山と旅へと連れ出してくれた一冊『山とハワイ(上・下巻)』【書評】

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評者=柏 澄子

山とハワイ(上・下巻)

著:鈴木ともこ
発行:新潮社
価格:1760円、1650円(税込)

 

鈴木ともこの作品には、「表現」を感じる。たとえば、目の前に広がる景色。鈴木が描写するのは景色にとどまらない。登場人物の思いがこもった情景や、人それぞれが抱く心象風景を、彼女は描く。同じ朝日を眺めても、そこに温かさを感じて、うれしさや希望が満ちあふれるときもあれば、失意のさなかに悲しみや絶望の色にしか映らないときもある。鈴木が描くのは景色ではなく、情景や心象風景であり、だから私たちは、登場する人物たちの心のうちまで味わうことができる。今回はそんな心の動きに導かれ、ハワイを旅した。

『山とハワイ』は、鈴木が家族(両親と夫と息子)と共に、32日間かけてハワイの島々を旅した物語である。ハワイの歴史や文化、火山や溶岩などの地質、旅先の食べ物やお土産やホテルのメモなど、あらゆることが詳しく描かれている。幅広く多様な内容は、鈴木そのものなのではないかと思う。彼女は、ものごとに垣根を作らず、何にでも好奇心を示す人だからだ。

しかし情報が事細かに載っているからといって、ガイドブックではない。旅の記録とでもいおうか。鈴木たち夫婦や親子の会話の言葉の端々に、「あるある、こういうこと」と自分に置き換えられるようなやり取りがあったり、鈴木らしいユーモアがちりばめられていたり、まるで鈴木家のみんなに、ハワイへ連れていってもらっているような心持ちになってくる。先日噴火した世界最大の火山マウナ・ロアなどは、一緒に登っているような気分になったこともあった。

そして最後には、旅とはなんぞやと考える。鈴木は、「自然と人からもらうしあわせ」は、無限の広がりがあるというようなことを述べている。旅先で出会うものは、モノだけではない。人との出会い、そこで交わされた会話や、気持ちや思いのやり取り。それらは目に見えないが大切なものだ。食べた物も同じではないだろうか。目に見える食材やモノだけではない。食べるという行為は、自然が育んだ生命をいただくことである。その土地の気候風土だからこその味わいがあり、またそれを料理してくれた人の心が通っていたりする。登山もしかり。地形的な山頂に至るだけではない。道すがらには生命の営みもあれば、ハワイの火山に見られるような地球の躍動もある。登山者と行き交うこともある。日常から飛び出した旅先でのこれらは、自分と異なるものとの出会いであり、異文化や異なる価値観を知り、受け入れることでもある。そこには驚きもあれば喜びもあり、ときには軋轢もある。けれどこれぞ、旅の醍醐味だ。

最後に、帰国後の鈴木の気持ちがほんの少し描かれている。旅の前と後では、心の色合いが少し違ってくる。そんな気持ちを思い起こさせ、旅をしたいと思わせてくれたのが『山とハワイ』だった。

 

評者=柏 澄子

かしわ・すみこ/フリーライター。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドⅡ。2020年の本誌連載をまとめた『平成を登った女性たち』を弊社から刊行予定。毎日新聞で「わくわく山歩き」を連載中。

山と溪谷2023年1月号より転載)

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