二つ玉低気圧のリスクVol.4 二つ玉低気圧や爆弾低気圧を予想するのに鍵となる高層天気図の読み方

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3回にわたって紹介してきた「二つ玉低気圧のリスク」。最終回では最近の事例を見ながら、爆弾低気圧の発生の予想について解説。平地と山の天気が違うことを理解し、「高層天気図」の知識について説明する。

 

ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。連載第3回までは「二つ玉低気圧」による典型的な遭難事例であり、京都府立大学山岳部の3名の方が亡くなった2009年4月26日の北アルプス鳴沢岳遭難事故を事例として、「二つ玉低気圧」によってどんなことが起きるかについて解説していきました。

★登山者が警戒すべき二つ玉低気圧のリスクVol.1Vol.2Vol.3

連載の最終回として今回は「二つ玉低気圧」や「爆弾低気圧(急速に発達する低気圧)」をどのように予想するか、ということを今年(2020年)の3月19日(木)から20日(金)にかけて通過した二つ玉低気圧を最近の事例として取り上げて解説いたします。

3月19日(木) 18時の地上天気図 (出典:気象庁)。二つ玉低気圧が発生している


単独の日本海低気圧や南岸低気圧でも爆弾低気圧になることはありますが、日本海低気圧と南岸低気圧が同時に発生する時には上空の気圧の谷が深くなっている(低気圧発達のための条件の一つ)ため、二つ玉低気圧は爆弾低気圧になることが多いのです。

 

3月19日から20日に通過した二つ玉低気圧を天気図で振り返る

まず、この「二つ玉低気圧」がどのように発達して日本付近を通過して行ったかを、気象庁の地上天気図で振り返ってみましょう。

下の天気図を確認すると、18日18時に中国東北区と東シナ海にあった低気圧が、19日18時には発達しながらそれぞれ日本海北部と西日本南岸に進んでいるのがわかります。日本付近の等圧線の間隔は非常に狭くなり、北日本から西日本の日本海側を中心に全国的に風が強まっています。

2020年3月18日18時、19日18時、20日9時の天気図の様子(出典:気象庁)


2つの低気圧や前線に向かって南から暖かく湿った空気が入ったため、19日は全国的に気温が高くなり、多雪地帯では雪崩注意報や融雪注意報が出ていました。

20日9時には低気圧は更に発達しながら東に進み、日本付近は「西高東低」の冬型気圧配置となって、東北の太平洋側を中心に北日本から西日本で強風が吹いています。そして21日(土)は二つ玉低気圧が一つに合体し、オホーツク海で中心気圧966hPaと台風並みに発達しています。

2020年3月21日 9時の地上天気図 (出典:気象庁)。低気圧は合体して中心気圧966hPaに発達


地上天気図を見る限りでは、21日の中部山岳付近は等圧線の間隔が広がってきて強風が収まってきているように見えますが、ここが「平地とは違う山の天気」の恐いところなのです。下図は21日9時の700hPa(上空約3000m)実況天気図ですが、拡大して見ると、石川県輪島で25m/s(50ノット)、茨城県つくば市の館野で27.5m/s(55ノット)の強風となっていました。

2020年3月21日9時、700hPa(上空約3000m)実況天気図。石川県輪島で25m/s(50ノット)など、上空は強風だったことが確認できる


実際、インターネットで登山記録を検索すると、山岳での風は地形の影響を受けるため風が弱かった山もありますが、乗鞍岳、蓼科山、安達太良山などでは実際にかなりの強風だったようです。

★2020年3月21日(土)、強風にさらされた中央アルプス・将棊頭山の記録

 

どの時点でこの二つ玉低気圧を予想できたのか

では、この二つ玉低気圧は一体どの時点で予測できたのでしょうか。私のコラム記事の第1回目では週間天気予報の活用についてお話ししましたが、その週間天気予報の基になっている気象庁の週間予報資料は、

などの専門天気図のWebサイトで、誰でも無料で閲覧できます。

週間予報資料の中で比較的分かりやすいのは、略称「FEFE19」と呼ばれている地上天気図です。前夜21時の気象観測データに基づいて数値計算された結果が、FEFE19として毎朝9時20分頃に公開されていて、上記のWebサイトでも閲覧できます。

高層天気図を使った他の週間予報資料は毎朝6時前には公開されているのに、FEFE19だけ公開が遅いのは、単にスーパーコンピュータが計算した天気図をそのまま発表するのではなく、気象庁の人が気象状況を判断して天気図に多少の修正を加えているためです。

FEFE19の見方は、等圧線に関しては普通の地上天気図と同じです。ただし気圧の値が書かれていませんので、低気圧や台風が発達するかどうかは等圧線の間隔で判断します。低気圧と台風の中心の位置は同じ「L」のマーク、高気圧は「H」で示されています。ハッチング部は、前24時間で合計5mm以上の降水が予想されているエリアです。

週間予報資料FEFE19 (出典:気象庁) 。各予想図の時刻は全て21時


私は週間予報資料の全てを毎日チェックしていますが、今回の二つ玉低気圧が爆弾低気圧となって発達する予想になったのは3月15日の週間予報資料からで、この前日までは低気圧はそれほど発達しない予想でした。この時点で私は、Twitterブログで情報発信を開始しています。 このように週間予報の天気図は日々変わっていきます。

上記の15日の週間予報資料をご覧いただきますと分かるように、20日夜(下段左の天気図)には低気圧が千島付近でかなり発達する予想になっています。その前日の19日(上段の右)は、沿海州に低気圧が予想されていますが、南岸には 降水が予想されているものの低気圧は書かれていません。

通常の地上天気図と違って低気圧の予報が不確実な場合は、このように予報資料に書かれないことがありますので、FEFE19を見る時に注意が必要な点です。

しかし、よく見ると本州南岸は大陸の高気圧と東海上の高気圧との間の気圧の谷になっていますので、南岸にも低気圧が発生する可能性があることは予想できます。

 

誰が見ても分かる19日と20日はともかく、21日の強風は予想できたのか?

FEFE19の地上天気図では、21日の中部山岳付近では等圧線の間隔が広くなっていて、風が弱まると考えるのが普通です。しかし、実際には山岳では21日にも強風が吹いています。

では21日の強風は週間予報資料だけで予想できたのでしょうか。その答えは「YES」です。二つ玉低気圧の連載記事の第2回目で、700hPa天気図(上空約3000m)は地上天気図よりも500hPa天気図(上空約5500m)に近いというお話しをしました。この500hPa天気図は「FXXN519」と呼ばれる週間予報支援図にあります(名称は覚えなくてもいいです)。

週間予報支援図FXXN (出典:気象庁)。赤線で囲まれた部分に注目


この資料の中央に17日から22日の500hPa高度と850hPa気温の予想図があります。500hPa高度の推移を見ますと、18日に本州付近でいったんゆるんだ等高度線の間隔が、19日から21日にかけて本州付近がよく見えなくなるほど等高度線の間隔が狭くなっています。

地上天気図の等圧線の間隔と全く同じで、高層天気図では等高度線の間隔が狭いほど強い風が吹きます。つまり、15日朝の時点で21日までの山岳での強風は予想できていたことになります。

このように、地上では風が弱くても山岳では強風になることがしばしば発生していて、遭難事故の主要因の一つとなっています。「平地とは違う山の天気」の恐さの一端が垣間見えると思います。そして、地上ではなく「高所の世界」である山岳に登る以上は、高層天気図が遭難事故を防ぐために必要なスキル(技術)であることをご理解いただけますと誠に幸いです。

 

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プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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