登攀と人生を振り返る初の自叙伝『What's Next? 終わりなき未踏への挑戦』【書評】

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評者=鳴海玄希

What's Next? 終わりなき未踏への挑戦

著:平出和也
発行:山と溪谷社
価格:1980円(税込)

 

私が平出さんにお会いしたのは、2007年冬ごろのシャモニでのことだった。初対面の私に、いきなりパソコンを開いて、いくつかの動画を見せてくれた。確かこの時はシブリン北壁のクライミングと、K2のベースキャンプまでマウンテンバイクで行く、という内容だったと思う。私もいつかはヒマラヤでアルパインクライミングをしてみたいと思っていたので、かっこいいなあとかすごいなあとか思ったが、それよりビデオカメラや予備バッテリーを持ってクライミングをしていることに、正直驚いた。当時の私といえば辛うじてデジカメは持っていたが、できるだけ軽い物を選んでいたし、シャモニ周辺のクライマーときたらそこら辺のクライマーに輪をかけて荷物は少なかったからだ。

そんな「映像」の平出さんが本を出した。本書はこれまでの平出さんの成功の数々を単に収めた登攀記録集ではない。失敗した記録やパートナーシップ、死んでいった山仲間、仕事や家庭のことも収められている。アルパインクライマーは家庭や仕事などそっちのけで山に登りまくっている、ゴリゴリのろくでなしだと思っている読者もなかにはいるかもしれないが、平出さんも一人の人間だ。日本にいる時は家族と過ごすし、現在はプロフェッショナルカメラマンだが、20代は登山用品店に勤めながら山に通っていた。すごい所を登っているのに弱音だって吐くし、パートナー探しにも苦労する。

失敗の記録というのは成功の陰に隠れてあまり表には出てこないものだろう。本書に出てくる最初の失敗は、初の残雪期赤岳登山だろうか。数ページめくると、短パン半裸にスニーカーという、真夏のような出で立ちの写真が一際目を引くが、キャプションには3月下旬とある。今ならSNSで格好の餌食にされそうだが、この失敗も無駄にはせず、登山家としてのキャリアをスタートさせる。

それから、本書には登攀中の動画が見られる2次元コードがついている。平出さんが山で撮影をし始めた05年ごろから直近の映像が収められ、臨場感もさることながら、撮影技術の変遷も垣間見られて興味深い。見ながら読めば、アルパインクライミングをしない人にもヒマラヤの美しさやクライミングの過酷さが伝わるだろう。

今でこそSNSで気軽に山の様子を発信できるが、少し前は「黙って登る」に美学を見いだす、昔気質のアルパインクライマーも少なくなかった。そんななか、平出さんは空白地帯を発見してことごとく初登するだけでなく、それをコツコツと映像に撮り、発信し続けてきた。地球上の最も過酷で美しい景色と、そこを登るクライマーの姿を世界中の人々に伝えることができる平出さんが、次はどこを登りどんな風景を見せてくれるのか。楽しみにしていたい。

 

評者=鳴海玄希

なるみ・げんき/1982年生まれ。日本山岳ガイド協会認定山岳ガイドステージⅠ。2018年のセロ・キシュトワール(6155m)北東壁の初登など、アルパインクライミングでの実績多数。

山と溪谷2023年4月号より転載)

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