稜線だけに目を奪われるな! 秋が凝縮された北アルプス・白馬岳を楽しむコツとは?

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秋の白馬(しろうま)岳は美しい。しかし、漠然と稜線を歩いているだけでは本当の魅力には触れられない。紅葉の白馬岳を楽しむには、白馬岳の自然を知っておくことをおすすめする。

写真・文=三宅 岳

みごとな草もみじが広がる風吹大池周辺
みごとな草もみじが広がる風吹大池周辺

いち早く秋の風を感じられるのが3000m級の主稜線を延ばす北アルプス。9月の声を聞けば、もう秋の始まり、というのが常だが、この酷暑の時代になって、やはり少し秋の訪れも遅くなっているような気がするが。

さて、北アルプスの秋。その魅力はなんだろうか。紅葉なら里山だって楽しめる。つまりは、ただの紅葉だけではない秋の山旅とは。その極意は、主稜線だけに目を奪われるな、なのである。

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落葉樹は、おおむね秋が深まればその葉が色づくもの。北アルプスにあっては落葉広葉樹であるダケカンバやナナカマドのきらびやかな黄葉紅葉が、まさに秋を彩る主人公となる。そのことはあらためて記す必要もないだろう。これらの木々が生えているのは、主稜線の延びる高山帯よりわずかに標高を下げた亜高山帯以下のエリアということになる。本コースの歩きはじめである八方(はっぽう)尾根では、ダケカンバの黄葉トンネルが出迎えてくれるのであり、蓮華(れんげ)温泉では湯煙の向こうに深紅のナナカマドが揺れるのである。

八方尾根を彩るダケカンバ
八方尾根を彩るダケカンバ
紅葉を楽しみながら湯に浸れる蓮華温泉
紅葉を楽しみながら湯に浸れる蓮華温泉

なお、ダケカンバにナナカマドといえば、これらは落葉広葉樹。さらに標高を下げたエリアに広がるブナももちろん落葉広葉樹であり、こちらはちょっと地味な茶色系の色彩ながらも、滋味深い秋色を演出するのである。

一方、忘れてほしくないのが「カラマツ」である。この樹は針葉樹ながらも落葉するという、なかなか珍しい性質をもっている。本コースでは、たとえば「天狗の庭」。白馬大池(はくばおおいけ)から蓮華温泉へと歩を進める中途に、高木が切れてポッカリと現われる明るい斜面である。そこに環境に鍛えられたカラマツが生えている。

チングルマが赤く染まる白馬大池
チングルマが赤く染まる白馬大池
天狗の庭では雪の重みで枝をうねらせた木々を見ることができる
天狗の庭では雪の重みで枝をうねらせた木々を見ることができる

長野県をはじめ、ちょっと寒冷な地域では、スギ・ヒノキに代わって随分とカラマツが植林されてきた。山一面、カラマツの人工林も珍しくはない。そういった、植林されてスクッと背筋を伸ばしたように仕立てられたカラマツばかり見ていると、この天狗の庭に生える樹木がカラマツだということは信じられないかもしれない。

グニャリグニャリと折れ曲がり、まさに風格を醸す天然自然のカラマツたち。風雨にあらがい、積雪や低温に耐え続けた結果、天狗の庭のカラマツの姿は、まさに苦節の権化である。それらがカラッと明るく黄葉するのだから、たまらないではないか。 なお、カラマツは、かなりの高山帯にまで生きているものである。まるでハイマツのように矮性となり、地を這っているのだから、なかなかの戦略家でもあるようだ。

白馬鑓ヶ岳から眺めた白馬岳(中央)方面の稜線
白馬鑓ヶ岳から眺めた白馬岳(中央)方面の稜線

さて、ここまでは樹木の秋を眺めてきたが、侘び寂びさえ感じられるのが、草もみじである。 樹木といえばハイマツばかりという高山帯であっても、草もみじが秋の使者となる。さらに、本コースでは、その締めくくりに湿原や草原を堪能できるのだが、そういった広々とした空間が一面の草もみじになっていれば、これはもう言うことなしの景。

風吹大池(かざふきおおいけ)という静謐な山上湖へのアプローチは、コレはみごとな草原である。さらに、その池からわずかに外れた血の池や餓鬼の田圃(たんぼ)と呼ばれる池塘群。秋の北アルプスを語るならば、ぜひそっとのぞき込んでもらいたい、秘密の園といったたたずまいである。

風吹大池へ向かうルート上では、美しい草もみじが見られる
風吹大池へ向かうルート上では、美しい草もみじが見られる
栂池自然園付近にある神の田圃
風吹大池の北端付近に広がる神の田圃

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冒頭、主稜線だけに目を奪われるな、と記した。

北アルプスの秋。その極意は、稜線から下の森や草原にあるというのが、なんとなくわかっていただけただろうか。そして、3000m級の主稜線が初めて白く染まるころ、北アルプスの彩りはまさに最高潮!なのである。

コースガイド

アルプスの秋を締めくくる、波打ち広がる草もみじ
唐松岳(からまつだけ)〜白馬岳(しろうまだけ)
長野県・富山県/2932m(白馬岳)

紅葉の見ごろ:9月下旬~10月上旬
不帰ノ嶮(かえらずのけん)といった岩稜から大草原、樹林や湖沼もあれば温泉も楽しめる、北アルプスのエッセンスを濃縮したぜいたくコース。それだけに体力も必要だ。紅葉が楽しめるスポットは、八方尾根のダケカンバ林、天狗の庭周辺や風吹大池周辺の草もみじ、蓮華温泉からの眺めなど。技術体力に不安がある、あるいは日程が合わない場合、最終日のコースとなる蓮華温泉から風吹大池を経由して栂池に抜けるコースに絞っても、秋の北アルプスを満喫できる。

焼けに染まる白馬岳
朝焼けに染まる白馬岳

コースタイム

1日目 八方池山荘〜唐松頂上山荘:約4時間
2日目 唐松岳頂上山荘〜唐松岳〜白馬鑓ヶ岳〜白馬山荘:約8時間
3日目 白馬山荘〜白馬岳〜小蓮華山〜蓮華温泉:約4時間55分
4日目 蓮華温泉〜風吹大池〜栂池自然園:約8時間

ヤマタイムで周辺の地図を見る

山麓情報

みみずくの湯は、白馬駅から徒歩10分ほどの立ち寄り温泉で、下山後におすすめである。アルカリ性の湯は無色透明。ちょっとぬめり系である。露天風呂からは白馬連峰が眺められ、思わず山旅を振り返る時間となる。大人700円。年中無休。営業時間は登山シーズン中(〜10月29日)は10:00~21:00(20:30受付終了)

この記事に登場する山

富山県 長野県 / 飛騨山脈北部 後立山連峰

白馬岳 標高 2,932m

 白馬岳は、槍ヶ岳とともに北アルプスで登山者の人気を二分している山である。南北に連なる後立山連峰の北部にあって、長野・富山両県、実質的には新潟を加えた3県にまたがっている。  後立山連峰概説に記したように、この山の東面・信州側は急峻で、それに比して比較的緩い西面・越中側とで非対称山稜を形造っている。しかし信州側は山が浅く、四カ庄平をひかえて入山の便がよいため登山道も多く、白馬大雪渓を登高するもの(猿倉より所要6時間弱)と、栂池自然園から白馬大池を経るもの(所要5時間40分)がその代表的なものである。  越中側のものは、祖母谷温泉より清水(しようず)尾根をたどるもの(祖母谷温泉より所要10時間)が唯一で、長大である。  白馬三山と呼ばれる、本峰、杓子岳、鑓ヶ岳、そして北西に位置する小蓮華山の東・北面は、バリエーション・ルートを数多く有し、積雪期を対象に登攀されている。  近代登山史上では、明治16年(1883)の北安曇郡長以下9名による登山が最初であるとされている。積雪期では慶大山岳部の大島亮吉らによる1920年3月のスキー登山が初めての試みである。  白馬岳の山名は、三国境の南東面に黒く現れる馬の雪形から由来したといわれる。これをシロウマというのは、かつて農家が、このウマが現れるのを苗代(なわしろ)を作る時期の目標としたからであって、苗代馬→代馬(しろうま)と呼んだためである。白は陸地測量部が地図製作の際に当て字したものらしい。代馬はこのほかにも、小蓮華山と乗鞍岳の鞍部の小蓮華側の山肌にも現れる。白馬岳は昔、山名がなく、山麓の人々は単に西山(西方にそびえる山)と呼んでいたのである。また富山・新潟側では、この一連の諸峰をハスの花弁に見立てて、大蓮華山と総称していたようである。  この山からの眺望はすばらしく、北アルプスのほぼ全域はもとより、南・中央アルプス、八ヶ岳、頸城(くびき)や上信越の山々、そして日本海まで見渡すことができる。頂の展望盤は、新田次郎の小説『強力伝』に登場することで知られる。  日本三大雪渓の1つ、白馬大雪渓は登高距離が2kmもあり、全山にわたる高山植物群落の豊かさ、日本最高所の温泉の1つ白馬鑓温泉、高山湖の白馬大池や栂池自然園などの湿原・池塘群、こうした魅力を散りばめているのも人気を高めている理由である。また、白馬岳西面や杓子岳の最低鞍部付近などに見られる氷河地形、主稜線などで観察できる構造土、舟窪地形など、学術的な興味も深い。山頂部の2つの山荘(収容2500人)をはじめ山域内の宿泊施設も多い。

富山県 長野県 / 飛騨山脈北部

唐松岳 標高 2,696m

 後立山連峰のほぼ中央に位置するが、地味な存在である。ピラミッド型をしたこの山が大きく美しく見えるのは、主稜線の大黒岳付近からである。  主稜線を振り分けに、長野・富山両県からそれぞれ1本ずつの登山道が通じている。東からの八方尾根は、山岳スキー場として知られるが、途中の八方池は不帰ノ嶮を間近に仰ぐ憩いの場である(八方集落よりリフトなど利用して所要4時間)。西からの南越(なんこし)の道は、黒部渓谷からのもので、難路であったが、昭和61年、大黒鉱山跡まで尾根上をたどる新道に切り替えられた(祖母谷温泉より所要9時間)。  唐松岳北方の主稜線は、両側面からの浸食によって険しいやせ尾根となって、不帰ノ嶮と呼ばれている。ここは白馬岳からの縦走では、電気回路における抵抗のような存在となっているのである。南方への稜線はすぐに牛首岳を起こすが、ここも険路である。  八方尾根と主稜線とのジャンクションをなす小突起の西側に、抱かれるようにして唐松岳頂上山荘が建っている。間に深い黒部の谷を挟んで望む、ここからの剱岳の眺めは、後立山八景の1つに数えられよう。

プロフィール

三宅 岳(みやけ・がく)

1964年生まれ。山岳写真家。丹沢や北アルプスの山々で風景や山仕事などの撮影を行なう。著書に『ヤマケイアルペンガイド 丹沢』(山と溪谷社)、『山と高原地図 槍ヶ岳・穂高岳 上高地』(昭文社)など。

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