“試せる”ベアスプレーでクマ撃退の予行練習。カールホーネック社「ペッパーマン&トレーニングスプレー ツインパック」を試す
昨年は新型コロナウィルスの影響で入山する人が減り、それと反比例してクマの出没が多くなるのではないかと予想する人は多かった。実際、例年以上にクマの目撃は多発し、北アルプスの上高地や折立のキャンプ場は一時閉鎖されるほどであった。
さて、今年はどうなのか?
いずれにせよ、“ベアスプレー”を持ったほうがよい状況は増えそうである。
ところで、僕は先ほど“ベアスプレー”と書いたが、言い方は“クマスプレー”でも、“クマ撃退スプレー”でもいい。“クマよけスプレー”という言い方もあるが、これを持っているとクマが寄ってこないような印象が出てきてしまうため、個人的にはちょっと違う気がしている。ベアスプレーとは、トウガラシなどに由来する催涙スプレーであり、至近距離まで近寄ってきたクマを撃退する効果を持っていても、近寄らせないようにする力をもっているわけではないのだ。
僕は訳あって、間違って噴射されたガスを嗅いだことがある。そのときはほとんど吸い込んではいないはずなのに、強烈にせき込み、涙がとめどなく流れ、とてもひどい思いをした。それほど強力な催涙スプレーだから、普通は試射すら不可能だ。つまり、もしもクマに遭遇してしまったときは、“ぶっつけ本番”にならざるを得ないのである。
しかし、今年になっておもしろい製品が登場した。それが今回ピックアップした、ドイツのカールホーネック社の「ペッパーマン&トレーニングスプレー ツインパック」。なんと通常のベアスプレーのほかに、“トレーニングスプレー”なるものがセットになっているのだ。
カーホルネック社のペッパーシリーズ
その「ペッパーマン&トレーニングスプレー ツインパック」を紹介する前に、まずはカーネルホーネックのベアスプレーのラインナップ(ペッパーシリーズ)を確認したい。
左から、容量40mlの「ペッパーマン」、63mlの「ペッパースタンダード」、400mlの「ペッパースーパージャイアント」。そして、いちばん右の「ペッパーマン&トレーニングスプレー ツインパック」だが、これは、いちばん左のペッパーマンにトレーニングスプレーを組み合わせた製品というわけである。
他社の一般的なベアスプレーは、500mlペットボトル程度のサイズが多いが、このペッパーマンはとにかく小さい。なにしろ直径35×84mmしかなく、重量は50g。こんなに小さくて効果があるの? と思ってしまうほどである。
また、一般的なベアスプレーはガス状になった催涙成分が比較的広範囲に噴きつけられる“噴霧タイプ”であるのに対し、ペッパーシリーズは催涙成分が液状にまっすぐに飛ぶ“リキッドタイプ”である。そのために風の影響を受けにくいのが長所となっている。また、クマに向かって噴射する際は、(理想をいえば)クマが風下側にいるときに使わないと自分自身にも催涙液がかかってしまうが、その際も細かな粒子が多い噴霧タイプよりもリキッドタイプのほうがいくらか安全である。
ペッパーマンは“劇薬”のベアスプレーだけに、誤射を防ぐための工夫が加えられている。間違ってトリガー(引き金)を押してしまわないように、“フリップ・トップ・キャップ”が採用されているのだ。
下の写真のように、持ち歩くときは、赤いトリガーはバネでしっかりと閉じられる黒いカバーで覆われている。
カバーは簡単には持ち上がったりせず、かなり頑丈なので、落としたり踏みつけたりしても簡単には壊れる心配はない。
使用する際は、このカバーを親指ではね上げて、トリガーを露出させる。
親指を赤いトリガーの上にかけられればいいので、実際はここまで上げる必要はないのだが、写真ではわかりやすいように完全にトリガーを見せている。
そして、トリガーを押し込めば、スプレーが発射される。
スプレー缶さえ握っていれば、あとは瞬間で発射できるといってよいだろう。
では早速、トレーニングスプレーを試してみたい。
本来のペッパーマンの成分は“オレオレジンカプシカム”という催涙成分だが、トレーニングスプレーは保存用のアルコールが微量含まれている以外は、たんなる“水”。内容物以外はペッパーマンと完全に同じなのである。これなら安心して試射することができる。
いざ、発射!
製品の説明書きには、噴射距離が4~5mと書いてあったが、まさにその通り。3mくらいまでは線状に飛び、それよりも遠いと、少しずつ霧状になるのがよくわかる。
ご存じの方も多いだろうが、この手のスプレーはどれもクマが相当近くまで近寄ってくるのを待ち、確実に顔面に吹き付けられなければ、ほとんど効き目がない。それが4~5mという距離感なのである。僕も頭の中には知識としてその距離が入ってはいたが、実際に噴射してみると、あまりに近いことがよくわかる。本当にクマと遭遇したときに4~5mの距離まで発射しないで我慢できるかどうかの自信はないが、少なくてもこの試射によって実際の距離感を体験できたのは、今後のアドバンテージになりそうだ。
手のひらに収まる超小型サイズ!しかし困ったことが…
この試射を行なったのは、この連載の前回で登った子持山の近くだった。
子持山には「クマ出没注意!」の看板があり、ベアスプレーを持ち歩く意味がある山域である。
そのために、前回に紹介したブラックダイヤモンドのフレアーをテストする際も、僕はカーネルホーネック社のベアスプレーを数種類持ち歩いていた。
そのときの持ち歩き方が、以下の写真だ。
ペッパ-スーパージャイアントはかなりの大型だが、大型ゆえにバックパックにつけて使うペットボトルなどを入れるホルダーと相性がいい。ホルダーのタイプに合わせ、腰元にでも胸元にでも固定でき、いざというときはすぐに手をかけられる。ただし、ペッパースーパージャイアントは噴射距離約6.5~7m、噴射持続時間約14秒と、強力な性能を持つ代わりに重量は600gもあり、体力的には負担が大きい。
一方で、トレーニングスプレーとのセットだけではなく、単体でも発売されているペッパーマンは、先に述べたように噴射距離約4~5m、噴射持続時間約8秒だが、重量はたったの50g、そして手の平に収まるサイズ感だ。効果がいくらか限定されても、持ち歩きを考えれば大きなメリットである。
実際、バックパックのウェストハーネスやショルダーハーネスのポケットにはすっぽりと収まってしまった。落とさないように、ファスナーを閉めることすらできてしまう。
しかし……。あまりにも小さすぎて、ポケットの奥に入ってしまうと、すぐには取り出せないのだ。もちろんファスナーを閉めれば、ますます取り出しにくい。これではクマが出没した途端に噴出できる態勢にはなれない。バックパックではなく、ウェアのポケットに入れても同様である。要するに、「小さすぎるがゆえに取り出しにくい」という状況になってしまったのだ。
これは盲点! いくら軽くてコンパクトでも、行動中はつねに「すぐ使える」状態になっていなければ、ベアスプレーを持つ意味が薄れてしまうのである。
すぐに使える、取り出しやすい方法を検証。はたして正解は?
子持山から下山した僕は、別の日に赤城山の一角にある地蔵岳へ向かった。このときも、「ペッパーマン&トレーニングスプレー ツインパック」を含むペッパーシリーズを持参し、手持ちのホルダーやポーチ類との組み合わせを考えてみた。
こうやって各種ポーチやアクセサリーポケットを並べてみると、40mlのペッパーマンがいかに小型なのかがよくわかる。左端の上半分が青いポーチは縦11.5㎝だが、それよりも明らかに小さいのだ。
ちなみに、ペッパーマンよりもひとまわり大きいペッパースタンダードは長さが123mmあり、84mmのペッパーマンよりも39mm長い。
しかし、その39mmの違いが、先ほどのポーチに入れたときには大きな差となった。
左がペッパーマンを入れた状態で、右がペッパースタンダードを入れたときの様子だ。左は頭まで内部に収まってしまい、すぐには取り出せないが、右は頭が出ているので、すぐに取り出せるような状態である。
これはあくまでもたまたま僕が持っていたポーチに合わせたときの一例だ。
だが、小さければ使いやすいというわけではなく、むしろ少し大きいほうが便利な場合がある、ということはわかるかもしれない。
それにしても、困ったな……。結局、僕は超小型のペッパーマンを入れるのにちょうどよいサイズのポーチや外付けポケットを持っていないのであった。そもそも、これほど小さなモノをすぐに取り出せる状態で収納できるアクセサリー類は、あまりないのではないかと思われる。
しかし、ペッパーマンの“超小型”という長所をなんとか生かしたい。そこで、僕は以下のように細いコードをペッパーマンに結び付けてみた。
こうしてどこかにぶら下げられれば、使いやすいのではないかと考えたのだ。
だが、この方法はイマイチだった。コードでぶら下げるとスプレ―缶が斜めになってしまうのである。
腰や胸のあたりに取り付けようと思ったが、どうにも収まりが悪く、しっくりこない。
穴をあけて、首から下げると…これは快適!
次に試したのは、結び付けるのではなく、フリップ・トップの近くに穴をあけ、紐をとおすという方法だ。
このときはバーナーで熱したクギを使い、樹脂を溶かして穴をあけた。間違ってトリガーを押してしまわないかとヒヤヒヤしながらの作業であった。
だが、その甲斐があって、上下を垂直気味にきれいにぶら下げられるようになった。コードはトリガーの上に位置するが、トリガーを押すのに支障があるわけではない。少し手間はかかったが、なかなかいいではないか!
コードの長さを調整すると、首からかけて持ち運ぶのにぴったりになった。
これならクマが出没したときは瞬間で手に持つことができ、非常に使い勝手がよい。自画自賛したくなるレベルの工夫なのである。
そして、見晴山登山口を出発した僕は、地蔵岳山頂へ向かった。
天気はいまひとつだが、首にぶらさげたペッパーマンに加え、バックパックのサイドポケットにはペッパースーパージャイアント、ウェアのポケットにはペッパースタンダードも入れてある。僕の登山人生のなかでも“最強”といっても過言ではない いでたちなのである。
山頂に登ると、赤城山の中心的存在ともいえる大沼を眺められた。
左のほうには本当なら赤城山最高峰の黒檜山もあるが、この日は雲に隠れてまったく見えない状態であった。
山頂ではペッパーマンとペッパースーパージャイアントを持って、記念撮影。
この日は人生“最強”のため、僕のポーズも少しだけ元気がいい。
それから山頂付近を中心にウロウロしてみたが、首から下げたペッパーマンはやはり調子がよい。
軽くてコンパクトなので、つねに胸元にあっても邪魔ではないのだ。間違って噴射されないかと少しは心配になるが、トリガーはカバーで守られているので、よほどひどく転んでも漏れ出る可能性はあまりないはずである。
その後、僕は新坂平の駐車場を目指して下山していった。
この日は平日。クルマの通りも少なく、もしかしたら駐車場には一台も停まっていない可能性があるのではないかと、僕は想像していた。
駐車場で本物のペッパーマンを噴射!
広大な駐車場に到着すると、やはりクルマは一台もなかった。そこで僕は思い切ってトレーニングスプレーではない、“本物”のペッパーマンを噴射してみることにした。山中で試してみることも考えていたのだが、催涙成分が樹木や草に付着すると、シカなどの動物やカエル、昆虫など、さまざまな生き物に害を与える可能性は高い。だが、アスファルトで覆われた広大な駐車場の中央部ならば、影響はほとんどないと考えたのである。
それでは、ペッパーマン(本物)を噴射してみよう!
いかにも強烈そうなオレンジ色の液体がまっすぐ飛んでいく。もちろん自分にかからないように風下へ向きを合わせているので、まったく刺激は感じられない。トレーニングスプレーで慣れていたこともあるが、落ち着いて噴射できたことに満足した。
こうなるとさらにテストしてみたい気持ちが強まり、思い切って僕はペッパースーパージャイアントも取り出した。
そして、噴射! ペッパーマンよりも勢いも量もある液体がまっすぐに飛んでいく。
印象的だったのは、ペッパーマンの12倍もの重さがある製品なのに、噴出時間は14秒という短さである。これだけの大きさのものを持っていたとしても、クマから遠い場所で無駄打ちをするようではクマを撃退できないのだ。超小型のペッパーマンならば、それ以上にクマを引き寄せてから使わねば、限定的な効果しか発揮されないことがイメージできる。
そういえば、スプレ―缶の注意書きには「使い切って捨てること」と書かれていた。しかし通常であれば「使い切る」ことが困難なのがベアスプレ―。なにしろあまりにも強烈過ぎて試し打ちできる場所はほとんどなく、ましてや捨てるために中身を噴出することも難しいのである。
ペッパーマンの使用期限は約2年。それ以上はガスの圧力が低くなり、遠くまで飛ばせなくなってしまう。期限切れの後にどうやって廃棄するのか、これは意外と難しい問題かもしれない。
僕は今回、トレーニングスプレーを含む3缶をテストして使い切った。
これで「捨てる」という意味では簡単になった。だがテストとはいえ、なかなか高価な製品(ペッパーマン単体は4180円、ペッパースーパージャイアントは17380円!)を無駄にしたような気持ちにもなり、少し気が重い。なにより、僕はもはや“最強”ではなく、次回以降の山行が少し心配だ……。
いざというときの予行練習をして、「お守り」に持とう
実際にクマに向かって噴出したとき、今回の「ペッパーシリーズ」の催涙成分がどれほどの威力を発揮するのかは、テストのしようがない。しかし、「ペッパーマン&トレーニングスプレー ツインパック」を手に入れれば、トレーニングスプレーのおかげで実際に使用するときの感覚はよく理解できる。「ぶっつけ本番」に比べれば、誰もが少しは落ち着いて使用できるはずで、そういう意味では非常に実用的、有意義な製品なのである。
だが、小型すぎるともいえるペッパーマンをどのように持てばいいのかは、なかなか難しい。僕が今回試してみたコードで吊るす方法はとても使い勝手がよかったが、樹脂に穴をあけるのは面倒であった。ペッパーマン用の小型ホルダーや首下げ用のストラップなどをカーネルホーネック社が開発してくれると、ますます使いやすそうだ。
ペッパーマンを使用する「本番」が来ないことを祈りたい。だが、トレーニングスプレーで練習をしたうえで、ペッパーマンをお守りのように持ち歩いていれば、いざというときには自分で自分の命を守れるかもしれない。
プロフィール
高橋庄太郎の山MONO語り
山岳・アウトドアライター、高橋庄太郎さんが、最新山道具を使ってレポートする連載。さまざまな角度からアウトドアグッズを確認し、その使用感と特徴を余すことなくレポート!
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