リスは冬眠前に「干しきのこ」をつくっている…! きのことリスの謎だらけの関係

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「世界中の誰よりもきのこに詳しかった"きのこ博士“の名著」藤井一至氏(土の研究者)推薦!
「地上に平和をもたらしたのは、きのこだったのだ」小倉ヒラク氏(発酵デザイナー)推薦!

きのこ学の第一人者、故・小川真氏がのこした名著『きのこの自然誌』。世界中のきのこを取り上げながら、きのこの不思議な生き方やきのこと人との悲喜こもごもについて語る「魅惑のきのこエッセイ」です。文庫化を記念して、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第4回は、きのこをもりもり食べるシマリスの話。

 

お腹を空かしたチップモンク

「今日もライス・ボールか」とボブがウィンクする。ライス・ボールとはわが日本のおにぎりのことである。アメリカのカスケード山脈の麓にあるダグラスファー林が私たちの仕事場で、毎週きのこを調べに通っていた頃の話である。

大陸の五月の空はぬけるほどに青く、高さ七〇メートルをこす大木が天をついて立ち、しんと静まりかえった森のなかで虫の羽音だけがうなっている。陽だまりの大きな切り株に腰を下ろして、弁当をひらくと、きまって横のブルー・ベリーのしげみがかさこそと鳴る。

見ると、小さな毛糸玉のような北米大陸のシマリス、チップモンクが口をもぐもぐさせながら、細い枝でブランコをしている。春先のことでえさもないのか、パン屑をひろいに来たらしい。

このあたりにはチンカピンというクリの一種の硬い実とマツの実以外およそリスのえさになりそうなものはない。この大森林地帯は十二月初めから四月末まで雪にとざされているので、冬眠からさめたシマリスのおなかはペコペコに空いているはずである。

雪どけの林のなかを歩いてゆくと、ふいにボブが立ちどまり、持っていたレーキで落葉をひっかき、ガリガリと土を掘る。地面に顔をくっつけんばかりに、大きな体を折り曲げて、何かを探している。

しばらくすると、だいじそうに小さな土くれをつまみ上げた。それは土の中にできるきのこで、腹菌類や子のう菌類の仲間である。地上に顔を出さないので、見つけるのがむずかしく、まだよく知られていないものが多い。

「いかにして見出すや」とたずねると、「このピットをみな。チップモンクが掘った跡だよ」という。よく見ると、ステッキでついたような小さな穴が点々と見つかる。ボブはシマリスのとりこぼしのきのこをひろっていたのである。

彼の先生のトラッピさんは土の中にできるきのこを探して世界じゅうを歩いている。およそ音楽家らしくない風体でビオラのケースを持っているから、時どき税関にひっかかる。税関吏が麻薬か銃がはいっていると思い、力んであけるが、きのことりのレーキと汚れた下着がつまっているので、がっかりするらしいと笑っていた。日本にも探しに来たが、残念なことにこの仲間の菌は少なく、めぼしいものはなかったらしい。

数年前、アラスカへきのことりに出かけた。八月なかばでもタイガの森林は秋のように涼しく、どこへ行ってもベニテングタケやイグチ、チチタケの仲間が蹴とばすほどに出ていた。昼休みに立ち寄った湖のそばのアスペンの林でリスのきのこ狩りに出くわした。

倒れた朽ち木の上でシマリスが黄色いベニタケの仲間のきのこをかじりながら、あと足で立ち、こっちを見ていた。少し離れた所でも同じきのこをかじっているシマリスがいたが、シャッターを押した途端、パッと逃げだした。

一匹はきのこを放り出したが、もう一匹はしっかりとくわえたまま、トウヒの木立ちに消えた。シマリスのいた所へ行ってみると、歯がたのついたきのこが散らばっていたが、かじられていたのは一種類だけで、近くにあったキツネタケやベニテングタケは無傷のままだった。

こんなことがあってからブラーの『菌の研究』という一九三〇年頃に出た本を見ると、リスのきのこのたべ方が実にくわしく書いてあった。北米にいるアカリスはきのこを常食にしているのかと思うほどよく食べるという。

冬眠からさめると、土の中のきのこを掘り出して食べる。春先のシマリスやキネズミの仲間の胃のなかはほとんどきのこでつまっているほどである。

うまくしたもので、胞子ができないあいだは匂いが出ないが、胞子が熟してくると、匂いがするので、リスが見つけるのだという。熟した胞子はリスやネズミにたべられて運ばれ、糞になってばらまかれるらしい。

草や木の芽がふき、実がなりはじめると、菌食からしだいに雑食に変わる。北の方のリスたちは夏のあいだに食糧を貯えなければならず、きのこも大切な食糧源である。アラスカのシマリスが運んでいた黄色いきのこもこの貯蔵食糧であったらしい。

冬、乾燥して凍るカナダやアメリカの北部では、リスがきのこを貯えるが、暖冬で湿度の高いイギリスではくさりやすいので、この習性がないという。おそらく、日本のリスも同じだろう。

アカリスはキツツキの穴や木のうろ、枝のあいだにきのこを運びあげてつめこむ。時に空き別荘や廃屋の屋根裏などに貯えることもあり、多いときには二〇〇本をこえることもあるという。主なものはベニタケとイグチの仲間で、有毒のベニテングタケや硬いきのこはない。木の実と一緒に貯えている例がまれだというのもおもしろい。

また、モズが木の枝にカエルの干物をつくるように、トウヒの小枝の股にきのこのひだが下を向くようにひっかけ、風や雪で落ちないようにして干しきのこをつくる。いくつもつるして、冬のあいだに出て来てえさにするというが、雪の深さを知っていて、必ず、一定の高さにつるしている。本能とはいえ、よくしたものである。

リスの仲間にはえさの七七パーセントがきのこだというのもおり、たべる種類は数十にもなる。きのこの栄養価は高く、きのこで飼われたリスはよく育ったが、きのこをやらなかったものはやせて死んでしまったという実験もあるほどにリスときのこの関係は深い。シロアリのように蟻塚をつくってきのこを栽培するところまではゆかないが、リスは人間並みのきのこ狩りの名人であるらしい。

近頃、きのこをたべていれば、癌にもかからず、血圧も下がり、長生きできるという菌食のすすめが広まっている。アラスカのフェアバンクスやカナダのマニトバの森のなかには無病息災、不老長寿のシマリスやアカリスがいるかもしれない。

 

※本記事は『きのこの自然誌』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『きのこの自然誌』

ひそやかに光るきのこ、きのこ毒殺人事件、ナメクジは胞子の運び屋…
きのこ学の第一人者による魅惑のきのこエッセイ。


『きのこの自然誌』
著: 小川 真
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【著者略歴】

小川 真(おがわ・まこと)

1937年、京都生まれ。1962年に京都大学農学部農林生物学科を卒業、1967年に同大学院博士課程を修了。
1968年、農林水産省林業試験場土壌微生物研究室に勤務、森林総合研究所土壌微生物研究室長・きのこ科長、関西総合テクノス、生物環境研究所所長、大阪工業大学客員教授を歴任。農学博士。「森林のノーベル賞」と呼ばれる国際林業研究機関連合ユフロ学術賞のほか、日本林学賞、日経地球環境技術賞、愛・地球賞、日本菌学会教育文化賞受賞。2021年、没。

ヤマケイ文庫 きのこの自然誌

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