【書評】沢登りを愛する著者による集大成の一冊『渓の旅、いまむかし 山懐に漂い半世紀』

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

評者=西野淑子

森にどっぷりと浸り、山を味わいつくす旅をしたい。そんな願いをもつ山好きにとって、高桑信一さんは憧れの、一番星のような人だと常々思っている。

高桑さんが愛し、幾度となく訪れた奥利根、川内・下田山塊、南会津の沢について、遡行記録や山行の思い出をつづった本書は、沢ヤたちにとっては非常に貴重な記録集であり、高桑さんのたどってきた半世紀の足跡でもある。

地図と照らし合わせながら記録を読み進めていくと、浦和浪漫山岳会を率い、地域研究として足繁く山域に足を運び、未知の沢を遡行する高桑さんと会員たちの息遣いが聞こえてくる。登れない滝やゴルジュをどう突破するか思案し、泥壁やヤブ漕ぎに悪戦苦闘する姿、遡行を終えて幕場にたどり着き、仲間たちと酒を酌み交わす姿を思い浮かべ、じわりと体温が上がった。本書の遡行記録は、ルートの解説であるとともに、情熱を胸に山域に通い詰めた人々の爪痕でもある。幾度となく山域に入るなかで、山里の人々の暮らしや文化に造詣を深めていった高桑さんならではの目線で書かれたコラムの数々も興味深い。

渓とともに生きる高桑さんの姿を通じ、山を楽しむ奥深さを伝えてくれる一冊。本書を手に、自分なりの「渓の旅」をしたいと思う。

渓の旅、いまむかし 山懐に漂い半世紀

渓の旅、いまむかし
山懐に漂い半世紀

高桑信一
発行 山と溪谷社
価格 2,530円(税込)
Amazonで見る

評者

西野淑子(にしの・としこ)

関東近郊を中心に山を楽しむフリーライター。近著は『関東周辺 美味し愛しの下山メシ』(山と溪谷社)。

山と溪谷2023年7月号より転載)

登る前にも後にも読みたい「山の本」

山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。

編集部おすすめ記事