【アイヌと神々の物語】いじめられている子を助けたヘビはどうなったか?

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アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第2回は、子どもと遊んだ神の話です。

 

 

子どもと遊んだ神

私は、広い広い砂利(じゃり)原の中ほどを守るために天国から降ろされている、ヘビの神でありました。私が守っている砂利原は広いので、近くにあるアイヌのコタン(村)から毎日のように大勢の子どもたちが遊びに来ます。

大勢来る子どもたちに交じって、身形(みなり)の貧しそうな男の子が一人います。みんなが来たあと、その子が一足おくれで来ると、先に来ていた子どもたちが、その子を目がけていっせいに石を投げたり、流木の端をぶつけるなどしていじめます。

その子の着ているものは、破れたり裂けたりした刺し子で、それも垢だらけのうえに、さらに垢びかりしているような着物です。子どもたちは石や木端(こっぱ)を投げつけるばかりでなく、しまいにはその子をめちゃくちゃに殴ります。殴られた男の子は、大声をあげて泣きながら神である私の近くまで来ては、一人でしょんぼりとし、夕方近くなるとどこかへ帰っていきます。

それを見ていたヘビの神の私は、次の日から毎日その子の来るのを待っては、一緒に遊んでやりました。私と一緒に遊ぶようになってからは、その子はコタンの子どもたちにいじめられることもなく、毎日毎日楽しく過ごしては、日暮れ近くなるとどこかへ帰っていきました。

そうしていたある日のこと、その子が赤いお膳に薄いお椀を二つ並べ、一つのお椀にはおいしそうな団子を山盛りに入れ、もう一つのお椀にはおいしい肉、それも脂身のものを山盛りに入れて持ってきてくれました。

いや、その団子や肉のおいしかったこと。神である私も初めて食べるようないい味で、二つのお椀に入っていたものを一度に全部食べてしまいました。持ってきたものを食べ終わった私は、その子をうんと褒めたりお礼をいいながら、赤いお膳に、私が持っていたカムイイコロ(宝刀)を一本入れてあげました。それを受け取った男の子は本当にうれしそうに、何度も何度も、上へ下へと押しいただき、オンカミ(礼拝)を重ね、カムイイコロを持って帰りました。

それから二、三日過ぎたある日のこと、人声がするので見てみると、立派な風采(ふうさい)をした二人の男が私の方へ近づいてきます。一人は何やら大きいトックリ(瓶)のようなものを背負っています。もう一人の方はイナウ(木を削って作った御幣〔ごへい〕)を削る材料などを背負い、私の前まで来て、それらを背中から下ろしました。二人は私の前にどっかと座り、いろいろなイナウをたくさん削り、私のためにと一そろいの祭壇をこしらえました。

祭壇の前には、先ほど背負ってきたトックリの中から酒を出して供えるなど、荷物の中から次々とおいしい団子や肉や魚を出して並べました。それらを並べ終わってから、初めて年上らしい男が私の方へ向き、次のようにいいました。

「ヘビの神よ、お聞きください。私はオキクミという者で、ここにいる者は私の弟のサマユンクルという者です。毎日あなたが一緒に遊んでくれていた子どもは、私の子であったのです。

兄弟がいないためか遊び相手を欲しがるので、毎日アイヌの子どもらと遊ばせましたが、昼間は遊びに来ていても、夜になるとどこかへ行って見えなくなるので、子どもたちにいじめられてばかりいました。

それと着ている着物も、実はいいものを着せてあるのですが、それをそのまま見られると、神の子どもであることがわかり遊んでもらえません。それで、わざとあのように垢だらけの破れたり裂けたりした刺し子に見せてあったのです。

そのため、なおさらアイヌの子どもたちに嫌われ、遊んでもらえなかったのです。それを神であるあなたが、汚(きたな)がりもせずに一緒に遊んでくださり、本当にありがとうございました。遊んでくださっただけでもありがたいのに、そのうえあの子に宝物までくださいました。あの宝物は神の国でもめったに見ることのできない珍しいものでした。

今日は神であるあなたに、私の子どもと遊んでくれたお礼と、宝物をくださったお礼に、私ども二人でここへやって来たのです。ここへそろえたイナウ、それと酒や食べ物をお受け取りください」。

と言いながら、私にそれらのものをくれました。私は丁寧に礼拝をしながらそれを受け取ると、オキクミとサマユンクルの二人も礼拝して帰っていきました。

二人が帰ったあとで考えてみると、この砂利原を守るために天国から降りてきてから、長い時間がたったことに気づきました。そこで、アイヌの国の神々からもらったものを土産に、神の国へ帰ることにしました。

私は、仲間を集めてそのことを話して聞かせ、次にこの砂利原を守る者を決め、私がしたのと同じように、その者にこの広い砂利原の上端から下端までを守るようにいい聞かせました。

そして、私はオキクミとサマユンクルがくれたイナウや酒、それに肉や魚、たくさんの土産を持って、天の上、神の国へ帰ってきました。

神の国へ帰ってきた私は、大勢の神々を招待し、土産にもらってきたものを神々にも分けあたえました。それらは大変に喜ばれ、私はもう一段高い位の神になることができました。

だから、今アイヌの国土にいるヘビたちよ、どんなやり方でもいいから、アイヌたち、そしてアイヌの国にいる神たちの役に立つようなことをしなさい、と位の高いヘビの神が語りました。

語り手 平取町荷負本村 木村こぬまたん
(昭和36年10月29日採録)

解説

ヘビはたいていの場合嫌われますが、この話では子どもと遊んでいます。それもオキクミという、アイヌに生活や文化を教えてくれた神様の子どもとです。オキクミは、天国から沙流(さる)川のほとりに荷負(におい)へ降臨し、アイヌたちに魚の捕り方、家の建て方、毒矢の作り方などを教えてくれた神として尊敬されている伝説上の神です。ヘビはその神の子どもと遊んでイナウをもらい、酒をもらって神の国へ帰ることができたわけです。

アイヌの社会では、人間が死んだ場合でも、神の国へ持ち帰る土産物がなければ先祖の所へ帰れないと信じられています。
神はアイヌの所へ何回も来て、酒やイナウをもらって帰り、それらを神の国にいる別の神々に分けあたえるたびに、仲間うちで神としての位が上がるものだといいます。オキクミは神の国からアイヌの所へ来て生活に必要なことを教えてから、もう一度神の国へ戻った神で、別名アイヌラックル(人間の味がする神)ともいわれます。

語り手の木村こぬまたんフチ(おばあさん)は荷負本村に生まれ、手の甲から肘まで入れ墨をした上品なフチでした。トゥス(呪術)のできる方で、よく当たると評判でしたが、私の持っている録音テープには、そのトゥスの声もあります。この方の託宣に従ってつくったアユシニカムイ(とげのある神)が、二風谷アイヌ文化資料館に保存・展示してあります。

トゥスは、それぞれの人にはトゥレンパ(憑き神)がついていて、その憑き神が人間の口を通して託宣を出し、それにしたがって、いろいろまじないをします。憑き神はヘビであったり、キツネあるいは海の精であるルルコシンプというものなど、その人によってすべて違う憑き神がついているということです。

 

(本記事は『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』からの抜粋です)

 

『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』

アイヌ語研究の第一人者である著者が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の物語を読みやすく情感豊かな文章で収録。主人公が受ける苦難や試練、幸福なエンディングなど、ドラマチックな物語を選りすぐった名著、初の文庫化。​


著者:萱野 茂
発売日:2020年3月16日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫544ページ
ISBNコード:978-4635048781
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820490450.html

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『 アイヌと神々の謡 カムイユカラと子守歌』

著者が聞き集めた13のカムイユカラと子守歌を日本語とアイヌ語の併記でわかりやすく紹介。好評発売中のヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の続編であり、完結編!
池澤夏樹氏、推薦!


著者:萱野 茂
発売日:2020年8月14日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫488ページ
ISBNコード:978-4635048903
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820048900​.html

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【著者略歴】
萱野 茂(かやの しげる)
​​1926年、北海道沙流郡平取町二風谷に生まれる。小学校卒業と同時に造林・測量・炭焼き・木彫りなどの出稼ぎをして家計を助ける。
アイヌ語研究の第一人者でアイヌ語を母語とし、祖母の語る昔話・カムイユカラを子守唄替りに聞いて成長。
昭和35年からアイヌ語の伝承保存のため町内在住の古老を中心にアイヌの昔話・カムイユカラ・子守唄等の録音収集を始め、金田一京助のユカラ研究の助手も務めた。
昭和50年、『ウウェペケレ集大成』で菊池寛賞受賞。また昭和28年からアイヌ民具の収集・保存・復元・研究に取り組み、昭和47年「二風谷アイヌ文化資料館」を開設。2006年に死去。

アイヌと神々の物語、アイヌと神々の謡

アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。

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