2023年の干支は卯(うさぎ)…ということで、南アルプスの「兎岳」に注目!

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写真=岸田 明

兎岳

兎岳

兎岳は、南アルプスの南部、赤石岳と聖岳の縦走路上にある標高2818mの山だ。

その場所ゆえに、兎岳だけを目的にして登る登山者はほとんどいないだろう。そんな兎岳が12年に一度注目される時がウサギ年の年であり、今年2023年だ。(もっとも、いわゆる「年賀状登山」目当ての人は2022年にすでに登っているかもしれないが…)

南アルプス南部のガイドブックや地図の執筆をされていて、南アルプス南部に詳しい岸田明さんに兎岳についてお聞きした。

 

―――ズバリ、兎岳の魅力ってなんでしょうか?

まず一つは、展望の良さですね。メインの山ではないけれど、逆に言えば、メインの聖岳や赤石岳、さらには中央アルプスがよく見えます。山頂からは360度見渡せる展望の山です。

 

兎岳山頂より聖岳

兎岳山頂より聖岳

 

もう一つは、地球の活動が観察できることです。南アルプスの成り立ちは、大陸プレートに海洋プレートが沈み込み、付加体が隆起してできた、というものです。そんな造山の成り立ちが顕著に観察できるのが、聖岳と兎岳との鞍部にある聖兎(せいと)のコルです。ここでは、付加体を構成した赤色チャートの大きな露岩が観察できます。

聖兎のコルの赤色チャート露岩

聖兎のコルの赤色チャートの転石と露岩。正面は兎岳


―――兎岳での思い出エピソードがあれば教えてください。

10数年前にこのエリアの地図の執筆担当になり通い始めるようになったのですが、はじめのうちはまだ僕はお客さんという感じでした。3、4年経った頃に兎岳の山頂に座って赤石岳を見たときに…赤石岳が僕に語りかけてきたんです。「よく来てくれたね」と。

自分を認めてくれたんだなと実感できた瞬間でした。眺めがいいから、そんな気持ちになれたのかもしれませんね。

小兎岳、中盛丸山などのピークの向こうに赤石岳


―――赤石岳~聖岳のルポや登山記録を読んでいると、「兎岳は登り返しがキツイ」という声が散見されるのですが、実際のところ、どうなんでしょう?

南アルプスは各山が大きくて、縦走でも標高差300m程度は登るのが普通なので、格別ここが標高差が大きいというわけではありません。

キツい印象を持たれる理由は、縦走路中にあり、小屋から小屋までのこの区間の距離が長いからでしょう。聖平小屋から百間洞まではコースタイム約7時間です。


●聖岳→兎岳→赤石岳のコースタイム
1日目:椹島~聖岳登山口~聖平小屋 7時間
2日目:聖平小屋~聖岳~兎岳~百間洞山の家 7時間
3日目:百間洞山の家~赤石岳~赤石小屋 5時間15分
4日目:赤石小屋~椹島 3時間50分

●赤石岳→兎岳→聖岳のコースタイム
1日目:椹島~赤石岳避難小屋 8時間5分
2日目:赤石岳避難小屋~百間洞山の家~兎岳~聖岳~聖平小屋 8時間30分
3日目:聖平小屋~聖岳登山口~椹島 5時間40分
OR
1日目:椹島~赤石小屋 5時間
2日目:赤石小屋~赤石岳~百間洞山の家 5時間10分
3日目:百間洞山の家~兎岳~聖岳~聖平小屋 6時間25分
4日目:聖平小屋~聖岳登山口~椹島 5時間40分

※ヤマタイムのコースタイム

そして、この区間にはピークが多く、聖岳、兎岳、小兎岳、中盛丸山、大沢岳と、アップダウンが延々と続きます。それで大変な印象を持たれるんでしょうね。

 

―――その辛いという区間ですが、赤石岳→聖岳と聖岳→赤石岳、どちらの方向からがおすすめですか?

それはどちらも一長一短ありますね。

まず、聖岳から赤石岳に向かう場合です。聖平小屋を出発して、朝いちばん元気な時に聖岳、そして兎岳を通過できます。

しかし最後に中盛丸山まで来ると、標高差は150mくらいなのですが、かなりきつく感じて、そびえたつ姿に戦意喪失する人もいるとか…

高低図上ではこんなピークだが侮れない……

 

では、逆方向、赤石から聖の場合は、百間洞山の家から、まず中盛丸山はするっと登れます。トラバースしながら稜線に出られますので。最後の聖兎のコルから聖岳への登りが一番辛いでしょうね。

アップダウンの果てにラスボスがこんにちは。

 

―――なるほど一長一短ですね…体力と泊数でも検討できますし、悩みがいがありそうです。ところで、兎岳の山頂近くには兎岳避難小屋がありますが、どんな場所なんでしょう?

外観は荒廃していますが、内側はきれいになっています。8畳ほどの広さがあるかなと。10年ほど前に小屋の内側に小屋を建てるような形で改装されました。それまでは暗くて、床がなくて下は地面で、水たまりもあって、とても中で過ごせませんでした。

兎岳避難小屋

入るのに勇気がいる外観。「ひなん」がひらがなで書かれているのは漢字の画数が多くて大変だったからだろうか……

避難小屋の中。設備は全くなく、雨風をしのぐ場所という印象だ


コロナ以降は山行スタイルが変わって、国立公園内なので基本禁止ですが、テント利用も含め、兎岳避難小屋を利用する人が増えました。

コロナ以前は、中高年が多くて山小屋泊まりが多かったんです。コロナ以降は聖平小屋など南部の付近の山小屋は食事の提供がなくなった影響で、食料を担いで登ることを避けた中高年登山者が減り、体力がある若い人が増えたように感じます。

若い人の中には、トレランや軽量スタイルで長距離を歩ける人も多く、その結果、聖平小屋や百間洞よりもっと歩いて、兎岳避難小屋に泊まろうという計画をする人が増えたのだと思います。

ただ、トイレはなく、水場も近くにはないので、注意が必要です。キジ場のあとはひどいですよ。地元の方に、携帯トイレブースを設置してもらえないかお願いしています。


―――トイレマナーに関しては、登山者への喚起が必要ですね。最後に、岸田さんは2023年に兎岳に登る予定はありますか?

……たぶん登るでしょう。干支の山だから例年に比べれば登る人も多いかもしれないけど、まあ、主目的というよりは、縦走で行く人が多いでしょうね。そういう意味では僕も……行ってもいいかな(笑)。

 

―――ありがとうございました!

 

プロフィール

岸田 明(きしだ・あきら)

東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。

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