉情報

秋が深まるにつれて、山の表情は刻々と移ろっていきます。北は北海道、標高の高い日本アルプスから九州の山まで紅葉前線を追いかけて、全国の登山エリアの最新情報をお届けします。

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