萩原編集長が選んだ登山装備と、『山塾』から学ぶ「安全登山の今」

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NHK「実践! にっぽん百名山」、書籍『萩原編集長の山塾』で“萩原編集長”の愛称でおなじみの萩原浩司さん。山岳図書の編集者、雑誌『ROCK&SNOW』のディレクターとして山と溪谷社に在籍するかたわら、未踏峰アウトライアー(現地名ジャナク・チュリ、7090m)東峰の初登頂を果たすなど、編集者の枠を超えた活動をしている。ヤマケイ涸沢フェスティバル2018では、そんな萩原さんがアウトライアー登頂の際に使っていた登山装備を展示。今回の記事では、思い入れのある道具や自著『萩原編集長の山塾』について聞いた。

 

涸沢フェスで公開した、萩原さんアウトライアー登頂時の山道具

アウトライアー南西壁

未踏峰挑戦に選ばれた山道具

涸沢フェススタッフ(以下、涸フェス) : ヤマケイ涸沢フェスティバル2018では、萩原さんには雑誌『ROCK&SNOW』の代表としてアウトライアー東峰を登った時の登山装備を展示させていただきました。この中で思い入れのある装備を3点あげるとしたら、何を選びますか?

 

1・スポルティバ「スパンティーク」

萩原: まずは、高所用登山靴のスポルティバ「スパンティーク」ですね。この登山靴は二重靴であることによる圧倒的な保温力に加え、靴紐を片手で締めることができる簡便さが高所では実に効果的です。狭いテントのなかで、薄い酸素に苦しみながらの靴の着脱には大いに楽をさせてもらいました。それでいてフィット感は抜群で、凍傷予防のために1サイズ大きめを選んだにもかかわらず、長時間の氷壁登攀でカカトがずれることがありませんでした。

 

2・ミレー「トリロジー ゴアテックスプロ ジャケット&パンツ」

萩原: 次に、ミレーの「トリロジー ゴアテックスプロ ジャケット&パンツ」。ゴアテックス プロシェルを使った上下のウェアは軽く、しなやかで激しい動きを妨げない運動性能の高さを感じました。ちなみにサロペットタイプのパンツをはくときは、中にいわゆる「登山用パンツ」を履くことはしません。右はショーラー生地を使ったミレーのオールラウンドタイプの登山用パンツで、アプローチでは大活躍したのですが、オーバーパンツをはくときはタイツとダウンパンツにはきかえました。中の摩擦が大きく、ヒザ上げがしづらいからです。6000mまではオーバーパンツの中はポーラテックのタイツだけ。それ以上ではタイツの上に軽いダウンパンツを重ね、その上にオーバーパンツをはきました。ダウンパンツは表面がツルツルなのでインナーパンツとしても足上げがしやすく、暖かかったです。

涸フェス: 冬の穂高岳を登るとしたら、ウェアや登山靴のチョイスは変わりますか? 

 

厳冬期、涸沢岳西尾根の上部を登る萩原さん

萩原: 厳冬期に登るとすれば、涸沢岳西尾根が最もポピュラーなルートになりますが、この装備では暑いかもしれません。「トリロジー ゴアテックスプロ ジャケット&パンツ」は変えずに、中に着るフリースを薄手にするなどで調整し、登山靴は「ネパール キューブ GTX」に変えます。

中央アルプス サギダルの頭にて

 

3・ペツルの「クォーク」

萩原: 最後はペツルの「クォーク」。登攀用アイスアックスとしては超定番の一品です。シャフトのカーブが絶妙で、発売当初から10年以上経った今でも大きなモデルチェンジもなく、多くのアルパインクライマーに愛用されています。純粋な氷だけでなく、雪壁とのミックス壁にも有効で、ダガーポジションでの雪壁登攀では実に良く安定します。雪壁での使用を見込み、シャフト上部に自転車のハンドル用のバーテープを巻き付けてみたら、グリップの安定性が向上し、なおかつ凍傷予防にもつながるという一石二鳥効果がありました。

涸フェス: バーテープを巻きつけるテクニックは、萩原さんの著書『萩原編集長の山塾』でストックにも使っていらっしゃいましたよね?

 

『萩原編集長の山塾』P.57「ロンググリップの作り方」より

萩原: そうですね。金属部分むき出しのまま使うと、汗をかくとすべってしまうし、冬は冷たくなってしまいます。バーテープをグリップの下に巻き付けると、とてもしっくりきます。重さもほとんど変わらないので、おすすめですよ。

 

「安全登山の今」を知る一冊

涸フェス: 『山塾』には、細かいところまで安全に山を登るための知識やテクニックが紹介されています。例えば靴紐の「V字結び」について。

 

『萩原編集長の山塾』P.35「足首が楽に動かせるV字結び」より

萩原: 「V字結び」は私が発案しましたが、みなさん意外と知らなさそうだと思って掲載しました。靴紐が長いからといって、足首を一周させて結んでいる登山者をよく見かけます。昔は、私もその結び方をしていたのですが、それが原因でアキレス腱を痛めてしまいました。足首を圧迫してしまうからです。また、ハイカットの登山靴でいちばん上までしっかりと締めると足首が曲がりにくく感じることがあります。そんなとき、いちばん上のフックからひとつ下のフックに戻して締めるという「V字結び」を編み出しました。これなら、余分な靴紐も調節できますし、足首が楽になります。

涸フェス: 登山靴のメンテナンスについては、「折った歯ブラシの角がちょうどいい」など、細かいけど知っておくと便利な知恵が紹介されていますね。

萩原: 折った歯ブラシの柄の幅が、靴底の泥を落とすのにすこぶる良いですよ。折ることで軽量化でき、持ち歩くにも良いです。こういうところは細かすぎて他の技術書には書いていないでしょうね(笑)。

涸フェス: ははは(笑)。細かいところというと、P.68の「これだけは持っていきたい三種の修理具」。結束バンドやガムテープの活用術は「なるほど!」の連続でした。

『萩原編集長の山塾』P.68「これだけは持っていきたい三種の修理具」より。結束バンドやガムテープの活用術が紹介されている

萩原: ほとんど100円均一ショップで売っているものなので、気軽に手に入って便利です。結束バンドは、最近の私のマストアイテム。靴底の修理にもとても有効ですよ。靴底の溝にちゃんとセットすれば、めったに剥がれません。バックルの破損もよくあるトラブルですが、外せるタイプの結束バンドで応急処置をするといいでしょう。

涸フェス: なるほど。重量もないので、持っておいて損はありませんね。

萩原: 「三種の~」といえば、2000年頃に「山でバテないための三種の神器」として、ストック(トレッキングポール)、サポートタイツ、アミノ酸などのサプリ、それぞれの頭文字をとって「3つのS」を提案したこともあります。今でこそ浸透しましたが、当時は「ストックを使うのは年寄りのやることだ」とか「アミノ酸なんかに頼っちゃいかん」、「タイツなんて余計なものを」といった否定的な意見がありました。

涸フェス: 「歩き方を覚える前にストックを使うな」というのは、言われた経験があります。

萩原: たしかに、体重移動など歩き方の基本を学ぶことは重要です。そのうえでストックを使えば、断然楽になります。下りのバランス保持にも効果的で、不安定な場所に足を置く場合に体重分散ができます。水が流れて飛び石になっているところを歩く際などにも安心感が違います。

■書籍紹介
萩原編集長の山塾 実践!登山入門

番組で紹介された登山技術の数々から、これまでの登山書には掲載されていないようなウラ技、編集長ならではのテクニックまで紹介。「編集長のヤマ塾」でお伝えしてきた技術にも注目!

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現代の登山家に求められること

涸フェス: 『山塾』の最後ではアウトライアー東峰、初登頂のレポートも掲載されています。未踏峰を登る魅力はなんでしょうか?。

萩原: やはり、誰も踏んだことのない頂上に足跡をつけるということです。この頂に立ったのは私たちだけなんだと、とても感動したのを覚えています。

アウトライアー東峰の頂上に立つ萩原さん

 

涸フェス: 未踏峰や未踏ルートの登攀も重要ですが、最近は、どれだけ美しく、挑戦的なライン(ルート)を描いて登ったかもクライマーの評価として大事な要素となっているようですね。

萩原: 昔は標高の高さが山の価値を決める大きな要素となっていましたが、今は違います。困難で美しいラインを、酸素や補助ロープなどの助けを使わず、いかにスマートなスタイルで登るかがクライミングの評価の基準となっています。逆にいうと、そうしたルートを探し出すセンスが現代の登山家には求められていると思います。

涸フェス: そんな登山家の尖った部分を取り上げているのが、雑誌『ROCK&SNOW』だと。

萩原: 最新号では、標高差1000mもの大岩壁をザイルをつけずにたったひとりで登り切ったフリーソロの第一人者、アレックス・オノルドの来日にあたって、その人となりをインタビューで紹介しています。また、近年、わずかずつですが人気の上がってきたワイドクラックを特集していますので、ぜひご覧ください。

■書籍紹介
ROCK&SNOW 080

2008年のムーンライト・バットレスを皮切りに、数々のフリーソロを成功させ、2017年夏には、エル・キャピタンでのフリーソロを成し遂げたアレックス・オノルド。初来日にあわせてロングインタビューを敢行。

販売価格: 1,333円+税

 

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萩原編集長の山塾 秒速! 山ごはん

NHKのテレビ番組「実践! にっぽん百名山」の解説者を5年にわたってつとめた萩原編集長が、豊富な経験をもとに、山ごはんとおつまみの達人げんさんとコラボし作りあげた最新・最速の山ごはん本。

販売価格: 1,400円+税

 

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■「にっぽん百名山スペシャル」番組紹介

●にっぽん百名山スペシャル「富士登山! 徹底ガイド」(再放送)
放送局: NHK BS 1
放送日時: 2018年8月5日(日) 15:00~15:50
      2018年8月12日(日) 8:00~8:50
出演: 工藤夕貴、藤巻亮太、萩原浩司(山と溪谷社)

●にっぽん百名山「山の日」スペシャル
放送局: NHK BS プレミアム
放送日時: 2018年8月11日(土)21:00〜22:30 
出演: 荻原次晴、鈴木ともこ、萩原浩司(山と溪谷社)

■ブログ「萩原編集長のヒマラヤ未踏峰挑戦記」
山と溪谷社オフィシャルサイトにて掲載中!
http://www.yamakei.co.jp/outlier7035/

 

プロフィール

萩原浩司(はぎわら・ひろし)

1960年栃木県生まれ。青山学院法学部・山岳部 卒。
大学卒業と同時に山と溪谷社に入社。『skier』副編集長などを経て、月刊誌『山と溪谷』、クライミング専門誌『ROCK&SNOW』編集長を務めた。
2013年、自身が隊長を務めた青山学院大学山岳部登山隊で、ネパール・ヒマラヤの未踏峰「アウトライアー(現地名:ジャナク・チュリ/標高7,090m)」東峰に初登頂。2010年より日本山岳会「山の日」制定プロジェクトの一員として「山の日」制定に尽力。
著書に『萩原編集長危機一髪! 今だから話せる遭難未遂と教訓』、『萩原編集長の山塾 写真で読む山の名著』、『萩原編集長の山塾 実践! 登山入門』など。共著に『日本のクラシックルート』『萩原編集長の山塾 秒速!山ごはん』などがある。

涸沢フェスティバル2018特集

日本の豊かな山岳環境を守り、次世代につなげるために、世代を超えて自然の素晴らしさを体験し、共有するイベント『カラサワフェス2018』。 深く山を知り、そして皆さんの登山技術のステップアップに役立つさまざまなプログラムを用意している同イベントの見どころを少しだけ紹介!

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