乗鞍岳のすべてを網羅した一冊『飛驒の乗鞍岳』
評者=小林正直(乗鞍白雲荘支配人)
広大な乗鞍岳には自動車道以外にも古より時世と共に移り変わり利用されてきたいくつもの道が現存する。登山道整備などで四半世紀ほどこの山を歩き回ってきた私自身もよく考える「こんなに大変な道をいつ、誰が、どんな理由で作ったのか」。この問いはほかの山や古道を歩く際にも常に気になり、その都度、文献調査や踏査を重ねて謎解きをしながら、新たな謎が現われるのを繰り返し、さまざまな分野を知りゆくのも山の醍醐味となっている。
本書はその過程を、著者の長年にわたる豊富な踏査や調査を基に一冊に集約させている。地元郷土史研究会「飛騨学の会」発行の『斐太紀』にて著者が投稿してきたテーマを中心に構成されており、初めて乗鞍について触れる人も読み進めやすいよう豊富な写真や図案なども交え、テンポよくまとめられている。「もっと知りたい」と思うころには次章へと進んでゆく。人文に関する事項では淡々と書き連ねられた記録のなかに信仰登拝から近代登山への変容などの人間ドラマが鮮明に描写され、次々と押し寄せるエモーションに圧倒される。乗鞍と、その風土の及ぶ飛騨がいかに内外の人々の心を惹きつけてきたかを物語る。
まえがきで〝いささか「飛騨ナショナリズム的」な内容になったが〟と述べているとおりに、その想いは確かに伝わり、現代登山にイデオロギー的でもある。だが、読み終えるころには先人たちの想いが沁みわたり、登拝的思想をも我々に思い起こさせてくれるのである。歳月をかけ後世へ書き残してくれたことに深く感謝と敬意を示したい。
(山と溪谷2021年7月号より転載)
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