第10章 日高山脈核心部、果てしなき山稜の先に|宗谷岬から襟裳岬~670㎞63日間の記録~

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

いよいよ日高山脈の険峻な核心部を進む野村良太さん。前年の手痛い敗退を振り返りつつも、山々の美しさをじっくりかみしめるようにペテガリ岳へと歩を進めていく。

文・写真=野村良太

4月19日、カムイエクウチカウシ山から下って中部日高を一望できる極上のテント場

 

第10章 日高山脈核心部、果てしなき山稜の先に

日高山脈の中でも核心部と言われている区間に突入した。カムイエクウチカウシ山からコイカクシュサツナイ岳、ヤオロマップ岳、ルベツネ山、ペテガリ岳、神威岳へと続く稜線は両側が常に切れ落ちていて、一瞬の油断が命取りとなる。過去に多くの滑落や雪庇踏み抜きの事故が起こっているのもこの区間だ。

そんな稜線だからこそ、険しさと同時に荘厳な美しさを兼ね備えている。毎日毎夜、日高の懐で目覚め眠る喜びを噛み締めながら、今日も夢中で歩みを進める。

50日目から56日目の足跡

 

4/16

ばっちり冷え込んでいる。主稜に上がると、一気に北日高のパノラマが広がる。最奥には名峰カムエクが鎮座している。さすがの風格だ。重荷はもちろん堪えるが、この絶景にどうして心躍らずにいられよう。幌尻岳が美しい。トッタベツ岳山頂では快晴無風、日差しが暖かい。ポカポカで濡れた装備を乾かせる。今日は3/29や3/31、4/4に負けず劣らずの“最幸“の1日だった。

地図にC50と記す。今日で50泊目か。50泊…。もっと途方もないように感じていたけれど、塵も積もればなんとやら。そして、50日で踏破する計画だった昨年の無謀さ…。失敗するべくして失敗したのだろう。

思えば季節は大きく進んでいる。出発したころは6時頃だった日の出も今や4時台だ。少しずつ弱まりつつある僕を太陽が優しく包み込んでくれているのかもしれない。ありがとう。今日も幸せです。

 

4月16日、トッタベツ岳山頂。
奥には日高山脈最高峰の幌尻岳

 

4/17

春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少しあかりて…そんな朝。紫の雲はない。キリっと晴れている。ヘッドランプもいらないほどのまばゆい月明かりに照らされる幌尻岳とトッタベツ岳はさながら仲睦まじい夫婦のようだ。カムイ岳までは大きな雪庇がたくさんある区間だが、今年はもうほとんど落ちてしまったようだ。3年前の苦労が嘘のことのようにぐんぐん進む。

北側には大きな雪崩跡だ。こんなのに遭遇したらどう思うのだろう。幸い僕はこれまでに大きな雪崩に遭遇したことがない。だがこれは知識によって避けられているというよりは、単なる偶然に過ぎないと思う。気を引き締めなければ。

カムイ山頂に立つころにはエサオマンにガスがかかり始めた。視界のあるうちに、上から眺められる位置で地図とにらめっこ。あそこが良さそうだと思った尾根は3年前も泊まったところだった。やっぱここだよね。

ガス缶にそれなりに余裕があるのがありがたい。そう考えるとやっぱり3年前はおかしかった。日数は(日勝峠からでは)ほぼ同じなのに、食料も燃料も今回の3分の2しか持っていなかった。あんな思いはもう二度としたくないと本当に心から思っているのだけれど、だからこそあまりにも印象的で、ことあるごとに脳裏をかすめる。これは嫉妬か。

 

4/18

4時に起きて予報を確認する。昨晩より悪くなり、午後に風が強まるようなので再び寝る。停滞は本当に腹が減る。早く気兼ねなく腹いっぱいのごはんが食べたい。

スマホの電波が入ることは確かに精神衛生上とても良い。何より下界で心配してくれている人たちに連絡が取れるので、今さら持っていかないというのは出来ないと思う。けれど、山に籠る、浸る、溶け込む、という意味では不健全というか没頭しきれていない感覚になることがある。

結局のところ、自分が納得していればそれで良いのだとつくづく思う。だが、この納得という感覚が厄介で、油断すると甘えや妥協がはいりこむのだ。

明日は天気が良さそうだ。天気が良ければ余計なことを考えずに山に夢中になれる。それに明日から日高の核心部だ。この旅は夢だ。今、僕は夢の真っ只中にいる。

この夢をもうしばらく噛み締めていたい。

 

4月19日、黎明のエサオマントッタベツ岳


前も後ろも日高山脈の絶景が果てしなく続いている

 

4/19

気合を入れて1時に起きるもパラパラとテントを叩く音がする。今も降っているが、30分遅らせるだけで出発することにする。雪の舞う闇夜を登る。4時前には明るくなり、雪もガスも晴れてきた。月に照らされるエサオマン(トッタベツ岳)がなんともロマンチックだ。日の出に思わず感嘆の声を上げながら急登を進む。山頂では北日高とカムエクの大パノラマ!心配していた降雪もむしろ良いアクセントとなり、真っ白にお化粧直しした峰々が美しい。アイゼンピッケルに替えると、いよいよ日高の核心部が始まったという感じだ。この辺りで(空撮のためのNHKのヘリコプターが)フライトしたとの連絡を頂く。こんなに完璧な日はなかなかない。そんな日に空撮までしていただいて、僕は本当に幸せ者だ。

いよいよPeakへ!快晴無風のカムエクに立っている。本当に何度来ても気持ちの良い山頂だ。テン場からはピラミッドピーク、1823峰、コイカクシュサツナイ岳、ヤオロマップ岳、1839峰、とこれでもかというほどの中部日高の霊峰が連なっている。幸せを噛み締める。テントにいる時間が好きだ。稜線を歩いているときももちろん気持ち良いのだけれど、歩いてきた、あるいはこれから歩く稜線を眺めながら飲む紅茶には適わないのではと思うほどだ。だからこそそれも含めて、今日は本当に幸せな1日だ。どうか明日も幸せでありますように。

 

4/20

まだ暗いうちからピラミッドピークを登る。1807への下りは相変わらずおっかない。風もあり緊張する。1737から1823峰へは雪がばっちりあり歩きやすかった。コルまで降り切ったところでガス欠。今日分の行動食を食いきってしまった。風が強く消耗する。何度も休憩を挟んで、息絶え絶えでコイカクPeak。風がとにかく強いので、休憩ポイントを探すのにも苦労する。

なんだか今日は辛かった。風と小雪に翻弄されてしまった。この先も風が強い予報が続いていて、南に進めば進むほど雪は少なくなってゆく。憂鬱だ。そして雪が無くなってきたことは、この旅も終わりが近づいてきていることを意味している。もう少しだけ雪よ続いてくれ。この旅を完結したいんだよ。

 

4/21

風下側は穏やかで良く眠れた。連日のヘッドランプ行動につかれたので明るくなってから出る。稜線に上がるとやはり風が強い。今日も気合が必要そうだ。ルベツネへの登りで今日もバテ始める。体力の限界が近づいてきているように感じる。ルベツネPeakからはペテガリ岳がカッコよい。立派な看板が遠くからも見え、頑張ろうと思えた。

(ペテガリ岳)山頂からは南日高の峰々が一望できる。中日高を振り返ると、僕の頑張りを労うようにたくさんの山々が笑っているように見えた。

今日、一気にペテガリを越えられたおかげでこの旅の終わりも感じずにはいられない。急速に雪融けが進み、山並みは一段と春らしくなってゆく。

まだ旅の終わりを寂しがる余裕はない。出来るだけ意識しないようにしているけれど、僕の春ももうすぐのところまで来ているんだろうな。

チョコを一片口に含み、なかなか冷めなくなったぬるい紅茶で流し込む。

 

4月21日、
一気に雪融けが進んでしまったペテガリ岳


4月21日、ペテガリ岳から下ってすぐの
風下側で斜面を開削してテントを張る

 

4/22

昨日の疲れが残っているので、久しぶりに3時まで寝る。起きてからも何だか体が重く、ダラダラしてしまった。おかげで出発は5時前となり、すでに日が昇っていた。日の出より後に出るなんていつ振りだろう。心が弱くなってきている。

中の岳の手前のポコを登っただけで、ヘナヘナと座り込んでしまった。情けない。そのうちに山頂はガスに覆われ、早くも悪化し始める。どうにか休憩を繰り返しながら急斜面を登る。

ニシュオマナイ岳にスノーシューで登る。神威岳が山頂以外見えてきた。少し下ろしたところにテントを張る。テントに入ると体が楽になる。もう、一晩寝たくらいでは回復できなくなってきたか。2月の出発前に、「山を日常にしたい」なんて言ったことが恥ずかしい。とても日常になどなっていない。山に浸る、夢のような時間なのに、下山後の快適な日常を夢見ている。


今計画最大の核心部、そう呼ぶにはあまりに長い。この先、ピリカヌプリを越えるくらいまでは気が休まらないだろう。この1週間は天候には恵まれていたと言いたいが、晴れてこそいるものの連日の強風はかなり堪えた。心の支えとなったのは紛れもなく日高山脈の美しさだ。果てしなく続くこの主稜線を進む幸せに比べれば、多少の天候悪化は苦にならない。といいつつも体はボロボロだけれど……。

第11章となる次回は57日目から最終日63日目、4月23日~4月29日の日記から振り返る。

2カ月以上に及ぶ超長期縦走がついに終わりを迎える。一段と春らしくなる山並みを前に選んだ最後の決断とは。

そして終着点となる襟裳岬では、大勢の仲間に迎えられてたくさんの笑顔咲く幸せな春が待っていた……!

プロフィール

野村良太(のむら・りょうた)

1994年、大阪府豊中市生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、スキーガイドステージⅠ。大阪府立北野高校を卒業後、北海道大学ワンダーフォーゲル部で登山を始める。同部62代主将。卒部後の2019年2月積雪期単独知床半島全山縦走(海別岳~知床岬12泊13日)、2019年3月積雪期単独日高山脈全山縦走(日勝峠~襟裳岬16泊17日)を達成し、「史上初ワンシーズン知床・日高全山縦走」で令和元年度「北大えるむ賞」受賞。2020年卒業。2021年4月、北海道分水嶺縦断途中敗退。2021年春からガイドとして活動を始める。2021年4月グレートトラバース3日高山脈大縦走撮影サポート、6月には大雪山系大縦走撮影サポートほか。2022年2〜4月、積雪期単独北海道分水嶺縦断(宗谷岬~襟裳岬670km)を63日間で達成。同年の「日本山岳・スポーツクライミング協会山岳奨励賞」「第27回植村直己冒険賞」を受賞した。

積雪期単独北海道分水嶺縦断記

北海道の中央には宗谷丘陵から北見山地、石狩山地、日高山脈が連なり、長大な分水嶺を構成している。2022年冬、雪に閉ざされたその分水嶺を、ひとりぼっちで歩き通した若き登山家がいた。テントや雪洞の中で毎夜地形図の裏に書き綴った山行記録をもとに、2ヶ月余りにわたる長い単独登山を振り返る。

編集部おすすめ記事