登山中でも自分の現在位置、方向を教えてくれる便利なGPS地図アプリ。その付き合い方を考えよう

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地図アプリのGPS・・・どう付き合う?

質問:先日、憧れの霧ヶ峰を歩いている時、深い霧の中を歩いていて、今、自分がどこにいるのかサッパリわからなくなりました。地形図とコンパスを慌てて出したものの、周囲の景色が見えないので現在地がわかりません。その時、友人がスマホを取り出し、地図アプリを見せて、こともなげに「今、ここだよ。 もうすぐ湿原にでるよ」と教えてくれました。
こんなに便利なGPS地図アプリ・・・。これがあれば地形図などは不要になってしまうのでしょうか?

 

自分のいる位置、方向を教えてくれる便利なGPSツール

登山者の必携品・地形図とコンパスと共に、最近、多くの登山者が使っているのがGPS機器。本格的なGPSを持っていなくても、最近はスマートフォン(以下、スマホ)の地図アプリを使っている人は非常に多いです。これらのデジタル機器は完全に登山の世界で必需品になったかのように見えます。

ご存じとは思いますが、GPSは頭上はるか彼方の複数の衛星からの電波を受け、その画面の中に自分のいる位置を、向いている方角も含めて正確に明示してくれる機器です。

かつては、米軍の軍事衛星のみが情報源だったため、その衛星の数が少なかったうえに、受信するGPS機器そのものの精度も低かったため、頭上に樹林があったり、悪天候だったりすると信頼性が下がるものでした。また、ゴルジュ(峡谷)のような上空が極端に狭い場所もダメだったなど(これは、今も少しある)、いろいろ制約がありました。

しかし最近では、誤差はほとんどありません。情報源となる衛星の数が増え、機械の精度が向上したことによりほぼ間違いなく現在地を教えてくれます。実際の現場で使うと、GPS機器に取り込まれている地形図や登山用地図の画面の上で、自分の位置をほぼ間違いなく教えてくれ、胸元に正しく持っていれば自分の向いている方角も知らせてくれます。

もちろん、「電池が切れたらダメ」「寒いと電池を一気に消耗する」などの欠点はありますが、正しく自分の位置を示す十分なツールです。また、高度や緯度経度などの情報も正確に示してくれるので、地形図上で位置を知るだけではなく、数値としても自分のいる場所を教えてくれます。

 

大切なのは「まず、山を見る」「山と向き合う」こと

それでは、もはや登山では、観光パンフレットとインターネット上の登山記録、そしてGPSだけあれば大丈夫なのでしょうか?  いや、大丈夫かどうかより――、現在の登山者はこのGPSでひたすらコースを外れていないことを確認し続けて行動しているように見えるのです。

GPSは単に自分のいる場所を正確に明示するだけでなく、辿る予定の場所やルートをあらかじめ入力しておけば、少なくとも画面上でルートを外れれば確認できるようになっています。もちろんカーナビのように「次の尾根を30度、右に向かいなさい」とまでは言ってくれませんが、目指す次の目標は画面の中に表示させることが可能なのです。

大変便利で、便利すぎる、昨今のGPSやスマホアプリですが、登山者はGPSの画面の中の位置関係だけで登山をするわけではありません。

目指す大きな山の中で、自分がどこの場所にいて何を目指して進んで行くのかは、まずは山全体を見渡して、そして、行く手を観察します。自分の向かう山の様子が・・・、例えば「緑が濃いなぁ」や「この先はガスってるなぁ。」や「尾根が痩せてるぞ」などを注視し、それを地形図の中で、山全体から改めて認識します。大切なことは「まず、山を見る」「山と向き合う」ことだと思います。

GPSを使いこなすのであれば、その日行われる登山全体を見渡して、その大きく広がる地図の中で、スマホの画面はその一部として、GPSは使う習慣を持つようにしたいです。

 

便利で確実な機械のはらんでいる問題

かつては、僕は登山から冒険としての要素を無くしてしまうGPSなどの機材は山中には持ち込まないようにしていました。しかし、ガイドとなった今は「間違うこと」が許されなくなり、手にとるようになりました。

2014年2月に大雪が降ったこの年は、晩春になっても奥秩父の谷筋には雪が大量に残っていました。そんな年の5月末に、奥秩父・和名倉山の最大の沢・和名倉沢を遡行。その時、サバイバル登山家の服部文祥が友人として同行したのですが・・・

沢も上部になると、その谷筋を固い雪が覆い、スノーブリッジさえ形成されている状態で、僕は谷からの脱出を決意しました。ここでGPSを取り出して確認したところ、枝沢を登り詰めれば、そう困難なく確実な尾根に出られることが判明しました。

ここからはGPSを胸元に持ち、確実で傾斜の緩い樹林帯に入り、無事に脱出に成功しました。そして荷物をデポして和名倉山に登頂し、下山したところ、服部さんから「GPSで現在地を確認したのでは、沢登りに来た意味がなくなる」との強い言葉を聞きました。

つまり、沢登りのように登山道のない、たくさんの枝沢も分かれ、確実な水流を遡行者自身も不安を感じながら辿っていくのが沢登りであり、間違いないのない、最も合理的なルートをカンニング的に知ってしまっては、登山の楽しみの自殺である、と考えたのです。

ガイドとなった自分と、サバイバル登山家との考え方の落差の大きさを改めて感じさせられました。つまり、ルート選択を間違えて、時としては「とんでもない場所」に行ってしまうのも登山ではないか。絶対に間違わない、それなら山なんか来なくたっていいだろう・・・と。

便利で確実な機械と、創造力や自分の経験の蓄積で困難を切り開く「冒険」としての登山との付き合いは、こんな問題もはらんでいる事を知ってください。

プロフィール

山田 哲哉

1954年東京都生まれ。小学5年より、奥多摩、大菩薩、奥秩父を中心に、登山を続け、専業の山岳ガイドとして活動。現在は山岳ガイド「風の谷」主宰。海外登山の経験も豊富。 著書に『奥多摩、山、谷、峠そして人』『縦走登山』(山と溪谷社)、『山は真剣勝負』(東京新聞出版局)など多数。
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