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二つ玉低気圧のリスクVol.2 平地とは違う山の天気の立体構造を総合的に判断する

山岳防災気象予報士・大矢康裕が教える山の天気のイロハ
基礎知識 2020年04月03日

前回に引き続き、登山においては特に警戒する必要がある「二つ玉低気圧」について解説。今回は立体構造を総合的に判断するために、高層天気図による解析を行う。


ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。前回のコラム記事は登山では最大級の警戒を要する「二つ玉低気圧」による遭難事例として、2009年4月に発生した北アルプス鳴沢岳遭難事故について取り上げ、その時の気象状況について解説しました。今回は更に解析を進めていきましょう。

★前回記事:登山者が警戒すべき二つ玉低気圧のリスクVol.1 2009年4月の鳴沢岳遭難事故の教訓

「平地とは違う山の天気」は地上天気図だけで捉えることが難しく、中部山岳3000m稜線では、その高度に相当する700hPa天気図と、その上下の天気図を見て、立体構造を総合的に判断することが必要となります。

言うなれば中部山岳3000mの雪山を登る以上は、高層天気図は避けて通れないものとして、日頃から親しんでおくことが雪山で遭難に遭わないための第一歩となる思います。かくいう私自身も、昔は高層天気図を見るのも嫌でしたが、分かってくると非常に役立つものであると実感しています。

 

事故当日の朝の地上天気図から分かること/分からないこと

では、鳴沢岳遭難事故発生時の朝9時の地上天気図を見てみましょう。二つ玉低気圧の間の弱風エリアが北アルプスから離れつつあり、風が強まってくることは地上天気図の見方を知っている方なら容易に想像することができます(下地上天気図参照)。

しかし、この2つの低気圧のどちらが発達するのかは、地上天気図だけでは予測することは困難です。ちなみに、通常は二つ玉低気圧のうち、どちらか1つの低気圧が主体となって発達します。どちらの低気圧が発達するのかによって、悪天となるタイミングやエリアが変わってくるため、それを知ることは非常に重要です。そこで高層天気図の出番となります。

2009年4月26日9時の地上天気図(気象庁)

 

高層天気図で見る低気圧の立体構造

次に、同じ時刻の高層天気図、500hPa天気図(図1)と700hPa天気図(図2)を以下に添付いたします。高層天気図と地上天気図と大きく違うのは、等圧線の代わりに「等高度線」が書かれていることです。しかし、見方は全く同じで、高層天気図でも高度が低い所は気圧が低く、高度が高い所は気圧が高くなります。

地上天気図とは見た目にはイメージがずいぶん違いますが、中部山岳3000m稜線に相当する700hPa天気図(高度約3000m)は、地上天気図よりも500hPa天気図(高度約5500m)と非常によく似ていることが分かると思います。地上天気図では等圧線の間隔が緩んでいても、700hPa天気図では等圧線の間隔が密集している(=強風が吹く)ことがよくあります。これが3000m級の山の気象状況を知るためには高層天気図を見ないといけない大きな理由です。

よく見ると、500hPa天気図の低気圧(L)は地上天気図の日本海低気圧のほんの少しだけ東にあって(図1)、700hPa天気図の低気圧(L)は日本海低気圧の真上にあることが分かります(図2)。

低気圧の発達のためには、「500hPaの低気圧(または気圧の谷)が地上低気圧の西にあること」が必要です。日本海低気圧はこの条件を満たしておらず、三陸沖の低気圧が正に低気圧発達の条件を満たしていることが分かります。そして、その通り、当日21時には日本海低気圧は不明瞭化し、三陸沖の低気圧が980hPaまで発達して大荒れの天気となりました(図3)。

図1:2009年4月26日9時の500hPa天気図(気象庁)

図2:2009年4月26日9時の700hPa天気図(気象庁)

図3:2009年4月26日21時の地上天気図(気象庁)

 

二つ玉低気圧付近の渦の断面図を見るとこうなる

次に2009年4月26日9時(図4)と21時(図5)の二つ玉低気圧の立体構造を、それぞれの地上低気圧の中心を通る北緯39度と41度の渦位の断面図を、以下に作成して解析してみました。

「渦位」というのはかなり専門的になりますが、気象庁が爆弾低気圧を解析する時によく用いるツールで、山岳遭難事故の解析で使ったのは恐らく今回の私が初めてと思います。

渦位とは、大気の安定度と渦の強さを掛け合わせたもので、大気の安定度が非常に高い成層圏では渦位は高くなり、我々が生活している対流圏(地上からおよそ上空1万メートルまで)では、渦が強い所で渦位が大きくなります。

図4:2009年4月26日9時の二つ玉低気圧周辺の立体構造(気象庁データに基づき大矢解析)

図5:2009年4月26日21時の二つ玉低気圧周辺の立体構造(気象庁データに基づき大矢解析)


上層の渦の位置が500hPa天気図の低気圧の位置に対応していて、下層の渦が地上の低気圧の位置に対応しています。9時の時点では日本海低気圧は「500hPaの低気圧(または気圧の谷)が地上低気圧の西にあること」という低気圧発達の条件を満たしておらず、三陸沖の低気圧は条件を満たしていることが立体的に分かります。

気象予報士試験でよく「低気圧の渦が上に行くほど西に傾いている」ことが低気圧発達の条件として出題されますが、この図で分かる通り、下層の渦と上層の渦はそれぞれ別々の渦であって、決して西に傾いて繋がっているものではありません。

そして、21時になると上層の渦と下層の渦の位置が一致して、下層の渦が強まっていることも分かります。このように上層の渦と下層の渦が互いに引き寄せ合ってカップリング(結合)する時に、地上の低気圧は発達のピークを迎えます。これが21時の地上天気図で、三陸沖の低気圧が980hPaまで発達した状況に対応しています。

 

現象を正しく理解することが山岳遭難防止に繋がる

上の図を見れば、21時の中部山岳3000mの標高に相当する700hPaの渦も9時に対して強まっていることが分かります。そして、更に鳴沢岳遭難事故ではそれ以外にも、山越え気流の影響によって北アルプス付近の風を強めたという特殊な気象状況があります。

学術的に山越え気流の研究はある程度はなされていますが、直接、遭難事故と結び付けてしっかりと解析した研究はまだ出てきていません。次回のコラム記事では、山越え気流によって鳴沢岳遭難事故時に何が起きたのかについて解説いたします。

このような研究によって、少しでも山岳遭難防止に繋げることができたらと願っております。なお、700hPa天気図の予想図は公開されていませんので、以前にご紹介しました「Windy」というアプリをご活用いただければ幸いです。(添付図は2020年3月1日時点の3月5日の発達する低気圧の700hPa予想図です)

2020年3月1日時点の3月5日の発達する低気圧の700hPa予想図

 

教えてくれた人

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、気象防災NPOウェザーフロンティア東海(WFT)山岳部会の一員として山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
現在、岐阜大学大学院工学研究科の研究生として山岳気象の解析手法の研究も行っている。

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

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