アザミは、なぜ“あざむく花”と呼ばれるのか?

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社会活動や生活を制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。『花は自分を誰ともくらべない』の著者であり、植物学者の稲垣栄洋さんが、花の知られざる生きざまを紹介する連載。今回は触れると痛い花、アザミについてです。

 

人類が初めて出会った雑草 アザミ(キク科)

アザミは嫌われ者である。
神の教えに背いて、禁断の果実を食べたアダムとイブは、エデンの園を追い出され、イバラやアザミの生えた中から、果実を見分けて食べなければならなくなったという。
アザミは私たち人類にとって、初めて出会った雑草でもあるのである。

日本語の「アザミ」の名は、「あざむ」に由来するといわれている。あざむには「興ざめする」という意味がある。美しい花だと思って触れると、トゲがあって驚かされる。つまりは、「あざむかれた」ということなのだ。アザミは漢字で「薊」と書くが、草冠に魚(骨)と刀を書き記した字も、アザミのトゲをよく表している。

ヨーロッパでは牧草地などによく生えるが、トゲがあるので、牛や馬もアザミを食べることはない。そのため、アザミだけが食い残されて、雑草として広がっていく。
何ともやっかいな雑草である。
ところが不思議なことに、スコットランドでは、アザミは国花として愛されている。

昔、スコットランドがノルウェーの大軍に攻められたとき、夜襲を掛けようとしたノルウェー軍の兵隊がアザミを踏んで悲鳴を上げたため、奇襲に気がついたスコットランド軍は大勝を収めることができた。そして、それ以降、スコットランドの人々を悩ませていたノルウェー軍の侵攻はなくなったという。こうしてアザミは国を救った花とされ、スコットランドの国花や紋章となったのである。

 

チョウに花粉がつくしくみ

ところで、アザミの花を注意して観察すると、面白い動きを見ることができる。
アザミの花をそっと指で刺激すると、雄しべの先から、白い花粉が噴き出してくるのである。アザミの仲間は筒状の小さな花が集まって、一つの花を形作っている。

アザミの花にやってくるのはチョウである。チョウは人間には人気があるが、植物にとっては、蜜泥棒として知られる存在である。何しろ、チョウは足が長く、ストローのような長い口を伸ばして蜜を吸う。そのため、蜜を吸われるだけで、チョウの体に花粉をつけることが簡単ではないのである。

しかし、魅力もある。
チョウは飛翔能力が高く、長い距離を飛ぶことができるから、チョウの体に花粉をつけることができれば、遠くまで花粉を運ばせることができるのである。

そこでアザミは、チョウの体に花粉をつけて受粉できるように、筒状の花から長い雄しべや雌しべを針のように突き出している。こうして、チョウがアザミの花に止まった時に、雄しべや雌しべの先がチョウの体に触れるようになっているのである。
そして、チョウの体がアザミの雄しべに触れると、刺激された雄しべの先から、白い花粉を出して体に花粉をつけるのである。

蜜を盗み飲もうとして花粉をつけられたチョウはどう思うだろう。まさにアザミにあざむかれたと思うことだろう。

(本記事は『花は自分を誰ともくらべない』からの抜粋です。)

『花は自分を誰ともくらべない』

チューリップ、クロッカス、バラ、マーガレット、カンパニュラ、パンジー、マリーゴールド――花は、それぞれ輝ける場所で咲いている。身近な47の花のドラマチックな生きざまを、美しいイラストとともに紹介。
昆虫や鳥を呼び寄せ、厳しい環境に適応するために咲く花。人間の生活を豊かにし、ときに歴史を大きく動かしてきた花。それぞれの花が知恵と工夫で生き抜く姿を、愛あふれるまなざしで語る植物エッセイ。『身近な花の知られざる生態』(2015年、PHPエディターズ・グループ)を改題、加筆のうえ文庫化。


著者:稲垣栄洋
発売日:2020年4月3日
価格:本体価格850円(税別)
仕様:文庫判256ページ
ISBNコード:9784635048835
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819048830.html

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【著者略歴】
稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

プロフィール

稲垣栄洋

1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

身近な花の物語、知恵と工夫で生き抜く姿

社会活動も生活も大きく制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。植物学者の稲垣栄洋さんが、身近な花の生きざまを紹介する連載。美しい姿の裏に隠された、花々のたくましい生きざまに勇気づけられます。

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