スノーシューで繰り出す“桁外れ”の大雪原 長野県・美ヶ原

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

標高2000m前後、600haにわたる美ヶ原。深田久弥が賞賛した高原にて、冬ならではの魅力をじっくり味わうべく、スノーシューで歩き回った。

文=小野泰子 写真=花岡 凌 モデル=山下舞弓(ジオット)

文=小野泰子 写真=花岡 凌
モデル=山下舞弓(ジオット)

美ヶ原を見守る、美しの塔。奥にはホテルや電波塔が立つ最高地点の王ヶ頭が

この広々とした雪原に、私たちは息を飲むしかなかった。そう、美ヶ原の広さは〝桁外れ〟という言葉がしっくりくる。標高2000m前後に600haにおよぶ台地が横たわっているのだから。

「広濶な山上の草原が、果てしもないように続いている。さあ、どこでも勝手にお歩きなさい、といった風に続いている。」

随筆家、登山家などさまざまな肩書をもつ深田久弥が著書『日本百名山』のなかでこのようにつづっているが、夏山シーズンよりも、白一色に塗られた冬季はいっそうの広がりを見せつけていたし、大地を思いっきり歩き回りたい衝動に駆り立てた。

***

すっきりと空が晴れ渡ったこの日、訪れたのは私とモデルの山下舞弓さん。日帰りで充分楽しめるコースながら、深田も称えた大地をゆっくり、じっくり満喫すべく、王ヶ頭ホテルが開催する1泊2日のガイド付きスノーシュー教室に参加することに。スノーシューはふかふかの雪に覆われた、傾斜が少ないフィールドを闊歩するのにもってこいのアクティビティで、美ヶ原はまさにうってつけ。登山ガイドの山﨑邦彦さんの案内で、今回は1日目に「美しの塔」方面、2日目に「王ヶ鼻」方面を散策する。

まずは、ホテルの玄関先でスノーシューの履き方や歩き方を教わる。左右のスノーシューがぶつからないように足幅を広めにとりつつ、かかとを引きずるように進むのがコツだ。準備ができたら、美ヶ原のシンボルである美しの塔に向かってなだらかな斜面を下っていく。山下さんは美ヶ原でのスノーシューは2回目で、前回は天気に恵まれなかったそう。リベンジとなった今回は澄んだ青空のもと、まっさらなパウダースノーに足跡を残しながら、終始、笑みが絶えない。

木々の間をスノーシューで縦横無尽にハイク

前方にどっしりと鎮座するドーム型の浅間山。視線を右へずらすと秩父の山々、八ヶ岳、そして富士山が頂を白く染め、たたずんでいる。翌日訪れる王ヶ鼻からは日本アルプスが一望のもと。美ヶ原全体で、日本百名山のうちの41座が眺められるというから壮観この上ない。ここは広さだけでなく、眺めのよさも特筆すべき場所なのだ。

山﨑さんの先導で、夏山コースを外れ、牧場のなかを進んでいく。視界不良時には道迷いの心配があるため、スノーシュー教室ならではのルート取りといえる。5月から10月にかけ、3 0 0頭ほどの牛たちが草をはみ、牧歌的な光景が広がるが、今はただただ静寂な雪景色が視界を占めていた。

八ヶ岳をバックにひと休み

ダケカンバやオオシラビソ、ウラジロモミやツガなどの樹林帯に入ると陽光を受けた霧氷が頭上できらめいている。しばらくすると、雪面を波打つかのごとくシュカブラ(風紋)が形成された一帯に出て、雪の砂漠に立っているような錯覚に。こういった自然の造形美は見ていて飽きるはずがない。

ゴールの美しの塔にやってきた。3日に一度は霧が発生するといわれる一帯。これは遭難対策として霧鐘を備えた石造りの塔で、高さは約6m。美ヶ原のシンボルとして1954(昭和29)年以来、ハイカーを見守り続けている。

「登りついて不意にひらけた眼前の風景にしばらくは世界の天井が抜けたかと思う。」

美ヶ原を愛し、こう表現した自然詩人・尾崎喜八の詩『美ガ原熔岩台地』が塔の南面に刻まれ、日本一大きな文学碑であることも書き記しておきたい。

緩やかな斜面をダッシュで駆けおりる。緩急つけたスノーシューの遊び方

振り返ると緩やかな起伏のなかに私たちのトレースがくっきりと浮かび上がっていた。歩行時間はわずか2時間ほど。時間にすると短いが、それ以上の満足感が胸中にあった。ここからは、ぶわっと雪煙を上げながら近づいてきた迎えの雪上車に乗り込み、ガタゴト揺られながら一路ホテルへ。なかなかできない南極観測用雪上車の乗車体験も、この教室を強く印象付ける。

雪上車に乗るのは初めての体験

王ヶ頭ホテルはその名のごとく、美ヶ原の最高峰、王ヶ頭にあり、展望が抜群。客室も浴場も大きなガラス張りで、各方面の山並みが眺望できる。日没時には東の空が薄い紫やピンクに染まる「ビーナスベルト」が眼前に。やわらかな色調の自然現象は一日の終わりにふさわしい。刻一刻と変わる色に山下さんはすっかり心を奪われたようで、じっと空を見つめていた。

ビーナスベルトが八ヶ岳の山容を極立たせる

そうこうしていると、お待ちかねの夕食タイム。信州食材をふんだんに使った料理が次々とテーブルに運ばれてくる。信州サーモンと焼き野菜のサラダはバーニャカウダソースが味を引き立てる。イワナの塩焼き、牛フィレ肉のステーキなども登場し、お腹と心を満たす。心地よい空間とおいしい食事、そしてにこやかに対応してくれるスタッフ。これらはリゾートステイに不可欠だ。

自慢の懐石料理に舌鼓を打つ

ホテルの隠れた名物「霜の花」。窓ガラスに美しい霜の結晶がお目見え

翌朝目覚めると、前日と打って変わり、一面すっぽりと白いガスに包まれていた。少しでも好天になることを期待しつつ、スノーシューを履き、ゆっくり1時間ほどかけて尾根の突端部にあたる王ヶ鼻へ。途中のカラマツ林では、枝から垂れ下がった糸状のコケ、サルオガセがもっさりと雪をかぶり、どこか幽玄な雰囲気を醸している。その一方で、ニホンジカによる激しい剥皮被害を目の当たりにし、山は深刻な状況であると痛感するのだった。

とろろ昆布を思わせるコケ、サルオガセを撮影する山下さん

王ヶ鼻に着くと、霊峰・御嶽山に顔を向け、いにしえからの石仏群が並んでいた。一瞬、雲の隙間から青空がのぞき、眼下に松本市街をとらえる。快晴であれば、ここから南北、中央アルプスが一望のもとだそうで、残念……。

雪に埋もれた王ヶ鼻の石仏群

同じルートをホテルへと引き返しながら、「どこでも勝手にお歩きなさい」という深田のフレーズが脳裏をよぎった。大地の懐の深さを実感させるなぁ。またいつか「桁外れの大雪原」を歩きに来ようと思った。心を開放してくれるかのごとく広がる、白銀の大地を再び闊歩したい! その思いは山下さんも同じだった。

(取材日=2021年2月3~4日)

大の字に寝転がり、教室はフィニッシュ!

 

コースガイド

眺望に長け、雪山入門にふさわしい
なだらかな大地をスノーシューで

標高2000m前後に位置する美ヶ原は、600haにわたって台地状に広がり、美ヶ原台上の別名をもつ。「アルプスの展望台」とも呼ばれ、南北・中央アルプスはもとより、八ヶ岳連峰、御嶽山、浅間山、妙高山なども視界に映り、大パノラマに心が躍る。

美ヶ原の最高地点は王ヶ頭で、王ヶ頭ホテルのすぐ西に山頂の石碑が立つ。ややアップダウンのある尾根をさらに西へ進むと突端の王ヶ鼻にたどり着く。また、王ヶ頭から高低差のほぼない牧柵沿いの遊歩道を東へ向かうと美しの塔に出る(ルポのスノーシュー教室では、ガイドの案内のもと、遊歩道の北にある牧場を横断)。雪山入門として、スノーシューで雪に慣れるにはぴったり。

 

スノーシューの適期

1月上旬~3月中旬

参考コースタイム

■日帰りプラン
山本小屋ふるさと館 ⇔ 王ヶ鼻 計3時間30分

■1泊2日プラン
1日目 王ヶ頭ホテル ⇔ 美しの塔 計1時間40分
2日目 王ヶ頭ホテル ⇔ 王ヶ鼻 計1時間10分

アクセス

[公共交通機関]冬季はバスの運行なし。タクシーの利用不可。山本小屋ふる里館の宿泊者は、冬季はJR中央本線上諏訪駅・岡谷駅、和田宿駐車場から、王ヶ頭ホテルの宿泊者はJR松本駅、美鈴湖駐車場から、無料送迎バスを利用可

[マイカー利用]長野道岡谷ICから国道142号、県道178号(凍結注意)経由で約1時間30分、山本小屋ふる里館前に町営駐車場あり(無料、60台) ※王ヶ頭ホテルの宿泊者は、周辺道路が通行止めになるため、美鈴湖駐車場(無料、50台)から無料送迎バスを利用

アドバイス

ホワイトアウト時は道迷いに気をつけたい。牧柵に沿って歩いたり、美しの塔や王ヶ頭の電波塔を目印にしたりするとよい。地形が平坦で、風当たりが強く、防風、防寒対策を怠らないように。日帰りの場合は山本小屋ふる里館が起点になる。

問合せ先

王ヶ頭ホテル https://www.ougatou.jp/
山本小屋ふる里館 http://furusatokan.jp/

2万5000分ノ1地形図

山辺・和田

山と溪谷2021年12月号より転載)

関連記事:

スノーシューで雪山を楽しもう 厳選!スノーシューエリアガイド

雪原歩きを楽しむスノーシューハイキング 関東・関西おすすめコースガイド

Yamakei Online Special Contents

特別インタビューやルポタージュなど、山と溪谷社からの特別コンテンツです。

編集部おすすめ記事