生命を見つめる哲学的なまなざし『森の来訪者たち 北欧のコテージで見つけた生命の輝き』【書評】

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評者=今泉吉晴

森の来訪者たち 北欧のコテージで見つけた生命の輝き

著:ニーナ・バートン
訳:羽根 由
発行:草思社
価格:2530円(税込)

 

本書はコテージ暮らしをはじめた著者ニーナ・バートンが、そこでの生き物との出会いで想起された着想を語る自然論である。訳文はわかりやすいが、『森の来訪者たち』という本題が読者を惑わせる。実際に著者が遭遇の体験を書いているのは、もともと山小屋に住んでいるリスや庭に巣穴をもつアナグマなどの定住者である。

原題は『Livets tunna vaggar』で、訳せば〝生命の半透膜〟となり、単細胞の生物も人も外界との交流で生きる根本は変わらない、という著者の哲学の表明である。

著者ニーナ・バートンは、スウェーデンの詩人。高校の生物学でダーウィンが人を動物の1種と分類していて、人も自然界に属すると知った。大学では文学と哲学を専攻し、アリストテレスら哲学者が自然を探求した古代ギリシャに戻りたくなった、という。

私は本書を手にして、著者が数多くの自然体験をかさねながら、ノーベル図書館の生物学の文献を驚くほどよく読んでいる、と知った。そして人と生き物の世界認識について、詩人のセンスで哲学にまとめた、と感じた。

そこで指摘したいのは、ニーナのヒトを特別視しない立場である。生物学者が、人や人に近い霊長類を別格とする世界観であるのと違う。そして「地球上のあらゆるところで生命がうごめいている。私だけでなく、他のみんなも世界の中心は自分だ、と考えているようなのだ」という。

この本を書く姿勢も書いている。「辞典編纂者コンラート・ゲスナーにも魅了された。(中略)彼は何千もの植物および何千もの作家について等しく記述した」「私は辞典のコンセプトが好きだ。大きいものにも小さいものにも同じ比重を置く」

また、本書執筆の経緯についても書いている。母の遺産を売ったお金で手に入れた山小屋で自然を友とする生活を始めた。「自然や生命について書きたかった私にとって、この別荘はぴったりだった」「まるで生命そのもののように、親から受け継いだものが、別のものをつくり出したのだ」

私にとっての本書の意味であるが、私は独自の哲学を育てながら世界を見渡す著者の姿勢に感動した。広く文献に学んで自分が経験したことの意味を吟味していく生き方もすばらしい。特に価値ある記述は、彼女が山小屋を訪問するたびに出会う動植物についての彼女自身の記録である。全章を通して登場するリスとの交流の記録が時代を描いていてみごとだ。雌リスが山小屋の一部に棲みついていて、ニーナの執筆をじゃました。彼女は雌リスを排除しようとするが、頑として引き下がらない。猟師がリスを狩りすることがなくなって久しいスウェーデンのリスは、こそこそした生活を一新し、自分を主張する。いずれ彼女自身にとっても深い意味をもつであろう現在進行形の記録である。

 

評者=今泉吉晴

いまいずみ・よしはる/1940年生まれ。動物学者。山梨と岩手の山林に山小屋を建て、森の生き物の観察と研究を行なう。著書に『わたしの山小屋日記~動物たちとの森の暮らし』(論創社)ほか。

山と溪谷2023年1月号より転載)

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