「“働かない人”は会社にとって不要なのか?」への超納得の回答――アリが教えてくれること

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コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚きの生態を、進化生物 学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく語った名著『働かないアリに意義がある』がヤマケイ文庫で復刊! 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力 、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――面白く、味わい深い「ムシの生きざま」を紹介する。

アリは本当に働き者なのか

イソップの「アリとキリギリス」を引くまでもなく、アリは働き者として知られています。確かに、昼休みに公園に行けば、夏の暑い最中(さなか)にたくさんのアリたちが地上を歩き回り、エサを探しています。あなたがこぼしたアイスクリームに集まってくることもあるでしょう。あぁ、こいつらもがんばってるんだ、と思ったりするかもしれません。

でも、ちょっと待ってください。ご存じのとおり、アリの巣は地下にあり、地表でエサ探しをしているものの何十倍もの働きアリが巣の中にいます。ということは、私たちは普段、「エサ探し」という仕事のために地上に出てきている働きアリだけを見ていることになります。

そりゃあ、みんな働いているわけです。しかし、地下にいるたくさんの働きアリ、そいつらもみんな働いているのでしょうか? 本当にアリは働き者なのでしょうか?

実は違います。

アリは飛ばないため、ハチに比べて観察がしやすい生き物で、巣を丸ごと飼育して観察する、という研究が昔から行われています。そういった研究により、驚いたことに、ある瞬間、巣の中の7割ほどの働きアリが「何もしていない」ことが実証されました。これはアリの種類を問わず同様です。案外、アリは働き者ではなかったわけです。

当然、「ある瞬間」だけを見ているわけですから、ずっと働いていないと断言はできません。みなさんの会社や学校でもある瞬間だけを見てみると、ある人はコーヒーを飲んでいたり、またある人は机に突っ伏して熟睡していたりと、必ずしもみんなが「働いて」いるわけではありません。

そうやって一時的に休んでいる人も、普通は再び働き出しますから、ある瞬間に働いていない人= イコールずっと働いていない人、という結論は出せません。アリも同じです。ずっと働いていないことを示すには、ある個体を継続的にずっと観察する必要があります。

ところが、巣の中のアリを個体識別して継続的に観察しても、ず~っと働かない働きアリ、という不届き者が存在することがわかっています。

私たちが、シワクシケアリというアリで行った最近の研究では、1ヵ月以上観察を続けてみても、だいたい2割くらいは「働いている」と見なせる行動をほとんどしない働きアリであることが確認されました。

京都大学の中田兼介博士の研究では、トゲオオハリアリに生まれたときに個体マーキングをして、死ぬまで観察してみても、どう働くかは個体ごとに大きく異なっており、みなが同じようなパターンで労働するわけではないことが示されました。また、一生涯労働と見なせる行動をしないアリがいることも報告されています。

こうした働かない働きアリは、エサ集めや幼虫や女王の世話、巣の修理あるいは他の働きアリにエサをやるなどの、コロニーを維持するために必要な労働をほとんど行わず、自分の体を舐めたり目的もなく歩いたり、ただぼーっと動かないでいたりするなど、労働とは無関係の行動ばかりしています。

では、こういった働かない働きアリたちは、自分がサボりたくて働かない「怠け者」なのでしょうか?

個体の運命は集団がうまくやっていけるかどうかに大きく依存しているため、自分が働きたくないから怠けている、という働きアリばかりいる巣は、巣同士の競争に負けて滅びてしまうかもしれません。働かない社員ばかりの会社がつぶれてしまうのと同じ理屈です。

厳しい競争を生き延びられる性質だけが、将来の世代で広まっていく、というのが生物進化の大原則ですから、ずっと働かない働きアリがいること自体がなんらかの有利な性質を種にもたらしているのかもしれません。このような問題も含めて社会性昆虫の研究者たちは、コロニーの維持に必要な様々な仕事を、どのような個体がどのように処理しているのか、という研究課題に興味をもつようになりました。

このような研究は、一つの巣(コロニー)を生物の体にたとえ、体の内部で物質の処理がどのように行われるかを研究する生理学になぞらえて「社会生理学」と呼ばれています。

 

ハチの8の字ダンス

社会生理学の研究は、ミツバチから始まりました。ミツバチはアリと並んで私たちの生活になじみ深い社会性昆虫で、花粉や花の蜜を集めて食料にしています。ミツバチのコロニーは1匹の女王と数千~数万匹の働きバチでなりたっており、女王は、20~30匹ものオスと交尾することがわかっています。

野生のミツバチは木のうろなどの空間に六角形の育いく房ぼうを並べた巣板を何枚かぶらさ
げ、幼虫を育てます。育房に蜜を詰めるミツバチの性質を利用し、人間は蜜を採るための家畜として彼らを飼い始めました。特にセイヨウミツバチは、はるか昔から飼育されています。

人工の巣を用意してそこに巣をつくらせ、ハチが育房に溜めた蜂蜜を回収するのです。こうしてミツバチを飼い続けたヒトは、彼らが高度に洗練された集団行動を示すことに気づいていきました。

集団を制御するためのミツバチの行動でいちばん有名なのは「8の字ダンス」と呼ばれるものでしょう。

ミツバチは花から花粉と蜜とを集めてきますが、1匹ではとても運び切れない、たくさんの花が咲いている場所を見つけると、巣に帰った後、他の働きバチのいる場所で巣板の上に8の字を描くようにクルクルと回ります。すると、周りのハチたちは興奮し始め、次々に巣口から飛び立ちます。もちろん、彼らはダンスを踊ったハチが見つけた花のもとへと飛んでいくのです。

応援のハチの数が蜜をすべて持ち帰るのには足りない場合、蜜を持って帰ってきた応援のハチたちが、さらに8の字ダンスを踊ります。すると、さらに多数のハチが蜜源に向かいます。巣に持ち帰られる蜜の量がだんだんと減少してくると、8の字ダンスを踊るハチの数が減り、新たに蜜源に向かうハチの数は減っていきます。

こうして、ミツバチは必要な数の働きバチを必要な場所に動員できるのです。

このような集団行動ができるからには、ダンスに花のある方角と距離についての情報が含まれており、最初のハチが他のハチにそれを伝えているからと考えざるを得ません。スイスの高名なミツバチ学者であるフォン・フリッシュ博士がさらに詳しく調べたところ、8の字がどちらを向いているのかが蜜源までの方角を、描かれる8の字の回数が蜜源までの距離を表していることがわかりました。

ハチは「ダンス」という情報伝達法を使うことで、コロニー全体が必要とする労働力を調達していることがわかったのです。この業績により、フリッシュ博士にはノーベル賞が贈られています。

 

働かないことの意味

コロニーがこなさなければならない仕事は様々です。女王や幼虫、卵の世話、食料集め、巣の拡張や修繕、仲間の世話など、いろいろなことをやらなければなりません。

そのうえ、仕事の一部はいつ何時、どれくらいの規模で必要になるか決まっていないのです。突発的に生じる仕事でも、こなせないとコロニーにとって大きなダメージになることもあります。

この点はヒトの社会も同じかもしれませんね。「突然舞い込んだ仕事のせいで残業だぜ」とぼやいたことのある方も多いのではないでしょうか。ヒトの社会もムシの社会も決まり切った仕事を決まり切ったスケジュールでこなせばよいのではなく、突然、予定外の仕事が湧いて出てくることがあるのです。

こういうことを生物学では「予測不可能性」といいます。われわれの生きている世界とは予測不可能で常に変動している変動環境なのです。この予測不可能性は生物の進化にどんな影響を与えているのでしょうか。アリの目線で見てみましょう。

例えばエサ探しは常に行われていますが、エサ自体は常に存在するとは限りません。多くのアリは昆虫の死骸が大好きですが、そのような資源はいつどこに現れるかわかりません。

たとえばセミは地上に現れると7日しか生きないといわれます。鳴いているセミが力尽き、ボタリと落ちる。人間にたとえると突然松阪牛の塊が落ちてくるようなものですが、それがいつ、どこに落ちてくるかは決まっているわけではありません。

落ちてきたとしても、それを見つけることができなければ食料として手に入れられないのです。だからアリはいつもエサ探しをする個体を巣の周りのエリアに多数出動させ、突然現れるエサ資源を見逃さないようにしています。

アリが働き者であるという俗信は、私たちが、エサを探し求めて歩き回っているワーカーばかり見ているからこそ生まれてきたのです。

もちろん、たくさんの働きアリが探し回っているときほど、エサが現れたときに見つけることのできる確率は高まります。では、エサを見つける効率をあげるために、手の空(す)いた個体すべてがエサ探しに参加するべきなのでしょうか?

もちろんそうではありません。大きなエサが見つかれば多数の個体で回収しなければなりませんが、すべての個体が働いていて手の空いた個体がいないと、エサを回収するためのメンバーを動員することができませんから。

エサの出現以外にも突発的に生じる仕事はたくさんあります。例えば巣の修繕などはいつ必要になるかわかりません。みなさんも子どもの頃、アリの巣穴に土をかけて埋めたことがありませんか? いたずらな人間の子どもがいつ来るかはわからないのです。

変動環境のなかでは、「そのとき」が来たらすぐ対応できる、働いていないアリという「余力」を残していることが、実は重要なのかもしれません。

※本記事は『働かないアリに意義がある』を一部掲載したものです。

 

『働かないアリに意義がある』

今の時代に1番読みたい科学書! 復刊文庫化。アリの驚くべき生態を、進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。


『働かないアリに意義がある』
著: 長谷川 英祐
発売日:2021年8月30日
価格:935円(税込)

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【著者略歴】
長谷川 英祐(はせがわ・えいすけ)

進化生物学者。北海道大学大学院農学研究員准教授。動物生態学研究室所属。1961年生まれ。
大学時代から社会性昆虫を研究。卒業後、民間企業に5年間勤務したのち、東京都立大学大学院で生態学を学ぶ。
主な研究分野は社会性の進化や、集団を作る動物の行動など。
特に、働かないハタラキアリの研究は大きく注目を集めている。
『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)は20万部超のベストセラーとなった。

働かないアリに意義がある

アリの巣を観察すると、いつも働いているアリがいる一方で、ほとんど働かないアリもいる。 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――。 コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚くべき生態を、 進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。

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