実は危険な秋山登山。遭難事例からリスクを考える

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紅葉のシーズンを迎えて、登山計画を立てている人も多いことだろう。しかし、秋山は遭難が多い季節でもあり、今秋も事故が多発している。2021年秋に発生した事例を振り返りながら、秋山で注意すべきポイントを考えてみよう。

文=野村 仁

天気が悪化すると様相が一変する秋の高山帯
(白馬岳天狗原付近/写真=熊野淳司)

 

秋が深まり、低山でも遭難が増加

秋山シーズン最盛期です。高山の紅葉はピークを過ぎ、1000~2000m級の中級山岳へと紅葉が移ってきました。登山者も、都市近郊から1~2日で行けるエリアへと活動を移していくでしょう。

この時期の遭難は、北・中央・南アルプスや八ヶ岳、北海道の高山で起こるものと、都市近郊のエリアで起こるものがあります。季節が進むにつれて、都市近郊エリアでの遭難のほうが多くなっていくでしょう。首都圏でいえば、奥多摩、奥武蔵、丹沢のようなエリアでは、例年10~11月は遭難の多発する季節になっています。

昨年の事例をいくつか挙げて、秋山登山のリスクについて考えてみましょう。

 

事例1 白馬乗鞍岳 悪天候/低体温症 (死亡)

10月22日、日帰り予定で栂池ロープウェイから白馬乗鞍岳へ入山した57歳男性が下山中に遭難し、深夜2時20分ごろ、「寒さで体が動かない」などと救助要請しました。早朝から長野県警大町署の山岳救助隊などが捜索したところ、正午過ぎに山頂から約500m下りたところで発見し、その場で死亡が確認されました。現場付近は約30cmの積雪があり、男性は雪をかぶった状態で発見されました。

[解説]
当日は悪天候だったと推定されますが、行動可能な程度の悪天候だったから出発したのでしょう。しかし、下山時刻が遅れたため本格的な悪天候につかまってしまい、下山不可能な状況に陥ってしまいました。悪天候によるこのような遭難は、昔から「気象遭難」といわれてきました。気象遭難を防ぐには、「悪天候のときは登らない」ということに尽きます。展望も期待できない悪天候なら、撤退のタイミングを考えながら行動しましょう。本事例なら天狗原までの往復か、栂池自然園の散策など、計画を縮小してゆっくりと山の雰囲気を楽しむのが安全だったと思います。

なお、一部の報道で発見場所を「山頂から北東約500m」としており、このとおりだと下山時に北東尾根へ直進しすぎて、正規ルートを外れたことも考えられます。道迷いのため下山に時間がかかって、悪天候から逃げ遅れたのかもしれません。悪天候下では、道迷いのリスクも高くなってしまいます。

 

事例2 日向山/尾白川渓谷 滑落 (死亡)

10月22日朝、日向山(南アルプス甲斐駒ヶ岳前衛)へ登山に出かけた67歳男性が帰って来ないと、山梨県警北杜署に通報がありました。男性は21日5時ごろ自宅を出発し、尾白川渓谷駐車場から入山しました。12時30分ごろ、家族に「登頂した。昼食後に下山を始める」とLINEで伝えたのを最後に、連絡がとれなくなりました。23日13時過ぎ、工事関係者から「尾白川の滝つぼに人が浮いている」と通報がありました。北杜署山岳救助隊が遺体を収容し、遭難した男性であることが確認されました。

[解説]
甲斐駒ヶ岳山麓にある尾白川渓谷は、南アルプスのなかでも遭難事故の多いところです。初級者や子どもだけでなく、ベテランの登山者も滑落事故や道迷い遭難を起こしています。最奥の不動滝からは、日向山への登山ルートが通じていましたが、途中2カ所で崩落があって、本事例当時は通行止めになっていました(現在も通行止めのままです)。この男性は、駐車場から日向山へ往復し、下山後さらに尾白川渓谷に向かったと推定されます。当時、渓谷入口の吊橋から千ヶ淵上部までの渓谷道は工事中でした。工事関係者が発見したということですから、千ヶ淵からさほど遠くない場所で滑落したのでしょう。

渓谷沿いの登山道は滑落危険箇所が多く、厳重な注意が必要です。山梨県のグレーディング表には尾白川渓谷ルートがありませんが、技術グレードは「C」(中級)に該当すると思います。手軽なハイキングルートと考えて行くべきではありません。

 

事例3 比良山地 道迷い? (死亡)

11月7日に単独で比良山系へ入山したとみられる29歳男性が、休日明けの8日、会社に出勤せず、家族とも連絡がとれなくなりました。9日深夜1時ごろ、家族が警察に捜索願を出しました。男性は登山届を出していませんでしたが、業務用携帯電話のGPS情報を会社が調べたところ、北比良峠で反応が確認されていました。同日朝から県警、各地の山岳遭難対策協議会、ボランティアの民間救助隊が捜索しましたが、発見できませんでした。

約9カ月後の2022年8月12日、登山者が金糞峠南方の青ガレ付近で人骨を発見し、近くに紺色系のザックが見つかりました。同31日、滋賀県警大津北署は、見つかった頭蓋骨などの人骨は行方不明だった男性のものと発表しました。

[解説]
本事例のように、生活圏に比較的近い山であっても、遭難者本人が、①登山届などの行動情報を残していない、②早期に死亡してしまい本人からの反応が得られない、さらに、③正規の登山ルート上にもいない場合には、発見の可能性は低くなってしまいます。この事例は、どういう原因で遭難したのか、滑落、落石、道迷いなのかも不明です。捜索は北比良峠を中心に行なわれたと推測されますが、(公開された情報ではありませんが)人骨は青ガレ北方で発見されたもようです。正規ルートは南側を通っていますので、男性は青ガレでルートを誤って北側に進んでしまい、何らかの(落石、滑落のような)事故に遭って動けなくなったのかもしれません。「登山届を出しましょう」というのが、本事例の最大の教訓です。警察に出さなくても、家族や親しい友人に知らせておくだけでも、遭難発生後の展開はまったく違います。

 

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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