冬を前にやってくる、招かれざる客|北信州飯山の暮らし

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日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から森と山を行き来する日々の暮らしを綴ります。第22回は、越冬場所を求め現れる大量の…カメムシの話。

文・写真=星野秀樹

 

 

「今朝、トイレであいつを見たよ。」ある日突然、怯えたように、かみさんが言う。
「うん、俺も。洗面所にも一匹いるのを見た。」と答える。
周囲の山々は美しい紅葉に彩られ、あれだけ猛威を奮っていた雑草が勢いをなくし、北アルプスの高峰からは初冠雪の便りが届く、そんなころ。
「ああ、いよいよアイツらの季節がやって来たね…。なんて恐ろしい…。」
また今年も、あの冬の使者がやってくる。山間の平和なこの村を、恐怖と不快のどん底に叩き落とす、招かれざるモノたち。昆虫の姿に身を宿し、あらゆる隙間から家屋へと侵入し、不快な悪臭を放って生きとし生けるものたちを絶望へと導く悪の化身ども…!
人々はそれを、屁くさ虫(カメムシ)と呼ぶ。

その姿は日に日に数を増して行く。始めのころは少し大きめのクサギカメムシが。やがて小さなスコットカメムシとテントウムシが加わると、いよいよ本格的なシーズン到来だ。晩秋の日差しが暖かい日となれば、多量のカメムシが飛び交い、越冬場所を求めて家屋への侵入を開始する。
窓が、壁が、何十匹ともしれない虫たちに覆われる。洗濯物も、車も、犬もムシだらけ。
そもそも樹皮の隙間などで越冬するらしいが、やはり家屋も快適な寝ぐらのようだ。窓を閉めていても関係ない。サッシの隙間や、板壁の間から、容赦なく次々と侵入してくる。
晩秋の麗かな日差しの下、美しい紅葉の山々を望む窓は忙しげに動き回る多量のムシたちに占領され、景色を眺めるどころか、むしろ目を背けたい感じ。
しかし本当に不快なのはこれからだ。
越冬地を求めて入って来たはずなのに、家の中の暖かさに活気づき、冬眠どころか覚醒する。
特に薪ストープを焚く部屋は、冬の間中毎晩、多量のムシたちの大乱舞会場になる。しかも、なんの前触れもなく飛ぶのをやめて、食卓に落ちてくるからたまらない。勝手に落ちてきて何が不満か知らないけれど、とにかく臭い屁をこく。味噌汁も、おかずも、コーヒーも、カメムシ臭にやられて台無しだ。おいおい、焼酎のカップの縁を行くときは特に注意して!ほら、酔っ払いじゃないんだから足元しっかり!って言っているのに落ちちゃった…。

 

 

ヤツらは持ち物にも侵入する。打ち合わせに向かう新幹線で、東京で乗り換えた山手線で、明らかに自分が連れてきたであろうカメムシが、車両内を闊歩している姿を見ることがある。高校の修学旅行で沖縄に行った長男の荷物からも、やはりヤツらは現れたという。
しかし中には運のない可哀想な連中もいる。テントなど僕の山道具の中に潜りこみ、温い春を待っていたはずなのに、目覚めたそこは寒い雪の山。哀れ、二度と来ぬ春を夢見ながら、雪山の餌食となって消えていく…。

もちろん家屋は彼らの越冬地だから、春になったらぞろぞろと出ていく。礼も言わずに屁をこいて。
5月初旬になると秋同様に、家の窓もカーテンもまたもやカメムシだらけとなり、悪臭漂う民族大移動が始まる。びっくりするのは朝の窓際の廊下だ。何十匹ものカメムシがざらざらと転がっている。寒くて死んだのかと思ったら、日中の陽気で覚醒し、ぞろぞろ、ざわざわと動き出した。移住してきた最初の春、面倒なので全部掃除機で吸ったら悪臭の逆噴射が巻き起こり、以降、ほうきで外に掃き出すようにしている。

我が家に侵入してくるのは、カメムシやテントウムシだけではない。春が進むにつれてカマドウマ(便所コオロギ)が大量発生し、これもかなり気持ちが悪い。気温が上がるにつれてハエ、アブの季節となり、やがてハチが現れる。例年キイロスズメバチなど小型のスズメバチが入ってくるので強力な殺虫スプレーで対処しているが、年によっては家の敷地内の巣を除去しなくてはならず、これにはなかなか苦労させられている。
気づけは一年中ムシに取り囲まれて暮らしているわけで、明らかにムシの種類で季節の移り変わりが分かる。これを風流なんていうほど僕はムシ好きではないけれど、とにかくこれもまた、都会暮らしにはない「山村らしさ」であることに違いない。

 

 

●次回は12月中旬更新予定です。

星野秀樹

写真家。1968年、福島県生まれ。同志社山岳同好会で本格的に登山を始め、ヒマラヤや天山山脈遠征を経験。映像制作プロダクションを経てフリーランスの写真家として活動している。現在長野県飯山市在住。著書に『アルペンガイド 剱・立山連峰』『剱人』『雪山放浪記』『上越・信越 国境山脈』(山と溪谷社)などがある。

ずくなし暮らし 北信州の山辺から

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