ゲレンデは家の裏山。野良スキー|北信州飯山の暮らし

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日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から森と山を行き来する日々の暮らしを綴ります。第15回は、裏山で楽しむ「野良スキー」について。

文・写真=星野秀樹

 

 

何もないけど雪はある。豪雪地帯だから。
なので、雪さえあれば、シーズン中はいつでもスキーができる。自慢じゃないけれど。
なにしろスキー場よりも高い所に住んでいるから、わざわざスキー場まで行く必要がない。
と言って、バックカントリースキー、なんていうとちょっと大げさで、裏スキーとか、野良スキーとか、そんな感じのスキー。
「ちょっと裏に行ってくる」と言ってスキーを履いて出かけて行くのが、我が家の、雪シーズンの日常だ。

もちろん移住前からスキーはしていたけれど、雪があまりにも身近になったから、本格的にスキーに目覚めてしまった。なにしろ雪ばかりある豪雪地帯なので。

始めはウロコの付いたクロカン板で。次にBCクロカン、最近はシーズンに応じた太さの板でテレマークスキーを楽しむようになった。そんな中でもBCクロカンとの出会いが大きい。僕が住む関田山脈の南面山麓は、ゆるやかな起伏の丘陵地から尾根や谷が主稜線へとたおやかに伸びる地勢。だからエッジとウロコがあって、板もビンディングも靴も軽いBCクロカンは、そんな環境で抜群の機動力を発揮する「旅の道具」だった。

滑りを求めてタテ方向への移動はもちろん楽しいけれど、起伏を求めてヨコへの移動も面白い。尾根や谷を登ったり下ったりしながら横切って、気に入った尾根の頭から滑る。ウサギとぶつかりそうになったり、カモシカと競争して追い抜いたり。この道具の持つ機動力は、裏山の住人たちにも予測不可能なようだ。

 

 

裏の野良は、ブナ林を境に山脈へ至る尾根に吸収される。敢えて言えば、ここがバックカントリーの入り口。自分の家を起点に、その日の都合に合わせてツアーコースを選ぶ。自慢じゃないけれど、ほんとに楽しい。美しいブナの疎林が続く尾根は、やがて大きな雪庇が張り出した関田山脈の主稜線へ至る。いわゆる信越トレイルの通る稜線だ。稜線手前の広大な湿地帯は雪野原となって広がり、さらにいくつもの沢の源流部が入り組んで、不思議な地形を成している。ここまで家から3時間たらず。弁当食ったら帰ろうか、それとも稜線たどって新潟側の風景を楽しもうか。さらに関田峠まで足を延ばして、帰りの急斜面を、ちょっと気合を入れて下ってみようか。

いわゆるパウダーシーズンは、夜明け前から家の除雪があったりして疲れ切り、山もスキーもお預けという日も多い。正直、雪なんて見るのももう嫌、という気になることもある。しかしなんだろう、やはり雪がもたらしてくれる幸せは、自分を野に、山に、駆り立てる。あの雪尾根をたどりたい、あの雪斜面を滑りたいという誘惑が、雪のある日常の中で、常に熾火のように燻っている。

そんなわけで、3月が終わって4月に入り、雪が消えて行くこの時期になると、いつも切なくなる。日に日にヤブが濃くなっていくウチの「プライベートゲレンデ」を眺めながら、「ああ、今年ももう終わりか」とため息をつく。
このどうしようもないヤブ山は、雪に覆われた時にのみ自由に行き来することが許される。そんな、雪という不思議な存在に感謝しつつ、執拗にヤブ漕ぎ野良スキーを楽しむのだ。
雪が消えてしまうその日まで。

 

 

●次回は5月中旬更新予定です。

星野秀樹

写真家。1968年、福島県生まれ。同志社山岳同好会で本格的に登山を始め、ヒマラヤや天山山脈遠征を経験。映像制作プロダクションを経てフリーランスの写真家として活動している。現在長野県飯山市在住。著書に『アルペンガイド 剱・立山連峰』『剱人』『雪山放浪記』『上越・信越 国境山脈』(山と溪谷社)などがある。

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