山岳アクションとくとご覧あれ 『冬華』

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評者=木元康晴(登山ガイド)

冬華

著:大倉崇裕
発行:祥伝社
価格:1870円(税込)

 

 高校生の頃の元旦、テレビのニュースが相次ぐ遭難を報じたことがある。それを見た父が、「正月に山に行って遭難するやつなど助ける必要はない!」と冷たく言い放った。私も当時は登山に興味がなく、この人たちはなぜ過酷な雪山に向かったのか不思議だった。

 ところがそれから数年後、友人の誘いに応じて私も雪山登山をすることになる。初めて登った雪の山は、想像以上にすばらしく、過酷さに立ち向かって頂上をめざす人の気持ちを、充分に理解できるようになった。

 本書の舞台は、厳冬の涸沢岳西尾根。かつて私も登った、穂高連峰を代表する雪山コースだ。だが本書の登場人物は、登るだけではない。そこで命がけの、激しい銃撃戦を繰り広げるのだ。

 雪山の過酷さは甘受できても、極寒の山で銃撃戦を行なうことには驚きを感じる。男たちはなぜ、そこまでして争わなければいけないのか?

 しかしそのような疑問が生じるのも、自分が愛着をもつ場所だからとも言える。それを取り除いて読めば、本書は秀逸なエンターテインメントだ。

 元自衛隊の特殊工作員と老猟師とが撃ち合うさまは、まるで異種格闘技戦。二人が手にする銃の描写もリアルで、マニアックな読者も楽しめるはずだ。

 ちなみに本書は、槍ヶ岳を舞台にした『夏雷』、八ヶ岳の天狗岳を舞台にした『秋霧』の続編だ。本書を読んで感じた戸惑いは、それを読むことで解消した。したがって未読の方には、先にこの2冊を読むことを強くお勧めしたい。

 

山と溪谷2021年7月号より転載)

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