見た目が「気持ち悪い」生物は、じつは理にかなった形をしている――アンコウ、ハゲタカ

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第2回は、「キモカワイイ」生き物の話。

キモカワイイの逆襲

アンコウ。この完璧な機能美を見よ!

 キモカワイイ、というのは、考えてみたら残酷な言葉である。「キモいと言われるよりいいでしょ?」を報酬として、いじられキャラの立ち位置を確保してはいるが、決して前置きなしの「カワイイ」には昇格できない。ただしキモカワ系がアイドルグループのセンターを取ったら、この言葉は撤回してもいい。まあ、ないと思うが。

 しかしまあ、言いたいことはわからなくはないのだ。世の中には「外見が整っているわけではないのだが愛すべき存在」というものがある。
 ダンゴウオなんてのはまさにこの類いで、見た目はほぼ『崖の上のポニョ』のポニョか『ドラゴン・クエスト』のスライムである。クサウオ、コンニャクウオになると「キモ」成分が強くなってくるが、愛嬌(あい きよう)はある。

 このキモカワ系の心理は生物学的にどう解釈していいのか全くわからないが、キモカワイイを通り越して完全に「キモい」系の動物もいろいろある。いちいちあげつらって読者を失いたくはないが、ヌタウナギの採餌シーンなんかは相当に気持ち悪い方だろう。

 だが、気持ち悪い系と言われる生物たちを、少し弁護しておこう。
 例えば、アンコウ。鍋に唐揚げにアン肝に、と舌を楽しませてくれる魚だが、見た目は到底、美しいとは言えない。はっきり言えばブサイクである。

 だが、あれは非常に理にかなった形をしている。まず、海底にへばりついて身を隠すための平べったい体。砂地と同化して餌となる生物に存在を気づかれないための、地味な色合い。上を通る餌を見逃さないために、上方に向いた目。
 そして、いかなる餌も決して逃さず飲み込むための巨大な口と鋭い歯、大きな胃袋。これを合理的に配置して設計したら、はい、アンコウになりました。

 彼らは別に見てくれで繁殖相手を選ぶわけではないので、美しさに投資する必要はない。
 生物は生き残ってなんぼなのである。第一、彼らの基準で美醜を決めるなら、むしろ「大きな口が素敵」「たぷたぷ腹こそ美人」となるであろう。

 アンコウを超えて、世界一ブサイクと言われている魚はニュウドウカジカだ。
 これも深海魚なのだが、写真を見ると、なんというか、「リアル人面魚」としか言いようがない。ぶよんとした肌色の皮膚、オバQのような唇、そしてお茶の水博士のような鼻まである。

 とはいえ、海中で撮影された映像を見ると、ちゃんと魚の姿をしている。
 この魚の体には筋肉が少なく、代わりにゼラチン質がたっぷり含まれている。水中でないと形を保てず、網にかかって引き揚げられるとぶにょんぶにょんのグニョングニョンになってしまうようだ。

 なんでそんな不思議なことになっているかというと、ゼラチン質は比重が水よりもわずかに小さく、何もしなくても、かすかに海底から体が浮くらしい。
 ニュウドウカジカはなるべく筋肉を使わずに海底付近を浮遊することでエネルギー消費を最小化しているとのこと。なお、ブサイクと言われつつも縫いぐるみが作られたりして、それなりにウケている魚ではある。

ハゲだから清潔に生きられるのだ

サバンナの太陽が照りつけるとどうなるか……

 鳥の中で気持ち悪いといえば、ハゲコウにハゲワシ、ハゲタカといった連中が筆頭だろう。
 鳥は羽毛に覆われているからこそ美しく、またかわいく見えているので、羽毛をむいてしまうとまさに鶏ガラ、やせ細った姿になる。そういうわけで、「ハゲ」系の鳥の顔はだいたい、美しくない。断っておくが、頭髪が薄い人間がどうだとかは一言も言っていない(私だってそろそろヤバい年なのだし)。

 彼らに共通するのは、大型動物の屍肉を漁る鳥だという点だ。
 自分より大きな死体から内臓や肉を引きちぎって食べる場合、どうしても死体の中に頭を突っ込んで食べなくてはいけない。羽毛が血まみれになった上、熱帯の日差しで乾いてしまったら、これはもう大変である。少々洗ったくらいでは落ちない。
 そうして血肉が付着した羽毛は雑菌が繁殖しやすい状態にある上、その間近に目、口といった感染経路になりやすい部位がある。

 そういった感染の例として、シャレにならない例を挙げておこう。
 1800年代の半ばまで外科医はロクに手や道具類の消毒もせず、どうかすると固まった血でバリバリのエプロンをつけたまま手術を行っていたというが、さぞ恐ろしい状況だったろう。

 実際、外科医が処置する場合と助産師が処置する場合とでは出産後の産褥熱(出産後の感染症の総称)による死亡率が全く違い、外科医が処置すると10倍ほど高かった、という統計まである。
 外科医は様々な病原体に接触するため、きちんと手洗いや殺菌を行わないと自分自身が感染源になってしまうからである。

 というわけで、ハゲタカやハゲワシはいっそ頭の羽毛をなくしてしまい、清潔を保ちやすくしていると考えられている。
 あれがモフモフで美しかったら即死なのだ(まあその前に血まみれでカピカピになっていると思うが)。

(本記事は『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』からの抜粋です)

 

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』
著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

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