不快なだけではない虫刺されのリスク。スズメバチに刺されたら最初15分で判断を 医師/小阪健一郎先生に聞く(第2回)

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登山中の不快な出来事に「虫刺され」がある。素早く対処して、なるべく痛みやかゆみを抑えたいが最適な方法はどのようなものだろうか?​ また、スズメバチの場合は、素早い判断と対処が必要となるので、もしもの時のためにその方法を覚えておきたい。

 

登山をはじめとする野外活動を行なう中で、最も不快な皮膚のトラブルは、虫刺されだろう。主な症状はかゆみや痛みだが、場合によっては命を落とすほど、深刻な結果を引き起こすこともある。かゆみも、短時間でおさまるのならば我慢もできるが、数日以上に渡って続くものは、とても辛い。

筆者もカ、ブユ、アブに加え、スズメバチやマダニなど、ひと通りの虫に刺された経験を持ち、不快な思いを味わってきた。とは言え病院を受診するのは症状がひどいときで、あとはファーストエイドを行なってそのまま自分で治療し、治るまで耐えることも多かった。

しかしなかなか完治せず、かゆみや痛みが思いのほか長引いたこともある。治療で使う薬の選び方にも、いつも頭を悩ましている。また病院を受診したときも、かゆみは軽減されるもののすぐに良くはならず、治るまでには時間を要することが多かった。

そのように悩みが絶えない虫に刺されについて、前回に引き続き、辺境クライマー・けんじりとしても活動している皮膚科医師の小阪健一郎先生に教えていただく。まずはカ、ブユ、アブ、ハチなどの、昆虫類に刺されたときの対処法について伺った。

★前回記事:侮ってはいけない山の日差し。紫外線のリスクを理解して確実な対策を。

 

吸血性の昆虫に刺されたとき

低山の雑木林などで刺されることが多いのがカ(蚊)だ。刺された箇所は赤く腫れ上がり、強いかゆみを感じる。

雑木林などに多いヒトスジシマカ(左)、血を吸われるとふくれ上がってかゆみが激しい(右)


標高が高い高原や渓谷沿いでは、ブユ(ブヨ・ブト)に刺されることがある。カよりも小さく、刺されている間はそのことに気づかないことがほとんどだ。しばらく経ってから、顔や腕が痛み出すと同時に赤く大きく腫れ上がることで、刺されたと知ることが多い。

ブユに刺された手や腕。大きく腫れ上がって痛みをともなう


また夏山を歩いていると、不意に腕や脚などにチクリとした痛みを感じることがある。見ると、大きな目が印象的な昆虫が血を吸っていて驚く。これはアブで、渓谷沿いでは集中して血を吸いにくることもあり、非常に煩わしい。

刺されたことにすぐ気づいて振り払えば大した痛みはないが、たっぷり血を吸われると痛みを伴って赤く腫れ上がる。

ハチによく似た、アカウシアブ。人の血を吸うことが多い。奥秩父の両神山で撮影


小阪先生は、それぞれの対処法についてこう述べる。

カに刺されたときのかゆみは激しいのですが、1時間から2時間ほどで収まります。何もせずに自然軽快を待つか、市販の虫刺されの薬を塗りましょう。もしかゆみが強くて辛いときは、ステロイド外用薬を塗ってください。

ブユやアブに刺されると、カよりも強い炎症が生じます。それを抑えるために、やはりステロイド外用薬を塗りましょう。時間が経つと炎症が広がるので、刺されたと気づいたら早めに塗るのがポイントです。

その他の虫も同様で、ファーストエイドの基本はステロイド外用薬を塗ることです。


ここで勧められたステロイド薬は、炎症を鎮める作用を持つ。しかし同時に、体の抵抗力を下げるなどの副作用があるとされる。使う場合には、何か気をつけなければいけないことがあるのではないか?

確かにステロイド外用薬は、長期間に渡って塗り続けると副作用が生じます。しかし虫刺されの直後とか、かゆみが強い3日間だけ塗るといった使い方をして、副作用が生じることは全くありません。安心して使ってください。

ステロイド外用薬の種類は豊富ですが、虫刺されの場合には最も効果の強いタイプを選ぶといいでしょう。それをファーストエイドキットの中に入れておき、刺された後にすぐ塗れば、症状の軽快が期待できます。

小阪先生お勧めの市販されているステロイド外用薬


注意が必要なのは、市販のステロイド外用薬には、抗菌薬や抗生物質が含有されているタイプが多いことです。抗菌薬などで、肌がかぶれることがあります。私は、皮膚に塗る薬はできるだけシンプルなものが良いと考えています。したがって、他の薬品が入っていないステロイド外用薬を用意することをお勧めします。

山で虫に刺されて、これらステロイド外用薬を塗っても症状が良くならないときは、下山した後できるだけ早く皮膚科を受診してください。

 

ハチに刺された場合に注意すること

人を刺す昆虫の中でも、特に注意が必要なものがハチだ。ハチが人を刺す目的は、血を吸うためではなく、巣を守るため。公園などに多いミツバチやクマバチは、こちらから手を出さなければ刺されることはないが、スズメバチやアシナガバチは、巣の近くを通っただけで刺されることも多い。

特にスズメバチは攻撃性が強く、集団で襲ってくることがある。その毒は非常に強く、刺された瞬間に激痛が走る。刺された部位は赤く腫れ上がって、吸血性の昆虫以上の大ダメージとなる。活動が活発になるのは、8月から10月にかけて。これからの季節は、山で遭遇する可能性は高い。

筆者が登山中に遭遇したオオスズメバチ(東京・高尾山、8月下旬)と、キイロスズメバチ(島根・大江高山、9月中旬)


また、ハチに刺されたことが原因で命を落とす人もいる。多いのは農業や林業に従事している人だが、登山中に刺されたことで死亡する例もある。

ハチに刺されて死亡した人の数の推移(厚生労働省・人口動態調査より)
 

ハチに刺されたときの痛み、特にスズメバチに刺されたときは強烈で、かなり痛いのですが、毒そのもので命を落とすことはありません。

刺されたときは、まずは巣から離れた安全な場所へ移動しましょう。そこで30分ほど安静にしつつ、刺されたところを冷やします。そして吸血性の昆虫と同様に、ステロイド外用薬を塗るといいでしょう。

問題なのは、刺された人がハチの毒に対するアレルギーを持っていると、アナフィラキシーというアレルギー反応が生じる場合があることです。

 

命を落とすアナフィラキシーショックとは?

登山者であれば、スズメバチに刺されたときに生じるアナフィラキシーについて、簡単な知識は持っているだろう。ただ、多くの場合はスズメバチに刺されるのが2回目だと死ぬかもしれない、といった、漠然としたものではないだろうか? 実際に、アナフィラキシーとはどのような症状で、どれだけ危険なものなのか?

私たちの体には、体に入ってきたウイルスや細菌などの異物から、体を守る免疫の仕組みがあります。この仕組みが、一度体に入ったことがある特定の異物に過剰に反応することにより、体に不具合を引き起こすのがアレルギー反応です。そのアレルギー反応の中でも、発症してからごく短時間に、全身の不具合を引き起こすのアナフィラキシーです。

過去にハチに刺された経験がある人は、ハチの毒に対するアレルギーを持っている可能性があります。そのような人が、ハチに刺されてから15分以内に、以下のような全身症状が現れた場合はアナフィラキシーと考えるべきです。

主なアナフィラキシーの症状。下の方ほど重症度が高い


このようなアナフィラキシーの症状が出た場合は、非常に危険です。すみやかに救助要請をしましょう。なお、ステロイド外用薬は炎症を緩和するものであり、アナフィラキシーを抑える効果は全くありません。

 

アナフィラキシーへのファーストエイド

重篤な全身症状を引き起こすアナフィラキシー。発症してしまったら、そのまま死に至る症状なのだろうか?

アナフィラキシーを発症した人が、必ず命を落とすわけではありません。しかし全身症状が発症するとほぼ同時に意識を失う、アナフィラキシーショックを起した場合は危険です。

このアナフィラキシーショックになるとき、その人の体では全身の血管が開いていきます。手足の血管だけでなく、体の中の臓器の血管までが開いて、相対的に血流が不足します。その結果、脳に送られる血流も少なくなって、脳の活動が一瞬で停止。気を失って、そのまま死亡してしまうのです。


ハチに刺されて命を落とすのは、毒そのものではなく、毒が体に入って全身のアレルギーを引き起こすアナフィラキシーを発症し、さらにその全身症状が血流を不足させる、アナフィラキシーショックを起こすからとのこと。この一連の症状が、15分足らずの時間で進行するという。救助要請をしたとしても、命を救うのは難しいように思える。

しかし、進行を遅らせるための薬も存在するという。「エピペン」というもので、アナフィラキシーを発症した時に使う、自己注射薬だ。そのエピペンの効果はどうなのか?

エピペンとは、心臓の動きを強めて血圧を上げる働きを持つアドレナリンを、自分自身に注射するためのキットです。アナフィラキシーに対するファーストエイドとしては、唯一の手段です。

ただし劇薬であり、誰もが自由に持てるわけではありません。ハチに刺された経験がある人が、エピペン処方医師の診断を受けた上で、必要と判断されたときのみ処方されます。


アナフィラキシーに対して、十分な効果を発揮するというエピペン。エピペンは保険適用の薬であり、保険診療で処方される。薬価10,213円の3割負担分と、診察料などが負担する費用となる。また使用期限は1年なので、毎年新しいものに交換しなければいけない。

やや高額であり、更新の手間も必要だが、命を落とすよりはいい。一度でもアナフィラキシーになったことがある人だったら、必ず持つべきだ。

頼りになるエピペンだが、使用に当たっては注意が必要だと小阪先生は言う。

このエピペンの難しいところは、自分で注射するということ。アナフィラキシーを発症して、打とうかどうしようか様子を見ている間に、アナフィラキシーショックを起こしてしまったら意識を失い、もはや打つことはできません。

もし発症していないときに打ったとしても、心臓がドキドキする程度です。打ちそびれて命を落とすことは絶対に避けるべきであり、処方された人がハチに刺されて体調が変だと思ったら、早目に打つことを強くお勧めします。

またエピペンは、アナフィラキシーを発症した人が医療機関で治療を始めるまでの、時間稼ぎをするための効果しかありません。症状が改善したとしてもそれで安心せず、すみやかに下山して医療機関を受診し、必要な治療を受けるようにしてください。

 

ポイズンリムーバーに効果はあるか?

ところでハチなど、虫に刺された場合のファーストエイドの定番とされるものに、ポイズンリムーバーによる毒の吸引がある。しかし、その効果には諸説ある。

毒を吸い取る効果があるとされる、ポイズンリムーバー


例えば数多くのハチに刺された患者を治療してきた故・小川原辰雄医師は、著書『人を襲うハチ』でポイズンリムーバーの使用を推奨している。いっぽう効果を実証するデータはなく、患部を刺激するおそれもあるのでおすすめできないと言う医師もいる。

ハチに刺されるのは野外での突発的な出来事であり、ポイズンリムーバーで吸引した人と、しなかった人との違いを、同一条件で比較することはできません。そのため確実に効果があるのか、そうでないかは解らないというのが実際のところです。

以下に、虫刺され治療の専門家である、夏秋優医師の著書『虫と皮膚炎』に記される、ポイズンリムーバーについてのコラムを引用しますので、参考にしてください。

ハチなどの有毒生物に刺された時に直ちに患部に押し当て、ピストンを引いて陰圧で吸引するツールである。刺咬直後であれば毒を吸い出す効果が多少は期待できるが、注入された毒液のすべてを吸引できるはずもなく、過信は禁物である。

 

真っ先に行なうべきとされていた、ポイズンリムーバーでの毒の吸引。しかしやらないよりは多少は良いかもしれない、程度の効果のようだ。

スズメバチに刺された場合のファーストエイドは、刺されたらその場を離れて安静にすること。そして最低限度の応急手当を行ない、アナフィラキシーの症状の有無を確かめること。アナフィラキシーの症状が出た場合は、早急に救助要請し、エピペンを持っている場合にはすみやかに自己注射すること。

刺された後、30分~1時間ほど安静にして全身症状が出なければ大きな問題はないが、基本は無理をせず下山したほうがいいだろう。

ハチに刺されたときのファーストエイド


とは言っても、スズメバチに刺されたときの痛みは本当に強烈で、例えアナフィラキシーを発症しなかったとしても、絶対に避けたいものだ。基本は登山中にスズメバチを見たら、刺激しないように離れて、刺されることを防ぐのが一番の対策だと言える。

これから10月中旬頃まで、スズメバチの活動が活発な期間が続く。低山や近郊の里山を歩く場合には、特に注意が必要だ。

次回は、近頃全国的に被害が広がっているマダニについて、引き続き小阪先生にお話を伺う。

 

プロフィール

木元康晴

1966年、秋田県出身。東京都山岳連盟・海外委員長。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅢ)。『山と溪谷』『岳人』などで数多くの記事を執筆。
ヤマケイ登山学校『山のリスクマネジメント』では監修を担当。著書に『IT時代の山岳遭難』、『山のABC 山の安全管理術』、『関東百名山』(共著)など。編書に『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』がある。

 ⇒ホームページ

医師に聴く、登山の怪我・病気の治療・予防の今

登山に起因する体のトラブルは様々だ。足や腰の故障が一般的だが、足・腰以外にも、皮膚や眼、歯などトラブルは多岐にわたる。それぞれの部位によって、体を守るためにやるべきことは異なるもの。 そこで、効果的な予防法や治療法のアドバイスを貰うために、「専門医」に話を聞く。

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