厳冬期のデナリを舞台にした本格山岳小説『完全なる白銀』【書評】

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評者=GAMO

「山にはドラマがない」。そう言って、深田久弥は山岳小説に手を出さなかった。そんな話も今は昔。あれから半世紀以上が経ち、登山の大衆化と小説技法の進歩により、おもしろい山岳小説が数多く登場している。本書もそのひとつだ。

ストーリーを簡単に見てみよう。温暖化の影響で沈みゆくアラスカの小さな島サウニケの現状を知ってもらうために登山家となり、女性初のデナリ冬季単独登頂を目指したリタは、登頂連絡の後に消息を断った。7年後、親友リタの登頂を証明するべく、緑里とシーラは厳冬期のデナリに挑戦する。

物語は、現在と過去を行き来しながら、3人が出会い、夢や理想を語りつつも、現実との狭間にもがく緑里の人生を軸に描かれる。目の前の生活に追われる緑里は、リタの生き方に刺激を受け、写真家になるという自らの夢を取り戻す。親友との亀裂、そして仲直り、親への反発、女性であるということ、人はなぜ生きるのか……。そこに描かれているのは、過酷な登山を舞台装置にした人間ドラマにほかならない。彼女たちの生きざまは、若者に勇気と希望を与え、かつて若者だった者の胸にもチクリと突き刺さる。

新たな名作の登場により、もはや山岳小説というジャンル自体が、無用の長物になったと言えよう。    
 

完全なる白銀

著:岩井圭也     
発行:小学館     
価格:1980円(税込)

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評者=GAMO

山岳エンタメ専門サイト「ヴァーチャルクライマー」管理人。著書に『山岳マンガ・小説・映画の系譜』(山と溪谷社)。

山と溪谷2023年6月号より転載)

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