第12章 大縦走を振り返って|宗谷岬から襟裳岬~670㎞63日間の記録~

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分水嶺縦断から1年。今あらためて63日間の登山を振り返り、食料や装備などの登山計画の妥当性を検証しつつ、分水嶺縦断の今後の課題についても考えた。

文・写真=野村良太

 

第12章 大縦走を振り返って

第4章から第11章にかけて、日記を引用することで振り返ってきた。この章では縦走を終えてからしばらく時間が経った今、思いつく限りの反省点と改善点を記したい。


宗谷岬から襟裳岬へ、
670kmに及ぶ足跡

 

食料計画について

今回の計画では1日あたりのカロリーは3500kcal(重量にして1日約800g)、主食は1食100gのアルファ化米を1日3食(64日間で192食分)とした。雪を溶かして作った水で事前にアルファ化米を戻しておく。お湯だと15分で戻るが、水なので1時間待つ。アルファ米、ペミカン(アメリカ先住民の伝統的な保存食を日本風にアレンジしたもの)、それに乾燥野菜と高野豆腐をジェットボイルにひとまとめに入れ、フリーズドライのスープで雑炊のようにする。こうすれば水を沸騰させる必要がないので燃料節約となる。ストーブとなるジェットボイルの燃料は約500gのガス缶1缶で1週間以上もたせる。この場合、暖房や濡れ物を乾かす余裕はない。行動食はもっぱらビスケットとチョコレートにナッツ類。そのほかに紅茶用の砂糖を3㎏、カロリー要員としてマヨネーズ2.2㎏などを用意した。

64日間毎日ほとんど同じものを食べ続けることになる。そう聞くとあまりの無機質さに飽きがきてしまいそうだが、この旅を通して“飽き”こそが重要なのではないかと言う結論に至った。というのも、背負える量に限界があるので、2ヶ月も雪山を縦走していると最終的に体重が10㎏減るほどで、3500kcal/1日ではどうしても足りないのだ。1日の食料を食べ終えても満たされないそのときに、おいしいものをバリエーションよくそろえていたらどうだろう。しかも足元にはこの先10日分以上の食料たちがテントの片隅で幅を利かせているのだ。意思の弱い僕は、きっと誘惑に負けてしまうに違いない。なにより、空腹ならなんでもうまいので問題ない。

一食では満腹になれない
燃費の悪さは何とかならないものか

 

これらを踏まえての反省点がある。それは食料を均一に用意してしまったことだ。序盤の数週間は3500kcal/1日も必要なかった。一方で最後の数週間は到底足りていなかった。ただし、後半の食料を増やすには重量の問題があり、これをクリアするためには

①「50㎏以上(今回のMaxは約45㎏)担いでペースを落とさない強靭な体力を有する」

②「デポを増やす(今回は4カ所)」

③「炭水化物より脂質の割合を増やして重量あたりのカロリーを多くする」

くらいだろうか。①は、僕の場合は45㎏が限界だった。計画のために特別なトレーニングをすれば可能なのかもしれないが、それは「楽しいことしかやりたくない」という僕のポリシーに反する(とはいえ夏の仕事では30㎏以上を背負って駆け回っているが)。②は避難小屋のない日高山脈区間がネックとなる。デポを増やしはじめるとキリがないという問題もある。③は果たして体が受け付けるかどうかだが、これが一番現実的だろう。

ひょっとすると、最低限の準備をして空腹は耐え忍ぶ、というのが一つの答えなのかもしれない。いずれにしても食料計画は最善ではなかったと感じるのだが、画期的な解決策が思いつかない。少々投げやりだが、今後ドラゴンボールの“仙豆”のような食品が開発されることにでも期待したい。

それなりには洗練されてきたが、
まだ改善の余地はある

 

装備の選択について

ウェア、シュラフ、テントはいずれもfinetrackの製品を使用した。すべての装備を化学繊維のものでそろえた。これは超長期縦走における最大の敵である“濡れ”から身を守るための選択だった。保温性と携行性ではどうしてもダウン製品には劣ると言わざるを得ないが、最大の特長は“濡れ”への強さである。濡れたダウンを乾かす燃料の余裕はない。荷物になるので、予備のグローブと非常用の下着以外には着替えもない。常に必要な保温性を確保し続けてくれる道具の存在はここぞという場面でとても頼りになった。

ダウンに比べると化繊の製品の保温性は80%くらいというのが個人的な印象だ。一方でダウンは濡れると保温性が下がっていくのに対して、化繊ではほとんどそれがない。最後まで70%以上を維持してくれる。この安心感は代えがたい。私見では最低気温がー15〜20℃程度の今回では、10日目前後を境目に化繊がダウンの保温性を上回る。

代替の方法があるとすれば、ダウンを乾かす充分な燃料を持つことか。ダウンを乾かしながらがよいか、化繊の安心感がよいか。不器用で雑な僕には後者が向いている。これもゆくゆくはハイブリッドな製品が開発されるのだろうか。

佐幌山荘にスノーシュー・冬靴を事前にデポしてのスキー・兼用靴との切り替えはうまくいった。加えてアックス1本に縦走アイゼン。ロープは持たなかった(6mm10mの細引きのみ)が、これは考え方や技量によると思う。

ストック選びには僕の未熟さがもろに出た。できるだけ軽量化したいという考えばかりが先行し、耐久性をおろそかにしてしまった。その結果、今回の計画には不向きな道具を選択してしまったのだ。これはメーカーの想定(軽量性と携行性重視)と違う使い方をした僕のミスであり、決して製品が悪いわけではないということを強調しておきたい。

ネズミに食料を荒らされてしまったのも初歩的なミスだ。雪山の避難小屋にネズミはいないと高を括っていたが、缶に入れるなど荒らされにくい工夫をするべきだった。事前のデポ山行での荷上げのしやすさを重視した結果、肝心なところにボロが出た。

いずれも今後は同じ失敗は二度とするまい、と胸に刻むほかない。

避難小屋があることが
そもそもありがたい(第4デポ地の佐幌山荘)

 

メンタル面について

心技体の3つの中でどれがいちばん大事だったかと問われれば、間違いなく精神力だと答える。体力、技術で僕より優れている人はたくさんいるはずだ。今回の挑戦がうまくいったのは、僕の“鈍感力”と“単純さ”が功を奏したためではないかと思っている。

以下は縦走45日目の日記の抜粋だ。

「長期縦走で大切なのは敏感力と鈍感力なんじゃないかと思う。天気の悪い日に、手が冷たくなり感覚がなくなる前に敏感に察して手袋を替える必要がある一方で、汗や湿雪で体がぬれても気にせず眠れる鈍感さも必要だ。鈍感力に関しては、僕は不快耐性と呼ぶこともあるけれど、僕はこの能力にはどうやら自信があると言って良さそうだ。あともう一つ、単純さというか、根拠のないポジティブさも重要だと思う。本当に今日はここで行動を止めて良かったのだろうか。今日もっと頑張っておいた方が良かったのでは、なんて思うこともあるけれど、大丈夫これで問題ない、と思えることが大切だ。」

こう書いたは良いものの、僕自身は鋼のメンタルの持ち主ではない。むしろ感情の起伏が激しいことに悩んでいたほどだ。そんなある日、「自身の感情の起伏と天候の起伏がリンクしていること」に気づいた。天気がよければ気持ちも前向きになり、悪天候ではネガティブになった。なんて単純な性格をしているのだ、と自分でも思うけれど、このことに気づいてからは悪天候のときも「大丈夫、天気が悪いだけだ。明日晴れれば気分も晴れる。」と思えるようになったのだった。

大丈夫、
空が晴れれば気分も晴れる

 

分水嶺縦断の今後の課題

課題といっても、僕自身の話ではない。僕にはこのルートで今回以上の縦走ができるイメージが湧かない。ここまで読んでいただければわかる通り、「反省点・改善点」と言っておきながら、はっきりとした解決策がほとんど思いつかないのだ。厳密には分水嶺を外れた区間がいくつかある。ミスを重ねて、最終的に仲間の力を借りた。正直言って、これが僕の実力であり限界だ。もはや悔しさもない。

その上で、今後のより困難な同ルートの課題があるとすれば次のように考える。

・分水嶺の完全トレース

・厳冬期の縦断(12月中旬から2月)

これに63日未満、デポ4カ所未満となれば、凄まじく壮大な計画となるに違いない。 それには「人並はずれた艱難辛苦に耐える精神力と強靭な体力の持ち主」であることはいうまでもなく、技術の進歩と少しの運も必要なのかもしれない。

こんなものを残しても誰の参考にもならないかもしれないが、もしも後に続く猛者が出てきたときは、そいつとはうまい酒が吞めそうだ。

「これからの若き岳人に期待している。」
(『北の分水嶺を歩く』工藤英一著あとがきより)

 

次回、最終回。「大縦走から1年。これからのこと」。

来月には初めてのヒマラヤ未踏峰への遠征が待っている……!

 

プロフィール

野村良太(のむら・りょうた)

1994年、大阪府豊中市生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、スキーガイドステージⅠ。大阪府立北野高校を卒業後、北海道大学ワンダーフォーゲル部で登山を始める。同部62代主将。卒部後の2019年2月積雪期単独知床半島全山縦走(海別岳~知床岬12泊13日)、2019年3月積雪期単独日高山脈全山縦走(日勝峠~襟裳岬16泊17日)を達成し、「史上初ワンシーズン知床・日高全山縦走」で令和元年度「北大えるむ賞」受賞。2020年卒業。2021年4月、北海道分水嶺縦断途中敗退。2021年春からガイドとして活動を始める。2021年4月グレートトラバース3日高山脈大縦走撮影サポート、6月には大雪山系大縦走撮影サポートほか。2022年2〜4月、積雪期単独北海道分水嶺縦断(宗谷岬~襟裳岬670km)を63日間で達成。同年の「日本山岳・スポーツクライミング協会山岳奨励賞」「第27回植村直己冒険賞」を受賞した。

積雪期単独北海道分水嶺縦断記

北海道の中央には宗谷丘陵から北見山地、石狩山地、日高山脈が連なり、長大な分水嶺を構成している。2022年冬、雪に閉ざされたその分水嶺を、ひとりぼっちで歩き通した若き登山家がいた。テントや雪洞の中で毎夜地形図の裏に書き綴った山行記録をもとに、2ヶ月余りにわたる長い単独登山を振り返る。

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