日本の雑木林で今、何かが起きているのか? 「ナラ枯れ」で泣いているように樹液を流すコナラたち

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最近、里山の森の中では、「ナラ枯れ」という現象が進行しているという。コナラやミズナラなどのブナ科の木が大量枯死するこの現象。直接の原因はカシノナガキクイムシという甲虫の仕業だが、その元をたどると人間の勝手な行動が引き起こした結果だという。

 

冬枯れの丹沢前衛峰を歩いた時に、たくさん生えているコナラの幹から、おがくずのようなものがたくさん出ているのを見た。そして泣いているように樹皮からたくさんの樹液が流れた跡があった。今まで同じコースを何度も歩いているが、このようになっているコナラの木を見たのは初めてだ。おがくずがたくさん出ているコナラの木は・・・。残念だが、たぶん来夏には枯れてしまうだろう。これはナラ枯れだ。

コナラから涙が流れるかのように、樹液が流れ出ていた。これはナラ枯れだ


ナラ枯れとは、ドングリを実らすことが特徴のコナラやミズナラなど、ブナ科の木に発生する大量枯死の事をそう呼ぶ。ナラ枯れが起こる原因はカシノナガキクイムシ(あだ名はカシナガ)。カシノナガキクイムシは体長4~5mmの黒褐色で円柱形の甲虫だ。

キクイムシという名前だが木を食べているのではなく、木をかじって開けた穴にナラ菌と呼ばれるカビの仲間を植えつけて畑とし、穴に生えたナラ菌を食べる昆虫なのである。このカシノナガキクイムシが植えつけるナラ菌は、幼虫の時に食べていた胞子を、羽化した成虫のカシノナガキクイムシが体の窪みに付着させて運んでいく。このナラ菌(数種類ある)は、生きた木から栄養を吸収する種である。

ナガホソキクイムシの出したおがくず。大量におがくずが出ている木もあった


カシノナガキクイムシが穴をあけて住む木はブナ科の樹種が多く10種以上にもなる。幹が太い木を好む。羽化して新しい木にとりついたカシノナガキクイムシはフェロモンを出してほかのカシノナガキクイムシを呼び、卵を産み付ける。

一本の木に大量のカシノナガキクイムシが集中することになり、たくさんの穴を開けられる。ナラ菌が増えるとその木は水分を根から葉に送ることができなくなり、夏には葉が枯れ、その木は枯れてしまう。枯れた木からはたくさんのカシノナガキクイムシが飛び出し、新しいブナ科の太い木へ飛んでいく。ナラ枯れは、カシノナガキクイムシが媒介するブナ科の木の伝染病と考えてもよいだろう。

ナラ枯れすると、冬にも枯葉が落ちない(写真左)/
コナラの樹液が止まらず、メジロが樹液を吸っていた(写真右)


ずいぶんかわいそうな話であるが、これが自然のシステムである。ナラ枯れの増加理由は、いくつか考えられるが、そのすべてが人間の活動によるものである。

ひとつ考えられる理由は、戦後まで里山のコナラやミズナラは、木炭や薪にするために、数年に1回程度の頻度で切られていた。切るときには、必ず切り株を残したので、すぐにひこ生え(脇芽)が伸びて、木は数年で再生していた。まさに雑木林の持続可能な利用である。

木炭の利用は古くから行われた。数年に一度切られてしまうという環境には、成長が早く、ひこ生えによる再生能力が高いコナラのほうが、ブナ科でも常緑のカシやクスノキ科のタブなどの木よりも適している。こうして長い年月をかけて、持続可能な状態ではあるが、里山の樹種はコナラ若木中心の雑木林ばかりという、樹種の限られたいびつな状態の雑木林になってしまったのだ。

これがいっきに変化したのが、戦後に著しく増加した、都会での木炭使用の中止である。これにより、木炭の生産は壊滅状態になり、雑木林のコナラも切られることはなくなった。こうなると、雑木林のコナラはどんどん大きくなり、大径木が多くなる。

前述したように、キクイムシは大径木を好む。人間によって木炭にするために増やされたコナラが、人間によって用済みになって放置されたために、コナラの大径木が増えた。これがカシノナガキクイムシにとって都合がよい環境であるために、ナラ枯れが大量発生していると考えている。

もうひとつの理由は、地球の温暖化である。キクイムシはある程度暖かい環境を好む。しかし、近年の急激な温暖化によって、西日本の暖地で小さな規模で生活していたカシノナガキクイムシが、いっきに分布域を広げた可能性がある。

ナラ枯れをする樹種は、コナラとミズナラが多いが、先日三浦半島の里山を歩いていたところ、ブナ科ではあるが、常緑のマテバシイもナラ枯れになって、大量に枯れている状態を見た。マテバシイは三浦半島では自生ではなく、木陰を作り、薪や木炭製造のために移入した植物だが、野生化して、大いに繁茂している。人間にとって役目が終わり、ほったらかしになり、大木になったため、カシノナガキクイムシにやられて、ナラ枯れになってしまったのだ。

三浦半島では常緑のマテバシイの葉ががナラ枯れで茶色になっていた


ナラ枯れした大木は、数年すると枝が落ちたり、倒れたりする。もちろん山にはそのような枯れた木はたくさんあるが、その危険がこれからいっきに大きくなる。登山者は木が倒れてきたり、頭の上から枝が落ちてきたりすることに注意して歩く必要がある。もちろん、いきなり倒れたり、落ちてきたりする枝から逃げるのは難しい。しかし、枯れ木の下で休憩しない、不安定な場所枯れ木に体重をかけないなど、最低限の注意は必要だ。

人間の勝手な行動が引き起こしたナラ枯れ。自然の中で楽しんでいる我々登山者は、自然をよく知り、うまく自然と付き合っていくしかない。そして何が起こっているのか考えよう。これまでもこれからも。仲よく楽しく。

マテバシイの幹を流れる樹液

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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