山のそばで暮らしたい。イラストレーター・鈴木みきさんに移住について聞いてみた

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山ガールブームをけん引した鈴木みきさん。最新刊は登山……ではなく、移住の本。いつか山のそばで暮らしたい、そんな登山者は必読の一冊だ。山梨県北杜市で8年、現在は札幌に住んでいる鈴木さんに、移住のきっかけや、登山者の移住について聞いた。

「移住」といえば、定年後の第二の人生として…あるいはコンクリートジャングルに疲れて大自然で癒されに…というようなのんびりした田舎暮らしのイメージで語られることがかつては多かったが、近年はそれだけではないようだ。

より自分に合った暮らしのため、地方活性化に携わるため……理由は人それぞれだが、スローライフを求めるだけではなく、幅広い世代で、都会から地方への移住について関心が高まっている。

ネット環境さえあれば仕事ができたりと、働き方が変わってきたことや、働き方そのものへの価値観が変わってきたことも大きいだろう。

都会から地方への移住者の数は把握しにくく、数字の上では東京一極集中に変化はない。一方で、地方移住を希望する人の数は増えているようで、移住相談センターへの相談件数は年々増加し、各自治体による移住促進セミナーや、移住をテーマにした雑誌や書籍も多くなった。

イラストレーターの鈴木みきさんは、山に関するコミックエッセイの著書のほか、雑誌への寄稿や、登山ツアーの引率などでも活躍。38歳の時に東京から山梨県北杜市に拠点を移し、8年間暮らした後、現在は札幌に在住されている。

そんな鈴木さんの近著『中年女子、ひとりで移住してみました』(平凡社)は、登山……ではなく、移住がテーマ。北杜市での経験をもとに、無理をしない移住の考え方や役立つ情報を紹介する。

都会で暮らす山が好きな人なら、一度は山のそばで暮らしてみたい、と思ったことがあるはず。そうでない人でも、鈴木さんの「好きなところに住む」という生き方、考え方は、これからの暮らし方のヒントになるだろう。

 

山のそばで暮らしたい

「山と出会ったことが、移住にも繋がっています」と話す鈴木さんは、東京生まれの東京育ち。24歳のときにカナダで山に出会い、帰国後も山の近くで暮らしたいという思いで、まずはリゾートバイトへ。

「そのうち、もっと山にいたいと思って、山小屋で働き始めて、夏は山小屋、冬はスキー場、という生活になりました。そうすると、東京、北アルプス、冬はその年によって福島、長野、北海道と、1年のうちに何回も引っ越しをしていたんですよね」

「30歳を超えたぐらいに、そろそろ季節労働は体もきついし、どこか山のそばで落ち着いて、もっとイラストレーターの仕事をちゃんと始めていきたいなと思いました」

そうしてバイトを辞めた後、イラストレーターとしての基盤を固めるべく東京で活動をし、初めて出した本が『悩んだときは山に行け!女子のための登山入門』(平凡社)だ。

「本を出せて、やりきった感という訳ではないですが、もういいかな、イラストレーターになったぞ、と。ゴールでもないですけど、スタートだとも思っていなくて…でも、今までやってきた集大成を見せられた、じゃあ、もう、かねてからの希望だった山のそばで暮らそうかな、と思ったのですが…」

ところがその当時、2009年は山ガールブームが到来し、大いに盛り上がった時期。鈴木さんも仕事で忙殺されるようになり、移住計画は1年温存されることになった。

そうして1年後、鈴木さんが38歳で移住したのは、山梨県北杜市。山梨県の北西部、長野県との県境にあり、北は八ヶ岳、西は甲斐駒ヶ岳、東には金峰山を擁する、まさに山に囲まれた場所だ。

山のそばに住むと、登山には行かなくなる?

さて、山の近くに移り住んだ鈴木さんだが、登山三昧の日々を送れたのだろうか。

「それがあまり行かなくなりました(笑)。とりあえず八ヶ岳には行かなくなりましたね。行くときは、遠くの山に“よし、行くぞ!”という感じです。東京で北アルプスに行くとしたら、“8月のこの日程で、切符をとって…”と計画から始まると思いますが、玄関を開けたらすぐそこに山があるので、いつでも行けるなぁと思うと、のびのびになっちゃうんですよね」

「めんどくさい、とかではなく、見ているだけで満たされている部分もあります。周囲の山が午後からふらっと行けるような山ではなかったというのもありますが」

例えるならば、近所のレストランには意外と行かない感じ、だそう。なるほど…わかる気がする。住んでいる場所が毎日でも裏山に行けるような里山だったら、また事情が違いそうだ。

「地元の人が登らないというのも、わかります。特別な物じゃないから、レジャーの対象じゃなくなる。あって当たり前。今思うと、それは幸せなことだったと思います。毎日、甲斐駒を見てたなんて、幸せだったなぁ、と」

山の景色がある生活、とはそれだけで羨ましい。都会で毎日オフィスワークをしている人なら共感できるのではないだろうか。

「オフィスに窓はありますか? 景色が見えるだけで、すっきりしません? その景色に山があったら、あー、山だなー、いいなーって思いますよね」

オフィスの外に山並みが広がっていたら? …いいだろうなぁ。

『中年女子、ひとりで移住してみました』より

 

「移住」=「永住」「田舎暮らし」?

移住は生活に大きな変化を与えるものだ。生活の場所が変わる。同時に仕事も変える人が多いだろう。

移住、なんだか大変そう…?

しかし、鈴木さんは「移住」という言葉には違和感があるという。

「“移住”って、自給自足で田舎暮らし、のイメージがあるじゃないですか。私は全然それには興味がなくて…植物とか育てられないんですよ。のんびり田舎暮らしがしたい訳ではなくて、山が見える場所でイラストレーターの仕事がしたかった」

「“引っ越し”と同じなんです。進学や就職のために引っ越す。私は山のそばに行きたいから引っ越す。同じような感じです。全国的に考えると、都会の方が絶対的に少ないのに、“田舎暮らし”と言うのも、都会的な感覚なのかな」

自分が気持ちよく過ごせる場所で暮らす。まずは、そのことを中心に考えればいいのかもしれない。

「移住」がもっと当たり前の選択肢になればいい、と話す鈴木さんは、実際に、山梨で8年暮らした後、現在は札幌に住まいを移している。

「今まで各地を点々としていたので、山梨には8年も住んだら満足して…引っ越す1年くらい前から、そろそろ違うところもいいかな、と思っていたところに、大家さんの事情もあって、タイミングも良かったので、じゃあ引っ越そう、と」

札幌から東京に来ることも多いが、飛行機を使えば山梨よりも近い感覚だそう。格安航空券があるので、コストもそこまでかからない。

「札幌にした理由は、ひとつは一度住んでみたかったからです。山梨は雪が降らないんですけど、ずっとスキー場で働いていたので、雪が恋しくなってきちゃって…雪が降るところがいいなぁと。滑るのも復活させたい。あと、家賃が安いところですね。今さら6万、7万円も払えないですから(笑)」

 

移住のコツは「自分が好きなもの」と「自分の基準」を知ること

山のそばで暮らしたい、というのは、登山好きなら誰でも共感できる、とてもシンプルな移住の理由だ。そして、山の経験は、田舎暮らしには役に立つらしい。

「うちの母は都会っ子なんですけど、遊びに来ると夜が暗すぎるって怖がっていました。あと寒い、とか。私は暗いのは山で慣れていますし、寒いのも防寒着はたくさん持っているので、なんとかなりました」

「田舎暮らしがアウトドアみたいな部分はあるので、登山やキャンプなど、自然で遊んでいる人は、境目がなくなってくるかもしれないですね。あとは、私は山小屋で働いた経験があってよかったなと思いました。すぐになんでも買いに行ける環境ではないので、あるものでなんとかする、とかそういうところは似ています」

『中年女子、ひとりで移住してみました』より

 

最後に、移住を考えている山好き読者へのアドバイスをうかがった。

「誰でも自分が好きな山の雰囲気があると思うんですよね。槍ヶ岳が好きとか、東北の森深い山が好きとか。その好みに合った風景が見える場所が、一番いいんじゃないかと思います」

ほかにも、仕事、家、街へのアクセス……考えるポイントはたくさんある。大切なのは、自分なりの基準を持つことだという。

「山に親しんでいるみなさんならどこでも大丈夫だと思いますけど、あんまり山奥にこもると、生活面では大変です」 

「自分がどれくらいの不便なら我慢ができるのか、ここは譲れない、とか、一度書き出したりして整理してみるといいと思います。自分の基準をわかっていた方が、住む場所を絞りやすいです。基準があれば、揺らがないですし、無理がないです。無理をしないことは大事です。生活に追われて仕事がままならない…なんていうことがないように。好きな山の風景と、不便・便利の自分の尺度がわかっていること。それが大切ではないかな」

 


取材・文=編集部 写真=逢坂聡

 

『中年女子、ひとりで移住してみました』(平凡社刊)

山梨県北杜市で8年間暮らした経験をもとに、中年独身女性をが移住するための仕事、家探し、田舎暮らしのコツをマンガでわかりやすく紹介する。必要な情報も豊富で、無理をしない移住という考え方も参考になる。

著者:鈴木みき
発売日:2019年11月11日
価格:本体価格1,300円(税別)
体裁:四六判160ページ
ISBNコード:9784582838176

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プロフィール

鈴木みき

1972年東京生まれ。イラストレーター・漫画家。24歳のころのカナダ旅行をきっかけに山の魅力にハマる。山雑誌の読者モデル、スキー場、山小屋バイトを経て、イラストレーターに。登山を初心者にも分かりやすく紹介する著作を多数発表。女性一人でも参加しやすい登山ツアー「山っていいとも!」(アルパインツアーサービス主催)を企画、同行している。38歳のときに東京から生活拠点を山梨県北杜市に移し、8年間暮らす。現在は札幌市在住。

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