夢物語だった「携帯トイレの山」を実現。早池峰にゴミは似合わない実行委員会

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

豊かな自然や文化を有する山岳エリアを認定する日本山岳遺産。それぞれの認定地では美しい山を次世代へつなげる活動が行なわれている。今回は、岩手県の早池峰山で携帯トイレの普及・啓発活動を行なう「早池峰にゴミは似合わない実行委員会」を紹介する。

取材・文=一ノ瀬伸、写提提供=早池峰にゴミは似合わない実行委員会

■日本山岳遺産候補地を募集中!

紅葉美しい秋の早池峰山
紅葉美しい秋の早池峰山

早池峰にゴミは似合わない実行委員会(2011年度認定)

Area:早池峰山
Main activity:携帯トイレ普及活動
Group profile:
登山仲間で結成。1993~2014年にわたって早池峰山・山頂避難小屋トイレの、し尿の担ぎ下ろし作業を行なう。登山者への携帯トイレ使用の啓発活動や環境整備を続けている。

「できるわけない。夢だ、理想だ」

25年前、ある会合でのこと。早池峰山の山頂避難小屋トイレの岩手県による大規模な改築工事計画が持ち上がるなか、「早池峰にゴミは似合わない実行委員会」代表の菅沼賢治さんが工事の代わりに携帯トイレの普及を提案すると、そんな声が返ってきた。

「この山にしか生育しない固有種をはじめ、貴重な自然が豊富に残っています。着工は将来に禍根を残しかねないと考えて、自然を汚さない携帯トイレを紹介したんですが、当初はただ笑われました」

こう話す菅沼さんは、山仲間数人で80年代半ばから早池峰山のゴミ拾いを行なっていた。当時、登山道には弁当の容器やタバコの吸い殻などが散乱する状況だったという。「団体の名前はそのまんま。単純ですね」と菅沼さんは笑う。

だが、90年代の日本百名山ブームにより入山者が増え、ゴミのポイ捨てに加え、山頂トイレの問題も深刻化。そのころのトイレは、地下浸透式でし尿を埋めていたため、環境への影響が危惧された。

そこで会は行動に出た。有志を募ってし尿を容器に移して担ぎ下ろしを始めた。

21年間で総勢2417人が参加し、9446.5kgのし尿を山頂トイレから担ぎ下ろした
21年間で総勢2417人が参加し、9446.5kgのし尿を山頂トイレから担ぎ下ろした

全国初の取り組みは大きな反響を呼び、行政も巻き込んでトイレ問題の議論は活発化していった。2000年代に入ると、トイレの便槽の穴を塞いで垂れ流しをストップ。2001年からは毎季、県が募集したボランティアらと携帯トイレ使用の啓発キャンペーンを登山口で行なう。2010年にはそのボランティアと会メンバーで「携帯トイレサポート早池峰」を新たに結成し、携帯トイレブースや無人販売ボックスなどの整備に尽力。地道な呼びかけの成果により、2014年にはついに“携帯トイレ専用”の山となった。同時に、2021年間続いたし尿の担ぎ下ろしを終えた。

新しく完成した携帯トイレブース
新しく完成した携帯トイレブース

笑われた“夢物語”が実現したあとも、携帯トイレ使用の啓発活動を続ける。「粛々と理解の輪を広げていくしかない」と菅沼さんは冷静に語る。

菅沼賢治代表
菅沼賢治代表

★日本山岳遺産認定地 詳細:早池峰山 [ 岩手県 ]早池峰にゴミは似合わない実行委員会 (2011年)

日本山岳遺産候補地を募集中! みなさまの活動を支援します

日本山岳遺産基金では、今年度の日本山岳遺産の候補地と支援団体を募集しています。認定された支援団体には、活動費を助成します。

支援団体の条件

  • 法人格を有する団体。または、同程度に社会的な信頼を得ている任意団体
  • 山岳環境保全などの活動を、特定の山岳エリアで3年以上行なっている団体
  • 支援対象事業の実施状況、予算、決算などの財政状況について、当基金の求めに応じ適正な報告ができる団体

助成対象となる活動費の主な用途

  • 資材・物品の購入など。またはこれらの修繕などの経費
  • 旅費・交通費、宿泊費、食費、通信連絡費、現地事務所の光熱費などの経費
  • 資料の翻訳、印刷、出版などに係る経費

助成金総額 250万円(予定)

詳細は日本山岳遺産基金のウェブサイトをご覧ください。
https://sangakuisan.yamakei.co.jp/isan-kikin/entry.html

『山と溪谷』2023年11月号より転載)

プロフィール

日本山岳遺産基金

日本の山々がもつ豊かな自然・文化を次世代に継承していくために2010年に設立。「山岳環境保全」「次世代育成」「安全啓発登山」を目的とし、日本山岳遺産の認定と活動団体への助成金拠出、上記目的に合致した各種イベントやキャンペーン、山と溪谷社の各種媒体を使った広報活動などを行なう。
https://sangakuisan.yamakei.co.jp/

日本山岳遺産の横顔

日本山岳遺産基金は、豊かな自然や文化を有する山岳エリアを「日本山岳遺産」として認定し、その地域で山岳環境保全や登山道整備などの活動を行なう団体に助成金の拠出および広報による支援を行なっています。ここでは、これまでに日本山岳遺産に認定された山岳エリアと活動団体について紹介していきます!

編集部おすすめ記事