夜の交友関係の意外なパートナー テッポウユリ(ユリ科)

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社会活動も生活も大きく制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。『花は自分を誰ともくらべない』の著者であり、植物学者の稲垣栄洋さんが、身近な花の生きざまを紹介する連載。美しい姿の裏に隠された、花々のたくましい生きざまに勇気づけられます。

 テッポウユリは「鉄砲百合」である。
 テッポウユリの名は、細長い花を鉄砲の筒にたとえてつけられた。
 どうして、テッポウユリは細長い花の形をしているのだろうか。よくよく考えてみると不思議である。じつは、この長い筒のような花の形には、テッポウユリなりの理由がある。

 テッポウユリはもともと九州から沖縄など南西諸島の海岸に自生している野生のユリである。そのユリを品種改良して園芸用のテッポウユリが作られたのだ。
 球根で増やす園芸用品種のテッポウユリは、球根で増やし続けられているうちに、種子をつける能力が低下してしまっている。そのため、テッポウユリが種子をつけることはあまりない。
 しかしテッポウユリももともとは種子で分布を広げていく。そのため、野生のテッポウユリは種子をつけて増える。ただし、種子をつけるためには、花を訪れた昆虫が花粉を運び、授粉しなければならない。

 植物は、花粉を運んでもらう昆虫を呼び寄せるために美しい花を咲かせる。多くの花が、花粉を運んでもらうパートナーとして花から花へと飛び交うハチやアブを選んでいる。
 それではテッポウユリは、どのような昆虫に花粉を運んでもらっているのだろうか。
 テッポウユリの花粉を運ぶのは、ハチやアブではない。じつは、テッポウユリは意外な昆虫に運んでもらっている。それは、夜に飛ぶガである。
 スズメガというガは、まるで鳥のスズメのように活発に飛び交うことから名付けられた。このスズメガが、テッポウユリの花粉の媒介者なのである。スズメガは、時速五十キロの高速飛行が可能なほど、飛翔能力が高い。そのため、スズメガに花粉をつけることができれば、遠くまで花粉を運んでもらうことができるのだ。

 しかし、植物にとってスズメガは、花粉を運ぶパートナーとしてはやっかいな存在である。何しろスズメガは、ホバリングして空中静止しながら、花に止まることなく長いストローのような口を伸ばして、蜜を吸うことができるのである。これは植物の花にとっては、都合が悪い。蜜だけ吸われて花に止まってもらえなければ、昆虫の身体に花粉をつけることができないのである。
 そこで、工夫されたのが、テッポウユリの花の形である。
 テッポウユリは長い筒のような花を咲かせて、花の一番奥深いところに蜜を隠した。そして、長い雄しべと雌しべを伸ばして、飛びながら蜜を吸うスズメガに花粉をつけられるようにしたのである。

 テッポウユリは夜に飛ぶスズメガに花粉を運ばせるために咲く「夜の花」である。確かに昼間も咲いて、ハチやアブもテッポウユリの花に潜り込んでいるようすを見かけるが、それはテッポウユリの真の姿ではない。
 テッポウユリは夜の花としての特徴を有している。
 たとえば、テッポウユリは美しい純白の色をしているが、これも闇の中を飛んでくるスズメガに花を目立たせているのである。また、テッポウユリは夕方になると強く香るようになる。こうして、甘い香りでスズメガを招いているのである。

キリスト教の神聖な花

 しかし、このスズメガを呼び寄せるための純白の色が、思わぬ人を引き寄せた。南西諸島原産のテッポウユリは、キリスト教の人々の間で、神聖な花とされているのである。キリスト教では、テッポウユリは「イースターリリー」と呼ばれている。
 キリスト教では純白のユリは「純潔」や「貞操」のシンボルとされている。キリスト教の春の行事に、日本語では「復活祭」とも呼ばれているイースターがある。このイースターにテッポウユリを飾るのである。

 それにしても、日本の島の海岸に生えているユリが、どうして、キリスト教の行事で重要な役割を果たしているのだろうか。
 テッポウユリは、江戸時代に日本を訪れていたドイツ人医師のシーボルトによってヨーロッパに紹介された。もともとイースターにはマドンナリリーという白いユリが飾られていた。ところが、白くて立派なテッポウユリが大流行をし、マドンナリリーに代わってテッポウユリがイースターに用いられるようになったのである。
 そして、明治になるとヨーロッパで改良されたテッポウユリが、日本に逆輸入で紹介されて、日本でも園芸種として栽培されるようになったのである。

 ところで最近では、道ばたや線路の脇にテッポウユリのようなユリが咲いている。これは実際にはテッポウユリではなく、テッポウユリの仲間でタカサゴユリという別の種類のユリである。
 野生のテッポウユリは沖縄など南西諸島に分布しているが、タカサゴユリはもともとは台湾に分布しているユリである。このタカサゴユリはテッポウユリから進化したと考えられているが、テッポウユリとは異なるずいぶん変わった特徴を持っている。
 テッポウユリは一つの花から百個程度の種子が作られるが、タカサゴユリはその十倍の千個もの花を咲かせる。中には種子を作ることに一生懸命すぎて、球根をほとんど太らせない株もある。こうしてたくさんの種子を作り、旺盛な繁殖力で、次々に増えていくのだ。

 しかも、テッポウユリは種子が芽を出してから、花を咲かせるまでに早くても三年程度を必要とするが、タカサゴユリは成長が早く、種子から一年以内に花を咲かせることができる。 ユリの中ではユニークな特徴で、道ばたや公園に雑草のように増えているのだ。
 テッポウユリから進化したタカサゴユリには、いったいどのような身の上があったのだろう。その美しさが愛されているユリの仲間の中で、唯一タカサゴユリだけは、どういうわけか、雑草として振る舞い、繁茂しているのである。

タカサゴユリ/釣り好きさんの登山記録より

(※本記事は『花は自分を誰ともくらべない』の抜粋です。)

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【著者略歴】
稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

プロフィール

稲垣栄洋

1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

身近な花の物語、知恵と工夫で生き抜く姿

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