乙女の期待を裏切らない科学的な花占い マーガレット(キク科)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

社会活動も生活も大きく制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。『花は自分を誰ともくらべない』の著者であり、植物学者の稲垣栄洋さんが、身近な花の生きざまを紹介する連載。美しい姿の裏に隠された、花々のたくましい生きざまに勇気づけられます。

 

 マーガレットとは、いかにも乙女が心惹かれるような名前の花である。欧米では昔から女性の名前にもよく使われている。
 そういえば、「マーガレット」という名の少女雑誌もあった。マーガレットというかわいらしい花の名前は、「真珠」を意味する「マルガリーテス」に由来する。
 意外に思えるかも知れないが、マーガレットはアフリカ原産の植物である。マーガレットはアフリカ西海岸のカナリア諸島に自生していたが、フランスで園芸用に改良された。
 いずれにしても、マーガレットの花は乙女たちにふさわしい。

 何しろマーガレットの花言葉は、「心の中に秘めた恋」である。また、清楚なマーガレットの花は、結婚式のブーケにも用いられる。
「好き」「嫌い」「好き」「嫌い」……
 乙女たちが花びらを一枚一枚取っていく恋占いに用いられたのも、マーガレットの花である。

 しかし、恋占いを楽しむ純粋な乙女たちには、無粋な話かも知れないが、花びらの枚数は植物によって、決まっている。じつは、マーガレットの花びらの数は21枚なのである。
 21は奇数だから、「好き」から始めれば、必ず「好き」で終わることになる。
 花びらの恋占いは、「好き」から始めるから、マーガレットの恋占いは、乙女たちの夢を裏切らないのである。もしかすると、乙女たちは、それを承知でマーガレットを恋占いに選んだのかも知れない。

 もっとも、花びらの枚数は栄養条件によって変化することがあるから、たまに偶数になることもある。しかし、奇数であるはずの花びらが偶数になってしまっているのだから、その恋はよほど運がないのだろう。

マーガレット/スーさんさんの登山記録より

 

花とフィボナッチ数列 

 それにしても、21枚というのは、中途半端な枚数にも思える。
 じつは、植物の花びらの枚数は、フィボナッチ数列という数列に従っていることが知られている。
 フィボナッチ数列は映画「ダ・ヴィンチ・コード」で地下金庫を開く暗証番号として、用いられた数列としても知られている。その暗証番号は、「1235813」であった。
 この数字は、ある法則に従って作られたものである。

 この番号は「1、2、3、5、8、13」という六つの数字が並んだ数列になっている。そして、この数列は、「1、2、3、5、8、13、21、34……」と続いていく。
 この数字の並びには、どのような法則があるのだろうか。
 一見すると不規則に並んでいるように思える数字は、じつは、前の2つの数値を足した数が並んでいくという規則性がある。1+2=3、2+3=5、3+5=8、5+8=13 というように、次の数字が作られていくのだ。この数列が、フィボナッチ数列と呼ばれているものである。

 何ともひねくれた数列のように思われるが、不思議なことに、多くの植物の花びらの枚数は、この数列で作られる数字に従っている。
 たとえば、スミレやサクラの花びらは5枚である。また、コスモスは8枚である。
 そしてマリーゴールドは13枚である。そして、マーガレットは21枚なのである。
 ヒナギクは、花の大きさによって花びらの枚数が変化するが、それでも34枚、55枚、89枚とフィボナッチ数列に従っている。ヒマワリも花の大きさによって花びらの枚数が変化するが、89枚か144枚である。むやみに花びらがあるように思えても、ちゃんと数列の規則に従っているのである。

 しかし、フィボナッチ数列に従わないものもある。
 たとえば、アブラナは花びらが4枚である。あるいは花びらの枚数が、7枚、11枚、18枚の植物もある。これは、どういうことだろう。
 じつは、これらは別の数列に従っている。
 それはリュカ数列と呼ばれる数列である。
 リュカ数列は、フィボナッチ数列の前に2を入れる。つまり、始まりが「2、1……」となる。そうすると2+1=3、1+3=4、3+4=7、4+7=11、というように、例外に思えた植物も、しっかりと数列に従っているのである。
 自然の創造者は、偉大な数学者なのだろうか。
 自然というのは本当に不思議である。

(※本記事は『花は自分を誰ともくらべない』の抜粋です。)

ヤマケイ文庫『花は自分を誰ともくらべない』発売中

チューリップ、クロッカス、バラ、マーガレット、カンパニュラ、パンジー、マリーゴールド――花は、それぞれ輝ける場所で咲いている。身近な47の花のドラマチックな生きざまを、美しいイラストとともに紹介。
昆虫や鳥を呼び寄せ、厳しい環境に適応するために咲く花。人間の生活を豊かにし、ときに歴史を大きく動かしてきた花。それぞれの花が知恵と工夫で生き抜く姿を、愛あふれるまなざしで語る植物エッセイ。『身近な花の知られざる生態』(2015年、PHPエディターズ・グループ)を改題、加筆のうえ文庫化。


ヤマケイ文庫『花は自分を誰ともくらべない』
著者:稲垣栄洋
発売日:2020年4月3日
価格:本体価格850円(税別)
仕様:文庫判256ページ
ISBNコード:9784635048835
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819048830.html

amazonで購入 楽天で購入


【著者略歴】
稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

プロフィール

稲垣栄洋

1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

身近な花の物語、知恵と工夫で生き抜く姿

社会活動も生活も大きく制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。植物学者の稲垣栄洋さんが、身近な花の生きざまを紹介する連載。美しい姿の裏に隠された、花々のたくましい生きざまに勇気づけられます。

編集部おすすめ記事