日本屈指の山岳エリア、穂高岳。『山と溪谷』2023年7月号特集より

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『山と溪谷』2023年7月号の特集は「穂高岳」。北穂高岳、奥穂高岳、前穂高岳、西穂高岳。威風堂々、4つの頂が登山者を迎える日本屈指の山岳エリアです。同号の特集は、エリアを網羅する保存版コースガイドと穂高を知るための読み物でこの山域の魅力を紹介。山と溪谷オンラインでは、穂高岳の魅力を凝縮した特集のページから抜粋してお届けします。

文=山と溪谷編集部、写真=加戸昭太郎

前穂高岳~奥穂高岳間の縦走路、吊尾根から涸沢カールを見下ろす
前穂高岳~奥穂高岳間の縦走路、吊尾根から涸沢カールを見下ろす

穂高岳とは

日本列島の中央部に位置する飛驒山脈、通称北アルプスの南部にある3000m級の山の連なりが、穂高連峰と呼ばれるエリアだ。最高峰である奥穂高岳(3190m)を中心に、北側には北穂高岳(3106m)、南東に延びる吊尾根の向こうに前穂高岳(3090m)、南西方向に西穂高岳(2909m)がある。現在、「穂高岳」というと奥穂、北穂、前穂、西穂に明神岳(2931m)を加えた山群を指すことが多い。北穂~奥穂~西穂の稜線は長野県と岐阜県の県境となっており、長野県側を「信州側」、岐阜県側を「飛驒側」と言うこともある。

穂高連峰の東側にある涸沢は、典型的な氷河地形のひとつであるカール(圏谷)の底にあり、周囲の穂高の峰々に囲まれた円形劇場さながらの景観となっている。残雪の白とハイマツの緑、岩稜と青空のコントラストが美しく、日本を代表する山岳景観が楽しめる。

穂高の岩稜が織りなす山岳景観は登山対象としても魅力的で、残雪期の4月下旬から降雪が始まる11月初旬までの登山シーズン中、多くの登山者を迎える人気山域となっている。主要なルート上には営業小屋が点在し、登山道も比較的整備されている。

穂高エリアへの入り口は長野県側が上高地、岐阜県側が新穂高温泉で、国内有数の人気山域であることからどちらもアクセス面は充実している。上高地、新穂高温泉ともに公共交通機関が運行されているほか、マイカーでのアクセスは、上高地へは手前の沢渡でシャトルバスに乗り換え、新穂高温泉へはそのまま乗り入れが可能で駐車場も多数ある。

難度については、長野県がHPで公開している「信州 山のグレーディング」で明示されているが、穂高岳の稜線のほとんどが「ミスをすると転落・滑落などの事故になる場所がある」Cランクと、「転落・滑落の危険個所が多い」Dランクに位置づけられる。さらに北穂〜奥穂間には最高難度Eランクの箇所があり、国内有数の険悪な縦走路だ。人気山域で入山者が多い一方で、険しく難度の高いエリアであることから山岳遭難の発生数も多い。全国的には道迷いが遭難要因の大半を占めるが、穂高エリアは転落・滑落が目立つのが特徴だ。長時間の行動を支える体力と、岩稜を安全に歩く技術が必要不可欠な山域だ。

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この記事に登場する山

長野県 岐阜県 / 飛騨山脈南部

北穂高岳 標高 3,106m

 北穂高岳は穂高連峰の最北端にそびえる。東は涸沢谷、西は蒲田川右俣からの支流、滝谷によって壮絶な岩壁になっている。主稜線は南北に起伏し、南は岩を踏んで涸沢岳へ、北は大キレットを隔てて南岳、中岳、大喰(おおばみ)岳、槍ヶ岳へと続いている。  この山のよさは、西面の滝谷に尽きる。日本でも超一流のロッククライミングのゲレンデである。かつて、名案内人といわれた上條嘉門次が「鳥も止まれねえ」と嘆かせた悪絶な岩壁で、初登攀は大正14年(1925)。早大の四谷龍胤(りようすけ)、小島六郎パーティとR.C.Cの藤木九三(くぞう)、ガイドの松井憲三パーティが、同じ8月13日に挑み、成功している。  滝谷は中間の合流地点からA沢~F沢が分かれ、B沢~D沢の間のルンゼや岩稜、岩壁が主な登攀対象になり、日本を代表する優れたクライマーたちを育ててきた。  北穂高岳は北峰と南峰に分かれている。北峰に三角点があり、直下に北穂高小屋があるので、普通、北穂高岳頂上とは北峰を指す。  登山道は涸沢カールから南稜の急登をがんばれば、3時間で山頂に立てる。上高地からは8時間30分の道のり。

長野県 岐阜県 / 飛騨山脈南部

奥穂高岳 標高 3,190m

 奥穂高岳は穂高連峰の中央にそびえる盟主である。標高3190mは富士山の3776m、南アルプスの北岳の3192mに次ぐ日本第3位の高峰で、頂上に造られた2mを超す大ケルンの上に立つと第2位になろうかという高峰なのである。しかも堂々と大きい山容がいい。  山頂で綾線が分岐し、南西に延びる岩稜は馬ノ背からジャンダルムの奇峰を経て、間ノ岳、西穂高岳、焼岳へと延びる。  もう1つの岩稜は南東へ吊尾根となってたわみ、前穂高岳、明神岳となって上高地に雪崩落ちていく。  山稜は硬いひん岩(ひんがん、ひんは「王」偏に「分」の字)の破片に覆われ、岩屑の堆積した山だ。南東側は涸沢のカールが削り取った断崖で、南面は岳沢が急角度に落ち込み、上高地や乗鞍岳が見える展望の優れた山頂である。  山頂から100mほど西へ向かってから右に折れる主稜線を、うっかり見落として直進すると急傾斜にセバ谷に落ち込んでしまう。毎年のように事故を起こす「だましの尾根」だ。主稜線を北に下ると白出乗越で、穂高岳山荘がある。  頂上から南西に延びる岩稜は、奇峰ジャンダルムに続いている。前衛峰、門番といった意味のフランス語だが、むしろ独立峰と呼びたい山で、悠々としてとりとめのない奥穂高岳をきりっと引き締めている。  初登頂は明治42年(1909)の鵜殿正雄パーティで、槍ヶ岳への初縦走の途中だった。彼は大正元年(1912)には岳沢から天狗沢に入り、天狗のコルからジャンダルムを経て奥穂高岳の初トレースをしている。穂高岳開拓のパイオニアとして銘記されるべき人である。  穂高連峰の開拓は信州の梓川側が早く、山小屋もほとんど信州人が占めているが、奥穂高岳だけは、白出乗越に飛騨の名ガイド、今田重太郎が小屋を建てて登山者の安全を期した。1度登山者の不始末で全焼したが再建し、現在では近代的な山荘になっている。  一般登山道は涸沢からザイテングラートの岩尾根を登って白出乗越に出、奥穂高岳へ向かう。涸沢から白出乗越まで2時間、それから奥穂高岳頂上まで1時間。  飛騨側からは、新穂高温泉から蒲田川右俣を白出沢出合まで2時間、白出沢を登って白出乗越まで7時間。静かな谷のいいコースで、下りに使えば白出乗越から5時間30分で新穂高温泉に着き、バス停前の無料温泉で山の汗が流せるので、山好きに好評である。  上高地から岳沢を経て前穂高岳、吊尾根、奥穂高岳のコースは9時間で頂上に着く。少しきついが、登り甲斐のある道だ。

長野県 / 飛騨山脈南部

前穂高岳 標高 3,090m

 前穂高岳は南北に連なる穂高連峰の主稜線から奥穂高岳で分岐し、東に延びる吊尾根でつながっている頂。全体から見れば集団よりちょっと東にずれた岩峰で、南は明神岳の岩峰を起こして上高地へすっぱりと切れ落ち、北は北尾根を起伏させながら屏風岩で横尾谷に接している。北西は涸沢カールが見事に削り取った岩壁で、北尾根や前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳が半円を描いて涸沢カールを抱きかかえているように見える。  前穂高岳を北穂高岳から眺めると山頂部が3つの頭に分かれ、その先大きく起伏しながら屏風ノ頭へ高度を下げていく北尾根が見事である。上部からⅠ峰、Ⅱ峰、Ⅲ峰……と数えてⅧ峰まである。この北尾根はⅠ峰からⅤ峰までを上半部、Ⅵ峰からⅧ峰までを下半部と分け、初級のバリエーション・ルートになっている。ことに上半部は岩登りの感触が楽しめるので人気ルートとなっている。  前穂高岳は、穂高連峰の中で唯一の長野県だけの山で、上高地から岳沢経由で直接登れるので人気がある。またこの山の魅力は穂高の主稜線から1行ずれているために、穂高連峰から槍ヶ岳への大展望が楽しめるという点にあるだろう。  さらに、北穂高岳の滝谷と肩を並べるほどのロッククライミングのゲレンデでもある。井上靖の名作『氷壁』の中で、物語の初めに、魚津恭太と小坂乙彦が厳冬の前穂高岳東壁で墜落事故を起こし、ナイロンザイルが切れるアクシデントに見舞われるシーンは、実際に起きた事故をモデルにしている。「ナイロンザイル切断事件」として社会問題になったほどだ。  前穂高岳の東側にある奥又白谷の奥又白池が登攀基地になる。頂上直下の東壁もすばらしいが、北尾根Ⅳ峰のフェースもまた見事である。明大ルート、松高ルート、新村ルート、甲南ルートなど、パイオニアたちの名をつけた、さまざまな登攀ルートは、山男の血を躍らせてくれる。  涸沢側ではⅢ峰フェースが登攀対象で、末端の屏風岩もクライマーの世界だ。屏風岩の登攀ベースは横尾谷で、第1ルンゼ、第2ルンゼや東壁、中央壁、中央カンテ、慶応稜など、ブッシュ混じりながら標高差700mというスケールはダイナミックだ。  しかし、前穂高岳そのものは一般向の山で、上高地から岳沢を通り、一気に頂上へ登る岳沢コースは途中に岳沢小屋(岳沢ヒュッテは2006年の雪崩で崩壊、2010年夏に岳沢小屋が新規に開業予定)があり、6時間30分で頂上に立てる。また穂高岳山荘からは奥穂高岳、吊尾根を通って2時間30分である。  なお、明神岳には一般登山道はない。

雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

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