標高3700m超、富士山頂・扇屋で20年目の山頂生活となる写真家・小岩井大輔さんに聞いた、富士山での山小屋生活

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日本一高い山、富士山。夏の2ヶ月間、世界中から登山者が押し寄せ、“山頂ご来光”のために、夜中も登る人が大勢いる。長年、山頂の山小屋で働く、写真家の小岩井大輔さんに、富士山頂の山小屋で働く苦労とその魅力を聞いた。

 

各地の山域にはいろいろな山小屋があるが、特殊な形態となっているのが富士山の山小屋だろう。ルーツは江戸時代の富士講で、登拝する信者を泊め、登らせるための小屋だった。今では、日本一の山、日本を象徴する山に登ろうと、夏の2ヶ月間、日本中、世界中から、観光半分の登山者が押し寄せる。

さらに他の山域に見られないこととして、富士山では「山頂ご来光」のために、深夜から未明にかけても登山者が動いている。

そんな富士山の、須走口・吉田口の頂上にある扇屋という山小屋で、19年にわたって住み込みで働きながら、写真を撮り続けているのが、小岩井大輔さんだ。 「ヤマケイオンライン」の「富士山ナビ」で、夏の間、富士山頂からほぼ毎日、山の様子を送り、「山頂日記」を記している。

今年20年目を迎える富士山頂での山小屋生活を前に、小岩井大輔さんに仕事の苦労や、富士山で山小屋生活をする魅力を伺った。

 

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―― 富士山で働くことになったきっかけはなんですか?

僕の場合は、風景写真を撮っている中で、日本一の富士山を題材にするようになり、富士山を外から撮るのではなく、山に入って、山を感じながら撮れないかと思うようになりました。

扇屋の社長にそのことを申し出たら、従業員として働く代わりに住まわせてもらえることになりました。山小屋で働きながら、機会を見つけては、山頂でしか撮れない絶景をテーマに撮る、そういう機会をもらったのが扇屋で働くことになったきっかけです。

小岩井さんの山頂絶景の中でも特徴的なのが「吊るし雲」。山頂からはこのように見える


以前は間口の狭い小屋で、宿泊と売店を行っていたのですが、2016年から隣にあった東京屋さんのスペースも扇屋で運営することになり、現在は食事の提供と売店営業のみの業態となっています。

 

―― 従業員さんは何人くらいで運営しているのでしょうか?

だいたい15、6人が必要です。実は今年はまだ9人しか集まっていなくて、募集中です。期間は、例年6月下旬から7月初旬に入山し、9月10日くらいまでの約2ヶ月間、の営業です。富士山なので、アルプスとか八ヶ岳の山小屋に比べたら期間はうんと短いです。

仕事は、大きく売店、調理、配膳に担当を分けています。僕は売店担当です。

富士山のお土産を販売しています。登頂日を刻印するようなキーホルダーなどがあるので、その対応があるのが、富士山独特なところでしょうか。写真家として、自分のポストカード販売もしているので、サインを求められたりすることもあります。

縁台に立ってお土産物を販売。繁忙のピークは朝の5時ごろ

 

―― 富士山独特といえば、金剛杖への焼印ですよね。

富士山の金剛杖なんですが、山頂では、持ち込みの金剛杖に焼印ができるのは浅間大社奥宮と久須志神社さんのみとなっているので、扇屋での焼印は行っていないんですよ。

ただ、新たに売る杖については焼印を押して売ることができるので、その場合の焼印は、お客さんの来ない時間に、まとめて押しておきます。

金剛杖に焼印を押す

 

―― 日々、どんなスケジュールなのでしょうか?

一日の流れは、午前2時半頃起床。準備をして3時半に小屋を明け、売店業をスタートします。山頂でご来光を迎え、登山者が小屋付近を大勢行き交う午前5時ごろが最大のピークです。

この前後に、食パンなど軽食を食べて過ごします。

7時にはひと段落して従業員の朝食です。また、月曜から土曜までは、毎日ブルドーザーでの荷上げがあるので、10時頃、ブルドーザーが着いて荷降ろしをします。

ブルドーザーによる荷上げは、平日はほぼ毎日行われている


お昼前からは、登山者の外来昼食の対応、売店対応を行いながら、12時頃に交代で従業員の昼食になります。そして、16時頃、小屋を締めて閉店となります。17時に従業員の夕食、以降19時までは自由時間となって、だいたい19時には消灯・就寝となり、また翌朝未明から働きます。

山小屋の運営といっても、お客さんの宿泊をしないのと、ご来光の時間がピークということで、かなり特殊な時間の流れです。

 

―― 従業員の部屋とか寝泊まりはどのようにしていますか?

従業員部屋は、小屋の奥にロフト的なスペースがあり、ふとんを敷いて寝ています。女性スタッフは、別の場所にベッドスペースがあります。だいたい自分のスペースはふとん一枚分で、不要なものは広げず、整理整頓して過ごすのが基本です。

水が貴重な富士山では、従業員のお風呂も、7日に一度くらいになります。夏とはいっても最低気温が0℃から高くて5、6℃、日中もそれほど気温が上がらないので、大丈夫なのです。

また、食事についても問題ないです。生ものが少ないくらいで。毎日ブルドーザーが上がってくるので、必要なものは上がってきます。

数日に一度の従業員風呂でさっぱり

 

―― お休みとかはどうですか

富士山は短期集中なので、期間中は、冠婚葬祭などの特別な場合を除いて、基本的には下山しないで、休みは山上で過ごします。

台風や暴風雨のときは、小屋に板を打って「休業」することがあるのも、特殊ですね。台風の休業のときは、暗い部屋の中で過ごしますが、こういう日にはずっと寝ていて、体を休めています。山頂は空気が薄いので、普段からの疲れがたまっていて、一日中、寝ていられます。

台風の日は戸を閉めきって、お土産物の準備を行う

 

―― 山小屋の仕事はたいへんですか?

未明からから夜までという生活時間が、まず、普通の生活と違うところ。そして、富士山頂という空気が薄い場所、山小屋という限られた条件の中での集団生活、不便は多いですし、たいへんなことはたくさんあります。

ただ、僕自身は、富士山で撮影がしたくて、住み込みで働かせてもらったのがスタートで、ここで働かせてもらいながら撮影できたことで、写真家として確立できたというのがあります。19年にして初めて撮ったという写真もあります。

僕にとっては、富士山の山頂に住んで、富士山を感じながら撮影ができる、というのが、最優先。アルバイトとしての日給や条件を求めたり、ほかと比べたりしたのではないので、たいへんなことだとは思っていません。

月光による影富士と吊るし雲。19年目で初めて撮れた一枚

 

―― ほかに大変なこと、苦労していることはありますか?

富士山ならではなのですが、登山の常識のない人が来る、ということ。人が大勢いるからか、山小屋がたくさんあるからか、街と同じような感覚で、山小屋をコンビニのように思っている人が増えました。こういう登山者たちの対応にとても苦労しています。

それから年々、外国人の登山者が増えていて「ゴミを捨てない」「火を起こしてはいけない」など、日本の登山者なら常識、というマナーが通じません。

トイレで焚き火をして暖を取っていた事件や、寒さを凌ぐために廃業した小屋の建物に不法侵入してしまう問題など、頻繁に起こってきています。

せっかく富士山に登ってきたので、こちらとしても咎めたり、注意したりしたくはないのですが、そうせざるを得ないのが辛いです。

外国人登山者が増えたことによる非常識行為やトラブルが頻発している


それから、こんどは内部のことですが、従業員にしても、常識が通じない人がたまにいます。何人かは、あいさつできない人、接客できない人が働きに来るので、できるまで、何度でも言って教えてます。

売店や食堂ではお金を預かりますが、レジがあるわけではないので、暗算で計算してお釣りを渡します。お客さんが押し寄せるような時間帯、お客さんもこちらも疲れている時などに、お客さんとトラブルにならないよう、お金の受け渡しは金額を声に出すことなど、できるまで何度も言います。

扇屋内部の様子

 

―― 従業員同士でも問題が起こる?

仕事のやり方、性格など、合う/合わないが必ずあって、衝突が起こります。これが、普通の仕事だと、通勤して、家に帰って寝てリセットできるのですが、四六時中、山頂の山小屋にいて、顔を合わせているとなると、イライラが募っていき、爆発することになってしまいます。僕は、従業員歴が長くなったので、若いスタッフの調整役、不満の聞き役をしています。

自分自身の気分転換は、山頂での散歩だったり、写真撮影だったり。そういう時間に、なるべく何も考えないようにしています。

あとは「非常に濃い時間ではあるが、2ヶ月で終わる」という関係でもあるので、頑張れる、というのもありますね。

富士山の絶景はご来光だけではない。火口と星空の絶景


特に注意しているのは、お客さんに対して、横柄な態度と受け取れるような態度をとってしまわないようにすること。

「本当にタイミングが悪い」という時もあるのですが、お客さんにとっては、たった一度、ほんのひとときの山頂での時間かもしれないので、富士山が嫌な思い出にならないよう、気を配っています。

それでも、天気が悪いとか、お客さんが疲れている時とかに、従業員も疲れている、不満を抱えているなどの悪い瞬間が重なったことで、トラブルになってしまうことがありました。

山頂、扇屋でのひとときの体験が、「富士山の山小屋でひどい思いをした」と残らないよう、言葉遣いなどには気を使っています。

雨の日は登山者も辛い。富士山の思い出が少しでもよいものになるように配慮

 

―― 富士山の山小屋で働く、良いところを教えてください。

山小屋生活以外の期間、街での生活で富士山が見えた時、あの遥かに高い山頂で、2ヶ月の山小屋生活が送れる、と考えたら、どれほど貴重な体験ができているかを感じます。それが、翌年また入山する理由です。

最初は、富士山頂の、他では見られない景色と出会い、撮れる、というところから従業員生活をスタートしたのですが、次第に、登山者の方々との出会いも、貴重な体験と動機になってきました。「山頂日記見てるよ」と言って、毎年登って来て、声をかけてくださる方もいます。

毎年訪ねてくれる人、富士山への思いを語る人、有名・無名を問わず、登山者との出会いが宝もの


日本中から、今では、日本だけでなく世界中から、いろんな深い思いを持って、日本一の富士山に登ってきて、ご来光の見える日も、見えない日も、同じ日に同じ空間を共有している…、その登山者さんとの出会いも、富士山からもらっている宝物だと感じられること、これが僕が富士山頂で働き続ける理由でしょうか。

 

―― 最後に登山者の方にメッセージを

今年も富士山シーズンが始まります。ぜひ富士山に登りにきてください。そして、ぜひ山頂扇屋に来て、声をかけていただけたらと思います。

もちろん、一緒に働いてくれる仲間も募集しています!

プロフィール

小岩井 大輔(こいわい だいすけ)

1973年生まれ。埼玉県在住。写真家。20歳のときに富士山の夜明けに魅せられて写真をはじめる。麓からの優美な山容、頂上からの神秘的な富士山の風景を撮影。
⇒Mt.Fuji3776m―神々の世界―

「山小屋で働く」ということ

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