コロナ以前の事例を中心に、年末年始の遭難パターンを振り返る

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雪山で年越しをする登山者で山がにぎわう年末年始。首都圏近郊の山などでも、冬休みを利用したハイキングに出掛ける人が増える時期だが、毎年少なくない数の山岳遭難が起きている。コロナ前の事例を中心に、年末年始の事故のパターンを見てみよう。

文=野村 仁

目次

年末年始の雪山に登山者戻る?

年末年始の天気予報が発表されています。冬型は一時的で全般に暖かな年末年始になるとのこと。31日は低気圧が通過し、1日は太平洋側で天気が回復するという予報です。厳冬期ですが登頂のチャンスもありそうです。この時期の雪山登山はなんといっても天気が決め手になります。しっかりと気象条件を把握して山に向かってください。

ここ数年(20~22年)はコロナ禍の影響で、年末年始の雪山をめざす人は小数でした。今年からは本格的雪山への意欲が戻ってくるかもしれません。コロナ禍の影響が少なかった2019/20年以前の事例を中心に見直してみましょう。

事例1:西穂高岳で道迷い遭難の末死亡【悪天候】

2019年12月30日午後4時35分ごろ、北アルプス・西穂高岳に登った男性(29歳)から「道に迷った」と宿泊先の山荘を通じて岐阜県警高山署に連絡があった。同日は日没のため捜索できず、31日に県警山岳警備隊が救助に向かったが悪天候のため中断。1月1日午前8時35分ごろ、西穂山頂付近で男性が倒れているのを岐阜県警ヘリが発見したが、すでに死亡していた。死因は凍死。男性は山頂から山荘に戻る途中で迷ったとみられる。

[解説]
過去の天気図をチェックすると、30日は低気圧が接近中で天気は下り坂でした。男性が登頂したときはすでに悪天候で、山頂から下る尾根を間違えて引き返すなどで時間を浪費したのではないでしょうか。3000m級の稜線では雪洞を掘る以外、悪天候に耐えることは難しいと思います。男性も丸一日の悪天候をしのぐことができませんでした。雪山の悪天候は本当に怖ろしいです。

2019年12月30日の天気図
(出典=気象庁「日々の天気図」)

2019年12月30日の天気図

30日(月)全国的に雨や雪
全線の影響で沖縄~東日本は雨や雪。和歌山県潮岬では47mm/1hの激しい雨。東北も午後には雨や雪。日本海北部の低気圧が接近した北海道は夜に所々で雨や雪。

穂高岳山頂への稜線は岩稜が連続する
穂高岳山頂への稜線は岩稜が連続する(写真=TMV004さんの登山記録より)

事例2:雪庇を踏み抜いて転落、行方不明【雪庇】

2019年12月30日午後1時30分ごろ、北アルプス・剱岳の早月尾根(約2600m付近)で、天候悪化のため引き返していた男性(46歳)が滑落して行方不明になった。同行の男性(27歳)も雪庇を踏み抜いて約50m滑落したが、自力で登り返してルートへ戻った。もう1人の女性(49歳)は無事だった。当時、現場は吹雪で視界がわるかった。31日はヘリが飛べず、地上からの捜索でも見つけることができなかった。1日午前8時ごろ、早月小屋に避難していた同行者の男女2人を富山県消防防災ヘリで救助。残る男性は6日で捜索が打ち切られ、同年4月に遺体が発見された。

[解説]
早月尾根は標高2600mより上部が核心部で、このパーティは核心部手前で退却するという安全な手段をとりました。しかし、雪庇を誤って踏み抜く事故が発生してしまいました。雪庇は急峻な場所には発達しにくいですが、稜線の比較的緩やかな箇所に発達しやすく、風雪時は絶えず雪庇の側へ押しやられる風圧を受けます。歩行中は常に雪庇を警戒して危険箇所を意識的に避けていく必要があります。実際に歩いている稜線上からでは雪庇の位置を見分けることはできませんから、非常にやっかいな存在です。この事例のような状況は、悪天候のために雪庇踏み抜きのリスクが非常に高くなっていたといえます。

早月尾根上部周辺
早月尾根上部周辺

事例3:富士山八合目から六合目まで滑落【滑落】

2017年1月1日午後1時30分ごろ、富士山の山梨県側八合目付近で、単独で登っていた男性(37歳)が滑落した。目撃した登山者が通報し、山梨県警ヘリが約3時間後、六合目付近の沢で男性を発見・救助した。男性は心肺停止状態で病院へ搬送されたが、2日未明に脳挫傷のため死亡した。その後、通報者の男性(45歳)も滑落して、須走口本七合目付近で静岡県警ヘリにより救助された。左足を打撲しており軽傷だった。さらに、上記救助活動中に山梨県警ヘリが六合目つばくろ沢付近に倒れていた男性(58歳)を発見した。2日に収容され、外傷性くも膜下出血による死亡が確認された。

[解説]
2016~17年の年末年始は冬山遭難が多発して、それまでの統計開始以来の最多ということでした。天候に恵まれ、入山者が増えたことが要因というのですから皮肉なことです。 富士山では元日に上記の3件、5日に1件の滑落事故があって、3人が死亡しました。事例に挙げた37歳男性は八合目から六合目まで滑落したのですが、単純に地図で計測すると、水平距離にして約1900mになります。積雪期の富士山の危険性がよくわかります。このような本格的雪山で滑落を防ぐには、ただただ自分のピッケル、アイゼンの技術を確実に使ってゆくしかありません。当日の天気は大陸の高気圧に覆われて絶好の登山日和だったのです。冷え込んで積雪表面は硬く氷化していたと想像されます。

2017年1月1日の天気図
(出典=気象庁「日々の天気図」)

1日(日)穏やかな元日
気圧の谷の影響で北陸~北日本の日本海側で雨や雪となった所もあったが、高気圧に覆われほぼ全国的に晴れ。冷え込んだ北海道東部以外は最低・最高気温共に平年並みか高め。

富士山山梨県側
富士山山梨県側
五~六合目付近から山頂を望む
五~六合目付近から山頂を望む(写真=サトゥさんの登山記録より)

事例4:奥多摩・酉谷山で道迷い?【道迷い・滑落】

2022年1月2日午前11時ごろ、奥多摩・酉谷山の山頂から北西約1.5㎞の山林内で、埼玉県警秩父署の山岳救助隊員が斜面に倒れていた男性(70代)の遺体を発見した。男性は12月30日に大血川溪流観光釣場に駐車して、東谷から酉谷山をめざした模様。翌1日午前には、男性が帰宅しないと家族から届出があった。標高940m地点の崖の中腹で発見され、尾根から約30m滑落したとみられる。

[解説]
コロナ禍以後、年末年始に本格的雪山ルートをめざす登山者は減少し、雪山登山者の遭難も少なくなりました。それに代わって都市圏に近いエリアでの遭難のほうが多くなっています。本事例の男性は上級者と推測されますが、雪山ではなく近郊エリアの上級者ルートに登って遭難しました。

酉谷山は奥多摩でも最も山深い位置にあるため、奥多摩側から登るにはハイレベルな体力が必要になります。それに対して、奥秩父側の大血川から比較的短距離で登れるのが、熊倉山~酉谷山の縦走路(これも上級者向き)に合流する本ルートでした。しかし、遭難事故が多発したため、このルートは17年ごろから登山禁止になっていたようです。遭難男性が登山禁止の情報を知っていたかどうかは不明です。ルート上には岩場があって巻き道がついているはずですが、下降時に巻き道を見落として直進すると岩場の難所の上に出てしまいます。戻る判断ができればいいですが、そのままルート上だと思って直進すると非常に危険です。このような危険を避けるには、懸垂下降ができるロープの用意をしていくことが確実な方法です。ネット上に多い情報を無批判に信用せず、ルートのグレードを正確に把握することが重要です。

酉谷山・奥秩父側の遭難発生地点
酉谷山・奥秩父側の遭難発生地点

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この記事に登場する山

長野県 岐阜県 / 飛騨山脈南部

西穂高岳 標高 2,909m

 穂高連峰の南端にあり、さらに南へ続く稜線は焼岳に至る。東側は上高地の谷を隔てて霞沢岳と向かい合い、西側は蒲田川の新穂高温泉を挟んで笠ヶ岳がすばらしい。  標高は3000mを切っているが、岩稜、お花畑、ハイマツと、高山帯の要素がそろっているので、北アルプスの入門コースとして人気がある。  この山から奥穂高岳への岩稜は北アルプスでも最も難しいコースで、初縦走は大正元年(1912)、鵜殿正雄が行っている。同じ年、辻村伊助は『スウイス日記』の中で「神河内ならぬ上高地は不快な所である」とその俗化を嘆いている。とはいえ昭和45年(1970)に新穂高温泉から千石尾根にロープウェイが架かり、登山が容易になった現在の山の賑わいと比べようもあるまい。  昭和42年(1967)には西穂高岳・独標で松本深志高校の生徒11人が落雷遭難を起こしている。低くても登りやすくても、アルプスは危険と紙一重の山なのである。  千石尾根が主稜線に突き上げた森林限界に西穂山荘が建っている。  登山道は上高地から所要6時間30分。新穂高温泉からは、ロープウェイ終点から歩いて西穂山荘、独標経由所要3時間30分。

富山県 / 飛騨山脈北部

剱岳 標高 2,999m

 剱岳は剱・立山連峰と呼ばれるように、北アルプス北部の立山三山や大日岳と同じ山域にある。地籍は富山県中新川郡立山町と上市町。  北アルプス南部の盟主、穂高連峰と同じように、いかにも日本アルプスの名にふさわしい岩峰で飛騨系閃緑(せんりよく)岩や斑糲(はんれい)岩が氷雪で削り出された氷食冠帽である。氷河の痕はU字谷が稜線を削ってできた「窓」と呼ばれる地形にも見られる。三ノ窓、小窓、大窓などだ。もちろんカール地形も剱沢などに見られる。  登山史としての初登頂は1909年、吉田孫四郎パーティにより長次郎谷から行われているが、その2年前に、すでに陸地測量部の柴崎芳太郎たちが測量のため登頂している。  前人未踏の岩峰と思われていた頂上で、彼らは思いがけない発見をした。槍の穂と錫杖、古い焚火の跡などであった。奈良時代のものらしい。隣の立山とともに修験道の霊場だったのだろう。  現在の一般登山道、別山尾根は、1913年に木暮理太郎、田部重治パーティが初トレースしている。日本でもトップクラスの岩峰でロックゲレンデとして超一流なので、それ以後はバリエーション・ルートをねらう多くのアルピニストにより、さまざまな登路、登攀ルートが開拓されてきた。1923年には今西錦司、西堀栄三郎などの京大パーティによるチンネやクレオパトラ・ニードル登攀など、未開拓の難ルートが登られてきた。豪雪地帯だけに豊富な残雪とすっきりした岩峰群の人気は高く、戦後の登山ブームも加えて多くのクライマーを迎えてきた。それだけに事故も多く、1966年に日本で初めて積雪期登山の届出条例が発令されている。  ロッククライミングの対象として人気の高い三ノ窓や小窓、池(いけ)ノ谷(たん)、東大谷(ひがしおおたん)などにはチンネ、ジャングルム、クレオパトラ・ニードル、小窓ノ王、ドームなどと名づけられた岩壁や岩塔がクライマーの血を躍らせてくれる。  一般登山道は別山尾根。別山乗越から行っても剱沢から入っても一服剱(いつぷくつるぎ)で合流する。前剱を越え、途中、カニのヨコバイ、カニのタテバイなど岩壁を行く所があり緊張する。所要3時間30分。  もう1つは剱岳へ西から突き上げる早月(はやつき)尾根。標高差が大きく、途中の早月小屋で泊まる健脚向。馬場島(ばんばじま)から早月小屋へ7時間、早月小屋から山頂へ所要3時間30分。  裏剱の展望台、仙人池へは剱沢、仙人新道経由で所要6時間。仙人池から仙人谷を下って黒部峡谷の阿曽原(あぞはら)から水平歩道を欅平へは所要7時間。

山梨県 静岡県 / 富士山とその周辺

富士山・剣ヶ峰 標高 3,776m

 日本の山岳中、群を抜いた高さを誇る富士山は、典型的なコニーデ式火山。いずれの方向から眺めても円錐形の均整のとれた姿は美しく、年間を通して人々の目を楽しませてくれる。東海道本線や新幹線の車窓から見ると、右手に宝永山、左手には荒々しい剣ガ峰大沢が望め、初めて見る人の心を奪う。  昔は白装束姿で富士宮の浅間(せんげん)神社から、3日も4日もかけて歩き通したという話を古老から聞いたことがある。現在では、富士宮と御殿場を富士山スカイラインが結び、途中からさらに標高2400m辺りまで支線が延びているので、労せずして雲上の人になれる手近な山となった。  日本で一番高い山、美しい山であれば、一生に一度は登ってみたい願望は誰にでもある。7月、8月の2カ月間が富士登山の時期に当たり、7月1日をお山開き、8月31日を山じまいと呼ぶ。  山小屋や石室が営業を始めると、日本各地や外国の人々も3776mの山頂を目指して集まってくる。特に学校が夏休みに入り、梅雨が明けたころから8月の旧盆までは、老若男女が連日押し寄せ、お山は満員となり、登山道は渋滞し、山小屋からは人があふれる。  富士宮口から登ろうとする場合は東海道新幹線の新富士駅、三島駅などからの登山バスで五合目まで行き、自分の足で山頂へ向けて歩きだすことになる。山梨県側には吉田口があり、東京方面からの登山者が多い。  目の前にそびえる富士山はすぐそこに見えるため、山の未経験者は始めからスピードを出しすぎ、7合目か8合目付近でたいていバテてしまう。登り一辺倒の富士山は始めから最後まで、ゆっくり過ぎるほどのペースで歩くことがコツである。新6合から宝永火口へ行く巻き道が御中道コースで、標高2300mから2500mを上下しながら富士山の中腹を1周することができたが、剣ガ峰大沢の崩壊で通行不能になっている。  山慣れたパーティならば新6合から左に入り、赤ペンキや踏み跡を拾いながら、いくつもの沢を渡り3時間もかければ大沢まで行くことができる。辺りは樹林帯で、シャクナゲの群落やクルマユリやシオガマなどの高山植物が咲く。  9合目右側の深い沢に残る万年雪は、山麓からも見ることができる。富士宮口を登りつめると正面に浅間神社奥ノ院がある。隣は郵便局。もうひとふんばりすると、最高地点の剣ヶ峰。山頂にはかつては毎日データを送り続けていた気象観測所跡が残っている。天候に恵まれたならば噴火口の周囲を歩く御鉢巡りが楽しめる。

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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